23.バージンロードと前夜祭
魔剣の騒動から二ヶ月後。
セレイユ王国の象徴『エマニエル城』を彩る、盛大な花火が天空にあがる。夜空を飾る輝きが、人々の歓喜を呼んだ。
聖女誕生祭・前夜祭
そう銘打った祭りが行われている。
城下町は出店で賑わい、活気に満ちた人々の往来が絶えない。
「こんなに人いたんだぁ」
なんて、ただただ驚いている私はビアンカ・アレイザ。渦中の聖女である。
「君の誕生を祝っているんだ、ビアンカ」
「見事な客寄せパンダですね」
「なんだい、それ」
首をかしげて私の隣を歩くのは、新米騎士のミゲル・ルベルペ様。
今日は私の護衛と、とある催しのために、騎士様然とした格好をしている。
とても似合っているのだけど、十歳の子供が装備できる鎧なんてあるんだ、と変なところに気が回っている私である。
それはなぜかというと。
「いいえ……なんでもないです」
「どうした。気乗りしないって感じだな」
ミゲルがのぞき込んで来る。私はぷいっと横を向いた。
「別に。服が動きづらいだけです」
只今、ミゲルと共に聖女としての公務の真っ最中なのだが、私の服は謎に大きい。
上から下まで純白の装束で、頭にはヴェールを被されて前がよく見えないし。おまけにヴェールと衣装が長すぎて介添え人なる女性が二人も後ろについている。
なんなのこれ。悪意を感じるわ。
ミゲルにはピッタリの装備があるのに、私にはこんな規格外な衣装。とても不公平では。と、モヤモヤしている。
「そうか……じゃあ。お手をどうぞ、聖女様」
と、ミゲルが手を差し出す。
優しい笑みの破壊力。まるで夜に咲く月下美人のよう。
この笑顔に絆されて、見物人の女性が何人かぶっ倒れてんじゃないだろうか。
「いいの?」
「こんな公衆の面前で転んで、恥をかきたくないだろ」
「う。」
「ほら」
「……じゃあ、遠慮なく」
私はミゲルの厚意に甘えることにした。
私たちは今、「アレイザ大聖堂からエマニエル城までの大通りをただ歩く」という催しの主役になっている。
傍らには、魔剣ティゾーナとコランダが、私とミゲルを護るように浮遊している。
王国を救う聖女と、二振りの宝剣を覚醒させた王国初の魔剣士が、こうやって街中を歩いて世間にアピールする。
国王陛下の嫌がらせ、もとい、貴族への牽制を兼ねた民意の具現化を計る施策(策略)。らしい。
わざわざ、通る道にレッドカーペットまで用意して……。
ヴェールで見物している人たちは見えないけど、期待と希望に満ちた言葉が飛び交っているのは聞こえる。
国王レグロの思惑通りになっている。まあ、それは良いのだが。
(まったく。子供をダシにして支持率を得ようとは。さすが腹黒国王よね。でも、なにもこんなトンチンカンな服着せることないじゃない。ここまでしなくたって充分目立つわよ。レッドカーペットと魔剣と美形のミゲルがいるんだから)
私は口をへの字にする。どうせ誰も見えないだろうから、顔くらいは好きにさせてもらうのだ。
ふと気になって、ミゲルの様子をみた。ミゲルは私と違ってバッチリ顔を披露している。そのせいか、遠くから黄色い声も聞こえる。
貴族のご令嬢たちが運営しているミゲルのファンクラブの方々だろうか。
やっぱりミゲルはモテるのねえ。としみじみと彼を眺めた。
そうそう。二ヶ月前の婚約発言については一応、なかったことになっている。
ラモン様が物凄く反対してくれたのと、ルベルペ家の今後の処遇についてや、家業の殆どをミゲルがこなしていて、それどころではなくなったからだ。
毎日忙しいだろうに、ミゲルは私との修行も欠かさない。
体調は大丈夫なのかな。……ん。よく見たら、なんか落ち込んでるようにも見えるんだけど。もしや、疲れてる?
