22.ラベランの深淵
セレイユ王国、南の辺境地・ラベラン。
そこは魔族の巣窟。荒野の奥底に渦巻く闇の大穴が、奴らの砦。
「閣下」
黒紫に灯る燭台が円卓を鈍く照らし、三本の影が長く伸びている。
「先程、かの国に仕掛けていた呪いが破壊されました」
円卓の一つの影が無味乾燥とした声で報告をする。
対角線上に座す別の影が、それを聞いてケタケタと揺れた。
「そいつはいい。これであの国最強の魔術師は死んだってことだろ?」
「話を聞いていなかったのか。破壊されたと言ったんだ」
「はあ?」
「厄介な魔剣が目を醒ました。何者かが奴らの封印と呪いを解いたようだ」
「なあ。もちょっと分かりやすく言ってくんね?」
その指摘に、影は鬱々として息を吐く。
「聖騎士オクタビオのことは分かるか。我ら魔族の同胞に、虐殺の限りを尽くした人間だ」
「もちろん」
「あの人間を始末するために、かの国の魔術師、ルベルぺを闇に引き込んだことは覚えているか」
「ったりめーだ、それでクソ聖騎士を殺せたんだろ? 俺はこの手で殺してやりたかったけどな」
「その後は、ルベルぺに魔剣を封印させて、奴に国政を牛耳らせるつもりだったが、その前に国王が死に、次の国王に阻まれた」
「そうだっけか?」
「……。
とにかく。魔剣の封印が解けたまでは……想定の範囲内だ。魔剣が自由になったところで、主がいない魔剣はただのなまくら。例え新たな主人がいたとしても、奴らは闇の力に汚染されているから、すぐに暴走する。そうなれば、まずは主だったオクタビオの仇、ルベルぺを殺すだろう。そして魔剣はそのまま破壊の限りを尽くして、かの国に甚大な損害を与えるはず。あわよくば、最大の弊害である国王レグロを抹殺……は出来なくとも、深手を負わせるくらいは出来る。と、思ったのだが……」
「なんだよ」
「いくら待ってもその『兆し』がない」
「あ? ああ。たしかに」
二つの影は、いまだ静観している影に向き直った。
「閣下。我らをこのラベランの地に足止めしているレグロの力ですが、今しがた少しの揺らぎがあったものの、それ以降は健在です。──これは、最悪の事態を想定すべきかと」
「……天界の使者か」
「左様です。聖女がすでに、セレイユ王国に誕生しているとみるべきです」
「面白い」
「……は」
「待っていたぞ、この時を」
「閣下……?」
「何としても聖女を見つけ出して生かして捕えよ。傷ひとつ付けることは許さん」
「……畏まりました」
「なんだ。殺しちゃダメなのかよ」
椅子をガタガタと鳴らしながら一つの影が抗議する。
「殺すより良い使い道がある」
「使い道、ですか?」
「簡単なことだ。お前たち、聖女が闇に堕ちるところを見てみたいとは思わないか」
と、影が、楽しげに語る。
「へえ……」
「それはそれは」
影らはほくそ笑み、起立する。
『閣下』へ深く頭を垂れ、それらは闇の中に溶けて消えた。




