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4.フラグ回避できない。

 私はビアンカ・アレイザ。

 先日、三歳になったばかりの孤児である。

 

 セレイユ王国中央都市にあるアレイザ大聖堂の門前に、生まれてすぐに置き去りにされた哀れな女の子。それが私だ。

 

 ちなみに名字のアレイザは大聖堂の名称をお借りしているので、ここの孤児はみんな名字がアレイザとなっている。「同じ身の上だからみんなで家族」という、大司教様のお優しい心があってこその名字だ。

 

 私が三歳になった次の日。愛犬のアッシュが亡くなったショックで、私は聖女の力が覚醒した……らしいのだが、その直後に大司教様にお目通りすることになった。

 

 私は聖女の力を行使した反動で酷く疲れていた。だから面会は後日にしようとシスターに言われたが、私はそれを断った。

 

 この世界が、あの乙女ゲーム「堕ちる聖女」と同じ世界なのかを確かめたかったからだ。

 

 国名、大聖堂の名称はすでにゲームと同じだとわかった。つぎに大司教様だが、お名前をラモン様と言うらしく、これまたゲームと同じ。そして実際にお会いしたら、ゲームの大司教様よりもお若かったけれど、まさしく「堕ちる聖女」のラモン大司教だった。

 

 ゲームだと、主人公が十六歳になってからの世界だから、その分若いと考えれば納得だ。

 ていうかヤバイ。かっこいい。枯れ専女子じゃなくても見蕩れちゃうよっ。

 

 設定では若くして大司教の座についたって書いてあったっけ。歳はたしか五十三歳。なら今は四十歳⁈ こんな四十歳なら、中身が二十七歳の私だって惚れるよ!

 

 立ち襟の黒い祭服のラインが綺麗。ガッチリってわけではないけど整った肉付きで長身。キリッとした目はちょっと恐いけど、お顔が整っているからお人形さんみたい。もう、全部整ってるぅうう。あ、でも遊ばせてる濡れ羽色の髪の毛がなんかエロいんですけどっ。何このバランス、神かっ。

 

 こんないい男、きっと同性だって憧れちゃうよね。うん。

 この溢れ出る大人のオーラで、あの大司教様×神父様のカップリングができたのね。

 あああ。年の差カプ。禁断過ぎる恋……すてき死ぬぅ。


「――カ。ビアンカ。聞こえていますか?」

「ぁっ。ごめんなさい、大司教様」


 いかん。つい妄想に走って、大司教様のお話を聞いていなかった。

 そうだ。私は孤児院の一階にある応接室で、シスターと一緒に大司教様のお話を聞いているのだった。


 ちゃんと集中しないとね。貴重な情報を聞き逃すわけにはいかないから。

 私が姿勢を正して傾聴の態勢をとると、大司教様は軽く微笑んで言った。


「ビアンカ。あなたが聖女であることは暫く伏せておきましょう」

「え……」


 私はその言葉に驚いたが、付き添いで隣にいたシスターはそれ以上に驚いていた。


「ラモン様、それはなぜですか?」


 シスターが私の代わりに質問してくれた。まるで子どもを通り越してお医者さんと会話をする親みたいだなとしみじみしていたら、大司教様が笑顔を消してシスターに向いた。


「シスター・エリー。ビアンカはまだ三歳になったばかりです。ひとりでは一日だって生きることは難しい。そんな幼気な子が聖女だと知れれば、王国に巣くう卑しき貴族共がなにをしてくるか分かりません。私も大司教になってまだ日が浅い。ビアンカを守り切れるとは限りません」

「そんな。王国の希望たる聖女様に貴族が何をするというのですか」

「最悪、命を狙われる」

「な、何故です! 大司教様のおっしゃっていることがわかりません。魔族を一掃できれば国が栄えるというのに……!」


 シスターが声を荒げるのを見て、ラモン様がゆっくりと説明しはじめた。


「貴族は、魔族を討伐することで名声をあげるのです。魔族という脅威を、爵位を上げる道具としてしか見ていない。……聖女が魔族を一掃すればその機会が無くなるわけですから、奴らにとって邪魔なのは聖女ということになります」

「――なっ」

「貴族は悪知恵が働く。直接手を下さなくとも、この子を破滅させる方法などいくらでも思いつくでしょう。たとえば孤児院の子どもを誘拐して、教会側を追い込んだり、または一般市民の弱みにつけ込んで聖女を殺すように命じれば、必ず従う者が現れるでしょう」

「……っ、それは」

「ビアンカを守るためにも今は時を待ちなさい。あなたがやるべき事は、ビアンカの成長に力を注ぐことですよ」

「で、ですが、聖女という存在は市民の希望でもありますから……」

「その重荷を、あなたは三歳児に背負わせるつもりですか」


 大司教様の言葉にシスターが喉を詰まらせた。

 空気が痛い。私は居ても立ってもいられず、大司教様とシスターを交互に見て、思い切り挙手をした。


「あ、あのっ。私、大司教様のお言葉の通りにします。力の使い方も分からなくて、とっても疲れるんです。もっとちゃんと使えるように練習したいの。……シスター、ダメかしら」


