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29.殿下と一泊することになりました②

 大きい石を三つ用意して、そこに火の魔術をそっと置く。

 私の火は物質を燃やさないのに、消えることがない。


「心が安らぐな」


 藁のベッドに腰掛けて、ダミアンが頬杖を突いた。


「たき火を見るとそういう効果がありますからね。といっても、私の魔術ではたき火とは言えませんけど」


 ダミアンはゆるやかに首を振る。


「それだけじゃない。上手く言えないが、充足感のようなものを得られる」

「そうですか?」


 私は自分の生み出した火をじっと見たけれど、そんな感情にはならなかった。むしろ、自分の弱さを具現化している気がするから見ていて辛い。


「個性じゃないのか」

「え?」

「聖女の燃えない炎とは、個性ではないかと思う。君は自分の魔術に何かと否定的だが、俺には聖女だからこその魔術にみえる」

「役に立たない魔術なのに個性なんて言えるでしょうか」

「この火は物を燃やさないし、触っても火傷をしないだろ? だったら、薪や油が必要ないということだ。資源の消費を減らせる。そして火の不始末による火事を減らすことができるだろ」

「た、たしかに」

「なにも魔術は、戦争のためだけに存在するものじゃない。むしろ、平和な世に役立つもので在るべきだ――と、父上が言っていた」


 言われてみれば、この炎は日常生活でなら活躍できる。

 魔王を倒すことばかり考えていたから気が付かなかった。


「何事にも視野を広く持てば、一見、役に立たないものに見えていた物事も、違う場面で思わぬ活躍をする物になり得たりするんだ。……俺はそう言うことを経験したから、わかる」

「殿下はお若いのに、とても立派な考えをお持ちなのですね」

「もちろんだ。俺はこの国の王になる男だ。いずれ父上を超える人間にならなくてはならないからな」


 なんて素敵なの⁉ あの腹黒国王の子供とは思えない! きっと王妃様が素晴らしい教育をしているに違いない。


「殿下のような方が次期国王なら、セレイユ王国も安泰ですね!」

「そう思うか?」


 私は首がもげるくらいに頷いた。


「はい! だって、聖女の私を元気づけて下さったんですもの。私、魔術の才能がないと、とても落ち込んでいたんです。でも、殿下のお言葉で考えを改めました。本当にありがとうございます」


 今も心がホクホクとしている。自分を認めてくれる人がいるって、こんなに嬉しいことなのね。


「そ……、そうか、聖女の力になれたのなら、よかった」


 うふふ。照れてる。可愛い。


「ところで殿下は、いったいどんな経験をされてきたのですか?」


 まだ子供なのにこの逞しさと為人。きっとすごい武勇伝があるに違いない。ゲーム主要キャラの細かい設定を本人から聞けたら最高だ。


「そうか。聖女は俺の噂を知らないのだったな」

「噂が関係しているのですか?」

「見れば分かることだ」

「え。何を……?」


 ダミアンがすっと前髪を横に流す。つぶらな瞳が露わになって、思わず見蕩れた。

 黒髪に黒い瞳。なんて綺麗なのかしら。


――ん。


「殿下のその瞳は……」

「ああ。俺には双金の瞳は受け継がれなかった」


 しまった。武勇伝じゃなくて、取扱注意な話だった! 私のバカっ。


「で、では、噂というのは……」

「次期国王は俺じゃなく、弟がなるだろうという噂だ。弟は生まれながらに双金だから」


 嘘でしょ⁉ なんで⁉ こんなに王に相応しい性格してるのに!

 設定捻くれすぎでしょ! 