どうしよう。私がもたついているせいだわ。
でもこれ以上速く歩くと、慣れないヒールで絶対に転んじゃう。
ミゲル様、ごめんなさい。もうちょっと我慢して下さい。
私って本当に気が利かない聖女ね。
はあ。さっき無理にでも治癒をするべきだったわ。
「はあ。さっき無理にでも正装にするべきだったな」
と、私の心の声と、ミゲルの声が被った。
「はい?」
なんのことかしら。鎧が重くて辛いってこと?
しかし正装とは? 騎士の正装って鎧じゃないのかしら。
「ミゲル様の騎士姿、とても似合ってますけど」
ミゲルは首を振った。
「あくまで式典用に用意されただけだ。無理矢理な」
「そうなんですか」
「俺は正装がいいと言ったんだ。でもラモン殿に反対されて出来なかった」
ん? ちょっと意味がよく分からない。
「そりゃ騎士様なんですから、その方がいいと思いますけど」
ミゲルは顎を引く。
「それより、君と衣装を合わせたかった」
「ん? 合わせる、とは?」
ミゲルがこちらを見る。
なんか、渋い顔になっていませんか。
「……君は自分の格好を見て思い当たる節はないのか」
「そりゃありますよ。サイズの合わない服だなという不満でいっぱいです」
「は?」
「だって後ろがやたら長いですし。ウエストはキツイし。全身白いし。おばけみたいです」
「ひとつ聞くが。君の衣装合わせに張り切っていた、王室のメイド達が言っていたことを覚えているか?」
「え? 何か言ってましたっけ?」
「花嫁のようだと褒めていたじゃないか」
そういえばそんなことを言っていたような?
「ミゲル様ったら。それはお世辞というものですよ。いくらなんでも七歳を花嫁なんて本気で思わないですよ?」
「世辞なものか」
「え」
「ビアンカ、今はヴェールで全身を隠しているが、そのうち公の前で姿を披露しなくてはならない時が来る。その時、君を見た民衆たちがどういう感情になるか。俺には想像が付く」
「は、はあ」
「君はもっと、自分の魅力に自覚を持った方がいい」
「えっとお……、それは自覚すると強くなれたりしますか?」
ミゲルはしょっぱい顔になる。
「ビアンカ……。君は脳筋がすぎる」
「だって。ミゲル様ったら日に日に剣の腕が上がってるし。そのうち身体強化しても勝てなくなるかも」
鬱々と私が言うと、ミゲルは得意げに胸を張った。
「当然だ。近いうちに勝つ。今、精霊魔術で身体強化ができないか研究中だ」
なんですって! なにその隠し技みたいなのっ。かっこいい!
「すごいっ。私にもできますかっ」
「君には必要ないだろ?」
私はミゲルの手を強く握った。
「あります! どうやってやるのか気になりますし」
ミゲルはクスリとして言った。
「まだ研究中だと言っただろ? それに精霊魔術の基礎がまだまだのビアンカには、当分無理だ」
「ぅっ……」
私は心が重くなる。
魔剣から、火と風の魔力を授かってから二ヶ月。
いくら修行してもまともな術を出せない私は、実は、ちょっと凹んでいた。
後方を護るティゾーナが意地悪く笑う。
「そうさのお。聖女はぬくい火しか出せたことがないからのお」
「ティ、ティゾーナ様。公衆の面前で言わないでっ。聖女の威厳がッ」
「気にするな。おぬしの見た目からでは威厳など始めからない」
がーん。
「故に。おぬしが可愛らしいピンクの火しか出せなくとも、そよぎもしないでその場に留まる風しか出せなくとも、さして問題はないぞ」
グサッ。グサッ。
「ティゾーナ。あまりビアンカをいじめるな」
「我が主よ。我は事実しか言っておらん」
ちーん。
地にのめり込むほどに落ち込んだ私に、ミゲルが苦笑した。
「ビアンカ。気にするな。この歓声のなかじゃ俺たちの声なんて聞こえてないと思う」
「ミゲル様。励ましにもなってないです」
「それに、物を燃やせない炎と留まる風なんて俺には出来ない。逆に才能がある」
「逆って言った! いっそ才能ないって言われた方がマシ!」
「何を言ってる。とりあえず炎が出せてるし、風だって起こしてはいるんだ。才能がないわけじゃない」
「なんだろう。こう……、なんか釈然としないッ!」
なんて言い合っていたら、知らない間に城まで辿り着いていた。