 シスターがはっとした顔でこちらを見て、目を潤ませる。とても痛々しい表情で私を抱き上げた。


「……そうね。ごめんなさいビアンカ。聖女様の誕生に気を取られて、大事なことを見失っていたわ。あなたが大きくなるまで、いえ、私はずっとあなたのお母さんよ」


 抱き締めてくれた腕は暖かいけれど震えていた。

 そうよね。この国はもう何年も魔族の驚異と隣り合わせで生きている。聖女の誕生に興奮したっておかしくないんだよね。縋りたくなるよね。

 三歳児を頼りたくなるほどこの国は疲弊しているんだな。

 ゲームでは感じ取れなかったリアルが、ここにある。

 重いな……。ゲームの聖女も、こんなプレッシャーを感じていたんだろうか。

 なんか、もらい泣きしそう。こういうのに弱いんだよね、私。


「シスター。苦しいよ」


 なんて強がりをいってやり過ごした。


「あら、ごめんなさい」


 泣きそうな声でシスターが言って、私と顔を見合わせた。私が笑ったら、シスターも笑ってくれたので、ほっとした。


「ではシスター・エリー。今後一切、ビアンカが聖女である事実を口外することは禁じます。そしてこれを知る他の者の記憶は、私が封印を施します。いいですね」

「はい。ラモン様」


 え、ちょっ。そこ納得するところなのシスター!


「すこしビアンカと話をしたいから、席を外して貰えますか」

「はい。失礼致します」


 シスターってば、やけに聞き分けがよくない? さっきまであんなに意見をバシバシ言っていたのに、まるで魂が抜けたみたいに無表情になって出て行った……。どういうこと。


「だ、大司教様。あの、シスターになにかしたんですか?」

「おや。察しが良いですね。さすが聖女と言うべきでしょうか」


 私の言葉に眉ひとつ動かさず、それどころか感心してくる大司教様。いや、この状況で言われても全然嬉しくない。というか恐いんですが。

 大司教様は立ち上がって、私の座っていたソファのほうに腰掛けた。端正なお顔がやさしく笑んで私を見下ろしてくる。


「あ、あの、」

「大丈夫です。あの力は私を慕ってくれる人間にしか効果のない催眠術のようなものです。そして聖女であるあなたには通じない」


 人差し指を口に当ててウィンクする大司教様。なっなにこの四十歳。かわいいっ。

 ってちがう。落ち着け私。

 そうよ。大司教様には特別な設定があったのを忘れていた。

 私は怪しまれないように、さも初めて聞いたかのように驚いて見せた。


「そんな魔術があるのですか?」

「ええ。この世界には火・水・風・土の精霊魔術の他に、特定の人間が行使できる特別な力があるのです」

「いまのが、大司教様のお力なのですね」

「そういうことです。人の心を支配して記憶も操作できる力です。信心深い人間であるほど効果が強まります。教会の関係者には効果は抜群ということです」


 この世界の情報を集めるごとに、ゲームの世界と一致していくな……。

 嬉しいような恐ろしいような。

 せめて私が聖女じゃなくて、モブだったら良かたのになあ。イケメンを遠くで眺めて妄想するだけで許されるような無力な人間になりたいよ~。


「ビアンカは、恐くはないのですか?」

「え? なにがですか」


 突然の質問に首をかしげた私に、大司教様が困ったように答えた。


「私の力が恐くないのでしょうか」


 ああ。そっちか。

 確かに心を操るなんて、漫画とかでは上位階層の悪役キャラに出てくるものね。

 でも私は、大司教様がそのことで悩んでいるってことを知ってるし、ゲームではその力を無闇に使わないって言ってたし。なにより聖女には通じないんだから、なにも恐くないんだけど。


「恐くないですよ? 大司教様は私を守るために、やむを得ずそのお力を行使されました。それを感謝こそすれ、恐れるなんて間違っています」


 と、正直に言った。

 なんかやたらとスラスラでてきた三歳児とは思えない言葉に自分でも驚いた。でも本当のことだし、問題ないよね。

 すると大司教様の切れ長のお目々が見開いて、驚くような表情になった。

 ぁ。どうしよう。失礼なこと言っちゃったかな。デリケートな話題なんだから、やっぱりよく考えて返事をすれば良かった。


 おろおろしていると、急に良い香りがして、気が付くと大司教様に抱きかかえられていた。

 わあ。シスターにおんぶされるよりずっと高いっ。そしてこの良い香りは大司教様の香り⁉


「あ、あの、大司教様っ」

「私が三十……いえ、せめて二十年遅く生まれていれば……」


 え。なんのことかしら。そんな遅く生まれてしまっては私は助けて貰えなかったし、これから登場してくるであろう神父様との危険な恋が成立しないではないか。

 いや、成立しているのは私の脳内だけなんだけどさ。でもあれは年の差があるから良いのよ。絶対。


「いえ。大司教様はそのままでいいんです! 誰がなんと言おうと年の差が魅力を引き出すんですから! 自信を持って下さい!」


 つい脳内願望を吐露してしまった。

 馬鹿か私は。こんなこと、鼻息をフンスカしながら説得することじゃないじゃん。

 案の定、大司教様はぽかんとしてるし、体も硬直している。そりゃそうよね、あなたの運命の人である神父様はまだ子どもで、今はまだこの教会にいないんだから、私が何言ってるのか分かんないよね。