「俺は生まれたときから、王家の傷物だと言わんばかりの表情ばかり見てきた。弟が生まれて双金だと分かった後は、今度は哀れみの目で見られるようになった。王位を継げぬ第一王子だと、同情するような目だ。母上すら、俺に涙して謝罪した。双金に産んでやれなかったのは自分のせいだとも言われたことがある」


 それはキツイよ……。

 母親に言われたら余計に自分が惨めになるじゃない。

 子供だからこそ、大人の機微に敏感なのに。


 私は返す言葉が見つからなかった。


 しかしダミアンは特に気にするでもなく、ポケットから木の実をだして私に分けてくれた。


「そんな辛気くさい顔をするな。俺の境遇は確かに良い物ではなかったが、それでも父上だけは違った。俺が生まれた瞬間、双金でないことに大喜びしていたそうだ。俺を抱き上げて離さないでいたら、助産師に怒られて部屋から追い出されたと、笑って話してくれた」

「え、本当ですか」


 そんな陛下、想像できない。


「父上は、次期国王は俺だと言い続けてくれている。もちろん、その意見に同意する者は誰一人いないが、俺は父上の期待に応えたい。双金に頼らず、俺は俺の力でこの国を豊かにするんだ」


 なんて志高い子なの。やばい泣けてきた。


「殿下は本当にイケメンですね……」

「なぜ泣く。そしてイケメンとはなんだ?」

「いけてるメンズのことです」

「?」

「もっと殿下のお話聞かせて下さい」

「そうか? 俺は聖女の話も聞きたい。そうだ、挨拶がまだだった」

「そうでしたね。ビアンカです。ビアンカ・アレイザと申します」

「ダミアン・ディオ・セレイユだ。ダンと呼んでくれ。ビアンカ」

「急に愛称はハードル高いです」

「名で呼ばれると身分がバレる」

「ああ、それもそうですね」

「お互いに愛称ならどうだ?」

「えっと、それなら、昔はびいと呼ばれてました」

「二文字か。一緒だな」

「久しぶりに呼ばれるので、照れくさいです」

「俺もだ」


 ふたりで照れ笑う。

 王子と聖女。多くの人に期待される立場同士。

 その会話は、肩が少し軽くなる気がした。


 雨が止み、夜も更ける頃にはお互いを愛称で呼び合うようになっていた。


「精霊も、もう寝ているだろうな」

「私たちも寝た方がいいですね」

「ビィは藁で寝たことがあるか?」

「いえ、初めてです」

「王宮のベッドほどではないが、なかなかの寝心地だ」

「へえ、楽しみです」


 ダミアンに導かれるまま、藁の中に入ってみる。

 ちょっと重いけど、暖かい。そして良い香りがする。


「ダンは寝ないのですか?」

「ふ。……ビィ、そろそろ敬語もやめないか? 愛称に敬語の組み合わせが不自然で、気になる」


 だから、それはハードルが高いって言ってるのにぃッ。


「ですが……」

「……」

「あのですね、」

「……」


 意地でも無視する気かいっ。

 私は意を決す。


「えっと、その、ダンも寝ましょう……?」

「俺は座って寝るから、構わないでいい」

「え!」

「聖女と布団を共に……なんて、天に申し訳がたたないからな」

「殿下に……じゃない、ダンに風邪をひかれたら私が陛下に申し訳が立たないの。お願いだからやめてっ」


 私はダミアンを引っ張って藁の中に引き込む。逃げようとする彼の背中をガッチリとホールドした。


「お、おい、やめてくれないか」

「嫌です。おやすみなさい」

「まて。寝るな」

「……」

「ビィ?」

「……」

「おーい、ビアンカ」

「……すぴー」

「嘘だろ。この状況でもう寝るのか」


 ダミアンは昏々と眠る私を振り返る。ため息をつき、顔に手をやった。


「こんなに近くにいられたら眠れるわけないだろ……。というか、寝にくくないのか」


 ダミアンはモゾモゾと動いて、対面に向き直る。自分の腕を聖女の枕にして、引き寄せた。


「あの火と同じだ……心地良い。こんなことは初めてだ」


 ダミアンは、ゆっくりと瞼を閉じた。


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