30.偽物
朝。泉に向かった私とダミアンは、精霊王と会うことができた。
人間の大きさで出迎えたオンディーナは、「お、おとこ!」と、他の精霊達に隠れながらも、私に謝罪をした。しかし、
「でもでも! 洗礼をするのは嫌だから!」
「ぇ~……」
どうやら和解は幻想だった、かに見えた。
「私は何でも一番が良いの! だから、土の精霊の加護を先に貰ってきて」
「土の精霊?」
「四大精霊の一つ、土の民はこの森のどこかにいるはずなの。ここ百年くらい顔を見ていないけど、絶えてはいないはずだから」
「土の精霊から加護を貰えば、オンディーナ様からも加護を頂けるのですか」
「もちろんよ。あなたが土の加護を手に入れれば、私は一番最後に加護をあげられるでしょ?」
とにかく一番がつけば何でもいいのね。
悪い話じゃない。
そもそもゲームでは水の加護だけで完了していた洗礼を、私は二つも多く加護を手に入れている。四大精霊すべての加護があれば、ゲームの聖女より生存率アップ間違いなしだし、魔界の大穴を塞ぐ力も手に入るかもしれない。
「分かりました。さっそく土の精霊王にお会いしてきます」
「どうやって探すつもり?」
「しらみつぶしに森を探索しようかと……」
するとダミアンが横から口を出した。
「ビイ、北の端に遺跡がある。まずはそこに行こう」
遺跡なんてあるの。絶対それっぽい。
「じゃあ、さっそく遺跡に行きましょう。遠いの?」
「そうだな。一旦洞窟に戻ろう。準備したいものがある」
「わかったわ」
「ああ、それと、」
言いかけて、ダミアンの様子が変わった。急に精霊たちを見渡し、何かを探すように目を動かした。
「どうしたの?」
「……変な感じがする」
「変?」
「ざらざらした音がする」
「え? ……何も聞こえないけど……」
首をかしげる私をチラリと見たダミアンは、一瞬目を伏してからオンディーナを見た。
「精霊王オンディーナ。よろしければ、遺跡までの道中の水分確保のため、精霊を同行できませんか」
「い、いいわよ。誰か、聖女の力になりたい者はいる?」
はーい。と元気よく幾重も声がたつ。
「聖女様、私と行きましょう」
「だめ~、ワタシと行きましょう」
まるで遠足に行く園児のように、私とダミアンのまわりに精霊が集まった。
「ダン、ど、どうしよう。みんな連れて行く?」
なんて冗談まじりに話を振ったら、ダミアンは真剣な眼差しで精霊を品定めして、一人の精霊を捕まえた。
「音の原因はお前か」
「きゃあっ。ちょっと、なにするのよ!」
掴まれた精霊は驚いて叫ぶ。
ダミアンはオンディーナの前にその精霊を突きつけた。
「精霊王。これは本当に水の精霊ですか?」
「え?」
「精霊は、精霊王が創造することで生まれるのでしょう? 俺にはこの精霊だけ別物に見える」
「……本当だわ。この子は私が生みだした精霊じゃない」
驚きを隠せないオンディーナに、精霊は羽根をパタパタと動かす。
「そんな! 精霊王様! 私をお忘れですか⁉」
精霊の言葉に、オンディーナは嫌悪の表情を見せた。
「私の子は、私のことを名で呼びます」
「ぁ……」
オンディーナの厳しい声に、精霊は顔が青くなった。
オンディーナはさらに厳しい目を向ける。
「その微かに漏れ出る瘴気は風の魔力ですね。……穢らわしき暗黒精霊よ。いったい何を企んでいるのです」
オンディーナが指先で水の魔力を行使する。
泉の水を操り、風の精霊を水の牢に閉じ込めた。
「あーぁ、捕まっちゃった。なんでバレたのかしら」