 遠い目をしていたら、大司教様が神妙な面持ちで言った。


「……あなたが十六歳になって大人の女性になる頃には、私は五十をすぎてしまいますよ」


 えぇ? 何で私? なんかよくわかんないけどすごい落ち込んでる。なんでそんなに落ち込んでいるんですか。イケメンが台無しです!

 なにか元気づけないと……そうだ! 大司教様が喜ぶようなことを言えば良いのよね。私が言えば説得力があることといえば、ゲームの王道ルートで選んだ、あの言葉があるわ!


「大丈夫です! 私がきっと、大司教様の憂いを取り除いて素敵な腐海せかいにしてみせますから!」

「……ビアンカ」


 どうだ。私の力説に大司教様が目を輝かせている。よかった。これで大司教様は神父様と出会ったとき、その年の差を気にすることなく恋に……って。あれ。これってなんかちがくない? 現実世界と脳内世界がこんがらがってる。

 ちょっとまって、私って三歳児よね? 歳の差気にしないって言ったくだり、大司教様に誤解されてもおかしくなくない?

 しまった。このままだと好感度上がって大司教ルート発動しちゃうよ!


「あなたという子は、なんと末恐ろしい聖女なのでしょう。道を説く立場である私に、道を説くなんて。――いいでしょう。私はあなたを待っていますよ。立派な聖女となって世を正し、共に魔族の脅威を排除しましょう」

「え、あ、は、はい」


 あれ? なんか、うまく話が纏まった……?

 そ、そうよね、いくら何でも三歳児に恋心が芽生えるわけないわよね。自意識過剰よビアンカ・アレイザ。ゲームは私が十六歳になってからはじまるはずなんだから、まだ慌てる必要ないのよ。


 良かった~。危うく、大司教の攻略ルートに自ら飛び込むところだったわ。本物の攻略キャラを前にしたせいで、腐女子の本性が暴走しちゃった。気をつけないと。


「では、ふたりの将来については魔族を一掃し、貴族社会を正してから、ゆっくりと決めていきましょうか」


 って大司教様ぁ⁉ にっこりと、とんでもねえこと言ってますけどおおお。


「あ、あの、大司教様、わたしは」

「ずっと気になっていたのですが、その呼び方はあまり好きではありません。どうぞラモンとよんでください。ビアンカ」

「えっと、ラモン様、私は聖女ですから、色恋は」

「ですから、聖女の役目を全うした後であれば問題はありませんよ。あと、ふたりだけの時は、様は必要ありません。私は将来の夫ですよ」

「ううぅっ」


 違うんですラモン様! 年の差というのは私とラモン様のことを言っているのではなくてですね、あなたに見合う人は、神父様なんです!!


 なんて腐女子トークをできるわけがないいいいいい。


 どうしてこうなった。聖女になってしまったことだけでもいっぱいいっぱいなのに恋愛要素なんて増えたら、私の人生に私がついて行けないよ!


「ところでビアンカ、あなたは気付いていないようなのでお伝えしますが、さきほどから天翼が出っぱなしです。普通の人間には見えないので問題はありませんが、一刻も早く力を制御できるように精進しなさい」


 突然変わった話題に私は思考が止まった。


「てんよく?」


 って、天の授かり物と称される、あの天翼⁉ 聖女だけが顕現できるという空を飛べる翼……。じゃあ私の背中にはいま羽が生えてるってコトですか。

 恐る恐る後ろを見ると、大きな羽根が生えているのがうっすらと見えた。


「うわぁ……」


 ああ。もう本当について行けない……。

 私は弁解する気力も失せてしまった。


――確定。大司教ラモンルート発動。

【概要】

 枯れ専女子の御用達攻略キャラ。

 精霊魔術だけでなく「異術」とよばれる太古に失われたはずの力を有する。

 自分への好意を増幅させ、心を操り記憶をも操作することが可能。その力のせいで辛い幼少期をすごしたため、異術を嫌い、二度と使わないと心に決める。

 しかし聖女と出会い、生まれて初めて異術を行使したことに感謝され、それがきっかけで聖女に好意を寄せるようになる。このエピソードをクリアすることでルートが発動。

 その後は年の差があることや、聖職者であることが弊害を生み、各種イベントが盛り上がっていく。

――「堕ちる聖女・公式ファンブック」より。 


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