表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/30

2.堕ちたら三歳児だった。

 次の日。

 仕事納めで事務所の大そうじを全社員でしたあと、私は飲み会を断って帰路を急いだ。

 途中でお気に入りの激安スーパーにより、食料品を大量に買い込んで駅に急ぐ。

 そして後悔する。


「おもぃ……」


 仕事の鞄と両手にレジ袋三つ。

 アパートの近くにはコンビニしかないから仕方なかったとは言え、買いすぎだ。

 すれ違う人全員に白い目やら、好奇な目で見られる。うう、さすがに恥ずかしい。


(でも、休み中に一歩も外に出たくない私には、こうするしかなかったのよッ)


 なんて、断罪裁判のワンシーンに出てくる悪役令嬢の証言みたいな、陳腐な言い訳が思いついた。


 そういえば、堕ちる聖女にもそんなシーンがあった。孤児である聖女をよく思わない貴族と、一部の聖教会の派閥が結託し、聖女を断罪しようと聖女裁判が一方的に開廷されたのだったか。

 堕ちる聖女には悪役令嬢のようなあからさまなライバルキャラは存在しない。その代わりに社会という目に見えないしがらみが聖女を阻む。そしてその隙に、魔族が裏で世界を飲み込もうとする。というのがこのゲームの大筋の話だ。

 

 どこか現実社会の闇を表現しているようで、そのリアルさが絶妙だったなと、また妄想が膨らむ。

 妄想はいい。こうやって現実逃避してしまえば周りの目も気にならなくなる。

 

 そうして、なんとか駅に辿り着く。

 根性で改札を通って、気力だけでホームへの階段を上る。あとになってエレベータを使えば良かったとまた後悔した。


「――ぅわっ!」


 あと三段で登り切るというところで足がよろけた。慌てて前かがみになって荷物の重みを利用して踏みとどまる。

 あぶない危ない。これで階段転げ落ちて死ぬとかどこの三文小説よ。それで異世界転生したら、まるでどっかのラノベみたいじゃない。

 真冬日のなか脂汗をたらしながらホームで各駅停車の電車を待つ。どうやら天候が悪いせいで到着が遅れているようだ。

 

 どうしよう。手がかじかんできた。待合室で休憩しようかな。でもこの寒さじゃ、きっと混んでて入れないよね。

 

 ダメもとで待合の方を見たら、驚くことにがらんどうだった。

 

 え。なんで誰も入らないの? と疑問に思ったが、そこで電車が到着するアナウンスが流れた。遅れていた快速列車が二十五分遅れで来るようだ。

 

 なんだ。快速か。それじゃあウチの駅には停まってくれない。

 

 私はがっかりして、待合スペースに行くことにする。きっと待合室を使っていた人たちは、この快速に乗り込むために外に出たのだろう。いまなら席に座って、荷物も置ける。これはチャンスだ。

 

 人波に逆らって待合室に向かう。荷物が潰れないように必死に抱えて歩みを進めた。

 もう少しで待合の扉に辿り着くというとき、がしゃがしゃっと重い金属が倒れるような音がした。なんだろうと気になったが、年末の人でごった返すホームという狭い空間で、そんなことを気にしている余裕はなかった。


 はあ。これで一休みできる。


「ちょっと、そこのあなた! 入っちゃだめ!」


 急に注意されて、私は声の方をみた。


「――へ?」

 

 素っ頓狂な声を出しながら、ガラス張りのドアを横に引いて一歩足を踏み入れた私は、その一歩に着地がないことに気が付く。そのまま体勢を崩して重力の任せるままになった。

 

 え、なにこれ。落ちてる?

 わけが分からないまま、私の意識はそこで途切れた。



---



「ぅ~……」 

 

 酷い頭痛で意識が戻った。頭をさすって目を開けると、そこには自分を囲むようにして覗いてくる人の群れがあった。

 

 ああいやだ。きっと私、足を滑らせて転んで、気を失ったんだ。

 死ぬほど恥ずかしい。てかもう死にたいよこれ。

 

 さっさと起きて走り去ろうとしたのだが、なぜかうまく動けない。起きれない。

 なんで? なんか、頭が重くてうまく寝返りもうてない。


「ビアンカ、大丈夫ですか」


 突然、傍らにいた女性が言った。

 ……ビアンカ? とは、なんだろう。

 

 女性をまじまじと見ると、とても心配そうに私を見てくれているのが分かった。

 質素な黒のワンピースに黒のフード。まるで教会の修道女のような格好をしている。

 歳は、私と近いくらいか。

 

 きっと私を哀れんで声を掛けてくれたのだろう。それにしても日本語が上手い。明らかに西洋人なのに、大丈夫ですか、なんて。もしかしてビアンカって大丈夫ですかって意味で、咄嗟に言ってしまったこの人の母国語なのかも。

 とにかくお礼を言わないと。ずっと無言なのは申し訳ない。


「あぉ、だいジョブ、れす」


 あ、あれ? 口が上手くまわらないぞっ。頭打った後遺症かな。ヤバイ。こんな年末に病院送りになんてなれば、私のゲームライフが儚い夢と化してしまうではないか! それにほら、心配そうに見てくる群衆の皆さんが、口をぽかんと開けているっ。きっと変な言葉だったから、やばいヤツ認定されたんだわっ。ああもう嫌~。 