精霊は肩をすくめると、みるみるうちに姿を変えていった。
髪はヘドロの色になり、蛇のようにうねっている。衣服も真っ黒な鱗模様に変形すると、体が不自然に脈打ちながら肥大して、オンディーナの体格に近づいていった。
まるで羽の生えたメデューサだ。
オンディーナが水の牢に魔力を注ぎ、精霊の大きさに牢を合わせようとするが、次第に牢の水が濁りはじめ、オンディーナの顔色が悪くなっていく。
「なに、この魔力……」
「オンディーナ様!」
私は慌てて水の牢に駆け寄った。
これは闇の魔力だ。
私は浄化の力を行使する。黒く濁りはじめた水を浄化し、精霊も浄化しようと力をさらに込めた。
「へえ。これが聖女の力か……大したことないわね」
突然、水の牢から黒い靄が吹き出す。
水道管が破裂したように瘴気が充満し、泉を濁らせ、水の精霊達を脅かし、木々を枯らして行く。
精霊たちの苦しむ声が響く。
闇の力で視界が遮られ状況が分からない。牢の中の闇が泥のように重くなるのを感じる。少しでも油断すれば、浄化を押し戻される勢いだ。
空気中の瘴気まで浄化することができない。
私は叫んだ。
「ダン! 早くここから逃げて!」
「駄目だ! 聖女を置いて行けるわけないだろ!」
ダミアンの声。そう遠くはないが、それだけ瘴気に近いということだ。
ただの人間がこんなに濃い闇の力を浴びるのは危険だ。でも助ける術がない。一時でもいい。この瘴気を吹き飛ばすような風が起こせれば。
魔術を使うか? しかし私の魔力では風が靡かない。やはり、役に立たない魔術だ。
精霊の逃げ惑う動きが見えた。個々で飛び回っているせいで、羽根が瘴気をまき散らしているのだ。
羽根……。そうか、羽根なら私にもあるではないか。
私は天翼を顕現した。
この二ヶ月の修行で、私の天翼は具現化も出来るようになった。人に見えるほどの質量があれば、風だって起こせる。
私は通常よりも遙かに大きな羽根を創造して羽ばたかせ、一気に瘴気を吹き飛ばした。
「ダン逃げて! これ以上は天翼を出す余裕がないの。浄化に集中させて!」
「……っ」
後ろで走る去る音がした。きっとダミアンだ。
良かった。なんとか最悪の事態は免れた。王太子殿下を護れないなんて聖女の名折れだもの。
「あらまあ。護衛を逃がすなんて、聖女様は底なしのおバカのようねぇ」
真っ黒な牢の中で、精霊の声がする。
もう牢の形にすらなっていない。膜の安定しないシャボン玉のようだ。
オンディーナの手が震えている。もしかして魔力切れが近いのか。
早く浄化をしなくては。
黒い塊が、クスクスと笑う。
「水の精霊オンディーナ。そんなに震えてどうしたの?」
「……ぅ、うるさいわね。震えてなんていないわ」
「強がっても意味ないわよ。四大精霊の長の中で、いちばん若くて弱い子。精霊王なんて名乗って、可笑しいったらありゃしないわ。――引き籠もりのオンディーナ」
「な、なぜそれを……」
「ほら、魔力がブレブレよ? 集中しないと水が弾けちゃう」
ぐわっ、と闇が膨れ上がる。
「ぐぅ……っ。聖女ビアンカ! これ以上は持ちません! 早く浄化を」
「わ、わかってます!」
分かってるんだけど、やってるんだけど、全然手応えがないのだ。精霊が見えないせい? いや、視認できている闇の力にすら神聖力が届いていない。
一体この力はなんなのだ。
「う~ん。聖女ちゃん。あなたの浄化はなかなかだけど、私との相性は最悪みたいね」
相性?
「何のこと――」
バチン、と水の牢が破壊される。
泉一帯に異臭を伴う黒い雨が降り注いだ。




