20.……着火?
「もう大丈夫だ」
ミゲルが剣を瓦礫に刺して右手を離す。
私、ビアンカ・アレイザを抱えたまま、その場にドサッと腰を下ろした。
「ミゲル様、手を見せて! 早く!」
「え? ああ……、こうか?」
「ひぃぃ。焦げてる! 溶けてる! 痛い痛いイタイ‼」
「君が痛いわけじゃないだろ」
「今すぐ治しますからね! じっとしてて下さい!」
「言われなくてもこれ以上動かせない」
「いやあぁっ。怖いぃ」
私は半べそになって癒しの光を出した。
こんなひどい火傷、前世でだって見たことない。十歳の子供がこんなになるなんて辛すぎるっ。絶対に完璧に治してやる!
おのれ魔族、許すまじ!
「ビアンカ」
「話しかけないで下さい! 集中してるのっ」
「……ぁ、ああ」
「――よし! 治ったわ! 次は耳です! こっち向いて下さいっ」
ミゲルがおずおずと顔を寄せてくる。
「こ、こうか?」
「もうちょっと近く!」
「お、大声出すな、聞こえてる」
「ミゲル様」
「な、なんだ」
「耳、真っ赤じゃないですか! もしかして見えない傷がいっぱいあるんじゃ、」
「それは違うから気にするな。頼むから早くしてくれ」
「あ、はい! 私重いですもんね! すぐ治してすぐ退きます!」
「そこまで言ってないだろ……」
ミゲルはなぜか手で顔を覆って、息を吐いた。
治癒魔法を惜しみなく行使し、なんとかミゲルの耳も元に戻った。
でも赤いのはどうしても治らなくて、私は心配になった。
「痛くありませんか?」
「ああ。ありがとう。君のおかげで助かった。はじめに父上に吹き飛ばされたときの治癒も含めて、感謝する」
「とんでもないです! ミゲル様のおかげで魔剣を浄化できました。さすが王国一の魔術師ですね。とっても格好よかったです!」
「あ、いや……その」
「?」
ミゲルは頬を指で掻いて、目をキョロキョロとさせた。
なんだろう。何か言いにくいことでもあるのかしら?
――はっ。
「あのな、ビアンカ」
「あ! ごめんなさい。私邪魔ですよね! すぐに退きますから」
いけないいけない。つい治癒に夢中で忘れていた。というか怪我人の膝の上に乗っかって治療する聖女ってなに。
次からは気をつけないと。
私は急いで立とうとした。
「そうじゃない。勝手に降りようとするな。本当に鈍いな君は」
「ヒドイ! なんでまたソレ⁉」
またミゲルに呆れられてる。
そ、そりゃあ魔剣に取り憑いた闇が強力だったのと、私の浄化が半人前のせいで、魔剣に接近しないと浄化が届かなかったわけで。
だからミゲルはあんなに危険な行動に出てくれたわけで。
私が力不足だったのは否めないけど、そこまではっきり言われると落ち込む。しょぼん。
「いいから座れ」
ミゲルは私を元の位置に座らせた。
いやおかしいでしょ。完治させたとは言え、怪我人だった人に横抱きにされるとか申し訳ないのですが。
「あの~……、この状況は何ですか?」
「いいから。何があっても動くなよ」
「は、はい」
「こっち向け」
「? はい」
「好きだ」
「は? ――ん」
ふに。と口元に不思議な感覚がした。
ふんわりというか、しっとりというか。何かくっついてる?
ミゲルの顔が近すぎて何が起こっているのかわからない。
あ。そんなことよりも。
いま好きだって言った?
……何を?
ミゲルの顔が離れていく。やっと顔が見えたと思ったら、ミゲルは耳だけじゃなくて、顔と首まで物凄く赤くなっていた。
「ぁ、あの、ミゲル様……?」
「ビアンカ。君のことが好きだ。俺の婚約者になってほしい」
「……。へ?」
なんですと?
「ルベルペ家は今後、強い逆境に見舞われると思う。最悪、爵位を剥奪されるかもしれない。でも、俺が必ず家を立て直す。何年かかるか分からないが、絶対に君に相応しい男になって見せるから、待っていてくれないか」
「ぇ、あの」
「もし君が望むなら平民だっていい。俺は自力で聖騎士になってみせるから、生活にはきっと困らない」
こらこらこら。話が勝手に進んでますよ⁉
「ミ、ミゲル様、落ち着いて下さい。私は聖女なので、こ、婚約とか、そういったことは考えてないと言いますか」
「そうか、よかった」
「へ?」
「まだ心に決めた男はいないと言うことだな」
おお。なるほど。なんて前向きな解釈なの。って感心してる場合か!
「ぃゃ、そうではなくてっ」
「気持ちを抑えられなくて急にキスをしてしまったことは謝る。二度と身勝手なことはしない。だから今後は、俺が君の将来の夫に相応しいかどうか見ていて欲しいんだ」
ひゃ。ま、まってまって? この子、今なんて言った!
「き、キス⁉」
その言葉が強烈すぎて、後半は頭に入ってこなかった。
――あ、あ、あれはキスだったの⁉
二回の人生含めてのファーストキスが自分の知らないところで完了していたの⁉ 恋愛経験値ゼロの私には気付くことすらできなかったってこと⁉ 前世の二十七年間で無縁だったことを、わずか七歳でき、き、キスを……。
なんじゃそりゃああああっ。
私は思考が爆発した。へなへなと脱力し、ミゲルの腕にすっぽりと収まる。
「ビアンカ、どうした」
「ミゲル様、誠に申し訳ありませんが頭がパンクしておりますので、そのお話はまた今度にして頂けませんでしょうか」
「ダメだ。俺の婚約者になると同意をするのが先だ」
えええ。なにそれ子供かっ。……て、子供だわ……。
「で、ですから、それも含めて(断り方を)考えさせて頂きたく……」
「がっはっは。小僧、フラれておるのぉ」
と、豪快な笑いで話に割って入ってきたのは、目の前に突き刺さっていた魔剣ティゾーナだった。