25.王家の血筋
「……」
国王の口元から笑みが消え、重い空気が漂う。
「気付かぬとでも思うたか? 我の炎は命の業火。その灯火は全て、我が子も同然。人間の王よ、そなたも例外ではないぞ?」
ティゾーナの見透かしたような声に、レグロは雑に前髪をかき上げた。
「そうか。ならば話が早い。――聖女ビアンカ、重要な話がある。しかと聞け」
「ぇ、あ、は、はい」
び、ビックリした。私、絶対に聞いちゃいけないことを聞いてしまったわよね。
まさか処罰されたりしない……?
隣のミゲルに驚いた様子はないし、だ、大丈夫よね?
私はビクビクしながらレグロを見た。
初めて見る、レグロの黄金の瞳。それが魔剣の炎に反射して瞬いている。
「この目は双金の瞳といってな。千年前に生まれた、異術の始祖の血筋であり、受け継がれてきた王家の証でもある」
「異術の始祖様が、陛下のご先祖様と言うことですか」
「そうだ。なのでこの力も異術と言うことになるが。……これがまた、危険極まりない目でな。例えば、世界を滅ぼしたいと思ったら、いつでも出来る代物だ」
「へ?」
嘘でしょ。なんて物騒な眼球なのっ。
「安心しろ。言っただけでは出来ないし、今は別のことで殆どの力を使っている。俺はその代償に視力と命を削られ続けているから、魔剣の言ったことは正しいと言うことだ」
普通、そんなことを平然と言えますか。
命がけで力を使っているなんて、どういう神経してるの。
「あの、いったい何のために異術を発動しているのですか?」
「この国の最南端、ラベランにある魔界への大穴。あれの拡大を防いでいる」
「ええっ⁉」
「本当は穴を塞いで仕舞えれば良かったんだが、失敗してな。おかげでほぼ失明」
知らなかった。
ゲームでは、そんな設定なかった。
ゲームでの魔界の穴は小さくて、時々現れる魔族を魔術師と聖騎士が総出で倒すだけって設定だったはず。
そして千年に一度、その穴が拡大する。それを防ぐために聖女が生まれるんじゃなかったけ。
え。この世界の魔界への穴は、すでに大穴なの? 何で?
この世界、明らかに難易度ぶっ壊れてる。
絶望的すぎない? 魔界の大穴の拡大を、たった一人の人間がギリギリ留めてるとか。しかもそれは国王陛下。もし彼が死んでしまったら、すべてが終わってしまうのでは。
レグロがそっと前髪を下ろした。
「聖女。呆けた顔をして、どうした?」
「……」
「ビアンカ? 大丈夫か?」
国王レグロ・キケ・セレイユ。
私、不遜な男って全然タイプじゃないんだけど、この人が国を護るために当然のように命をかけていたなんて知らなかった。
い、イケメン過ぎるっ。聖女なんかよりよっぽど主人公やった方がいいじゃない!
私は思わず立ち上がった。
「陛下っ。私、陛下の印象が変わりました!」
「どういう意味だ?」
「陛下は腹黒で卑怯な方だと思っていましたが、実は身を挺して国を護っているガチのいい男だったんですね!」
「は」
「私、何となく毛嫌いしてた過去の自分を殴ってやりたいです! 国王ルートをプレイ出来なかったのが本当に悔やまれますッ」
ていうかミゲルもレグロも本当にいい男よね! 見た目はもとより、心意気がイケメン! 性格偏差値が高すぎて心打たれまくりよ!
一刻も早く強くなって、さっさと世界を平和にしたい! そして腐女子の楽園を作るのよ!
「……ミゲル。聖女は何を言っている」
「恐れながら陛下。ビアンカは時折こうなのです。そのうち慣れます」
「……そうか」
「陛下! 私が魔王を倒して魔界の穴も塞いでみせますので!」
「あ、ああ。……よろしく頼む」
まあ、やり方はさっぱりだけど、きっとなんとかなる!
「それと、もしかしたら治癒魔法で視力が戻るかもしれません。試してみてもいいですか?」
「は」
「物は試しです。治癒で死にはしないと思いますので、是非!」
「……」
陛下が言葉を失っている。
ありゃ。またやってしまった?
よく考えたら私、国王に「光魔法の実験台になって下さい」って言ったようなもんじゃない?
ちょ、これ死刑とかにならないよね⁉
「ふははっ。聖女よ、そなた、本当に七歳児か? それとも天界の使者は、見た目で歳を偽っているのか」
ギクーッ。
「あ、いえ、そんなことは……」
アワアワとする私をよそに、レグロは腹を抱えて笑う。
「どうやら聖女は、神聖魔法の他にも不思議な力をお持ちのようだ。その力に引き寄せられて虜になるのは、時間の問題かも知れないな。なあ、魔剣士?」
「陛下。冗談はお辞め下さい。王妃様に告げ口しますよ」
「はは、それは困る。
――聖女ビアンカ。厚意は有り難いが、この目は己の不徳が招いた結果だ。治癒は遠慮させてもらう」
「不徳、ですか」
「ああ、まあ。若気の至りというやつだ。皆まで聞くな」
「そ、そうですか……。招致しました」
「それに俺は、そなたの言うとおり腹黒でな。卑怯にも、同情を誘って幼女に世界を救えと、無理強いをしている」
レグロは不敵な笑みを作る。
いつもの国王レグロを取り戻したように、ニイッと歯を見せた。
あら。分かってるじゃない。でも私、そういう潔さも許せるくらいレグロのことが推しになっちゃった。
私は長いドレスを摘まんで淑女のように礼をした。
「私は私の意志で聖女になると決めたのです。その責を陛下に押しつけるつもりはありません」
どうぞ、ご安心下さい。と、言い添えた。
こうして、私とミゲルは謁見を終えた。
(処罰されなくて良かったぁぁ!)と、内心ホッとしたのは秘密だ。
――国王レグロの好感度上昇。尚、ルート発動はならず。