 バタバタと身体をバタつかせて必死に動く。でもやっぱり起き上がれない。

 

 ていうかここはどこなの? よく見たら天井があるし、外じゃない。野次馬だと思っていた人たちもどうみたって日本人じゃない。

 いくら何でもおかしい。まさか私、誘拐でもされたの⁈

 心臓がバクバクとする中、まわりの人たちが急にワッ、と歓声を上げた。


「よかったわ! みんな、ビアンカは無事よ!」

「すごい、あんなに無口だった子が、大丈夫って喋ったよ!」

「これは驚いた。三歳の誕生日に、最高のプレゼントを私たちがもらうとは。この子はきっと良い子に育つぞ!」

「一時はどうなることかと思ったけど、元気に動いているし、これなら大丈夫ね!」

「???」


 あまりの盛り上がりについて行けず、私は思考も身体も停止した。

 え、ビアンカって私のこと? あれか? 病人って意味とか? いや、元気に動いてるって言ってたし、もしかして私の名前なの? 三歳の誕生日とか言ってなかった? 三歳ってなに。

 私はふと、自分の手をみた。

 なんかちっさい。赤ちゃんの手みたいに、むにっとしている。


「にゃに、これ」


 うまく舌がまわらない。まるで子どもの舌っ足らずみたいな言い方だ。ちょっと……これって、まさか。

 気になって足を上げてみたら、これまた、ちんまい足が伸びていた。靴下をはいてはいるけど、穴があいていて親指が出ている。

 もはや、私の靴はどこいった、などと心配している場合ではない。


――私、本当に三歳児なの⁈


 そう悟ったとき、ようやく起き上がれない理由が判明した。

 三歳児だから、まだうまく頭を支えられないのだ。そして、お尻がもぞもぞごわごわして寝返りをやたらと邪魔してくる。十中八九、こどものオムツだ。お尻が盛り上がっているから起き上がれないんだ。


 大賑わいの大人や子ども達をよそに、私は左右に反動をつけてうまく横になり、四つん這いになってベッドを降りた。やたら大きな木のベッドだ。いや、これは大人用だ。三歳児の私じゃ大きく感じても仕方ない。


 床に降り立ち辺りを見渡すと、初めて見る部屋のはずなのに、なぜか親近感が湧いた。

 この部屋……知っている。はじめに声を掛けてくれたシスターの部屋だ。そして他の人たちも、見知った人間だ。


 木こり兼、猟師のおじさんに、料理係のおばさん。そして、この「教会」で暮らしている子ども達。髭を生やした白衣の老人は、ときどき往診にくるお医者様だ。

 そこまで記憶の整理ができたとき、私が、やっと私になったような不思議な感覚が降りてきた。

 

 地に足が付いた感覚。全身の血液がうまく巡るような安心感。

 そうだ。私はここの住人だ。

 名前はビアンカ・アレイザ。

 今日でちょうど、三歳になった……孤児だ。

 私はそう理解しつつも、現実を受け止め切れずに頭を抱えた。

 

 ちょっとまって。じゃあ、さっきまでの記憶はなに? 飯島良子の人生は、夢? 

 ……いや違う。三歳児があんなリアルな夢を見れるわけがない。そもそも三歳児なのにこんな思考回路なわけがない。

 私は間違いなく、飯島良子だった。

 年末の忙しない駅のホームで大荷物を抱え、ゲームをやりたい一心で人混みをかき分け、そして……そして?

 待合室に足を踏み入れたところまでは覚えているのだが、そこから先がどうしても思い出せない。


「ビアンカ、どうしたの?」


 シスターが私をひょいっと抱き上げ、心配そうに見つめてくる。私、本当に三歳児なんだと複雑な気持ちになる。

 しかしウジウジしてたって仕方がない。ここは教会で、私は三歳児。

 孤児の私が頼れる環境として、ここ以上の場所はきっとない。


 まずは落ち着くのよ、飯島良子。――いえ、ビアンカ・アレイザ。


 過去の私が培ってきたオタク知識があれば、この状況を打開できるはず。幾多のラノベを読みあさり、数多のアニメを観まくった私にはわかる。

 

 これはもう、異世界転生ものよ!

 

 このカテゴリーの主人公達がすることを、私が真似すれば良いのよ! 

 えっと、主人公ってまず、何してたっけ? た、たしか、生き抜くためには情報収集が必要、とか、いってた気がする!

 ぶっちゃけ分からないことだらけだけど……そうね、まずは現状把握よ。

 この、絵に描いたように優しいシスターに今の状況を説明して貰いましょう。

 私はおそるおそる、声を出した。


「ね、わたし、なんで寝てたの?」


 おお。さっきより舌が回るようになってきた。三歳児って適応力がすごいわ。

 自分で自分に感心していると、シスターをはじめ、その場にいた全員が私を凝視してあんぐりと口を開けた。そして、さっき以上の大歓声が巻き起こり、お祭り騒ぎになってしまった。ビアンカが喋った、話しかけた! と小躍りがはじまる。


 私は一旦、現状把握を諦めることにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