18.『誇り』
「魔剣だと。そんな物この世にあるわけがない!」
唾をまき散らしながら叫ぶ公爵の言葉は、しかし魔剣の一笑で流される。
「人間ごときが使える魔術を、剣が使えぬとでも思ったか? うつけめ」
「魔術は崇高な人間にのみ与えられるもの。剣が扱えるなど、私は認めん!」
「貴様は根っからの魔術師至上主義者だな。たかだか百年かそこらにできた薄っぺらい主義主張を、千年生きる魔剣に振りかざしてくれるな」
「だまれ! ──精霊王、オンディーナの名のもとに!」
公爵は水の魔術を行使する。渦を巻く水塊が出現し、炎の壁に降り注いだ。
水を被った炎の壁は一瞬で消え失せ、湯気が辺りを漂う。
ティゾーナが少し驚いた風に言った。
「精霊王」
「私は泉の精霊王オンディーナ様より直々に加護を受けている。火の魔術など恐れるに足らん! 食らえ、なまくらが‼」
公爵がまた水の塊を出現させる。それが球体に纏まりスライムのように蠢く。表面が無数の棘となり、矢となって魔剣を襲う。しかし魔剣は炎の壁を出してそれを防いだ。
分厚い炎によって矢は一瞬で蒸発していく。
「手を出すなよ、コランダ」
魔剣は、傍らの魔剣に釘を刺してから薄鈍色の刀身を赤く染め上げた。その色が濃くなるほどに湯気が立ち、大理石をゆっくりと溶かしていく。
公爵が舌打ちをする。
「くそ。威力が足りないか」
「どうした。もう疲れたのか?」
「誰がっ」
公爵は口元で長く詠唱し、水の大玉を繰り出し放った。
魔剣は炎の壁を解く。
──バァァアン!
水の魔術が魔剣に直撃する刹那。水が弾け、衝撃波が議事堂を轟かせた。
けたたましい音と破壊力。瓦礫や議事堂の装飾品がすさまじい勢いで爆ぜていく。
その衝撃が公爵に直撃する。
「なんだ──ッ、うわああっ!」
魔剣は、意図的に水魔術を食らった。
ティゾーナは炎の魔剣。刀身は太陽のように灼熱と化している。その刃に水が当たれば、それは一瞬で気化する。
水蒸気爆発。魔剣はそれを狙ったのだ。
魔剣は尚も蒸気を生み続け、空気中に黒い塵を舞い上げはじめた。その刃は赤黒く、不気味なほどに高温を維持している。
「はははは! 馬鹿め! 我を封じ込めたければ『闇』か、我以上の『火』で対抗するべきだったな!」
ティゾーナは高笑い、宙に浮いた。
自身の刃先を高く向け、目を回している公爵の喉元めがけて一直線に飛んだ。
──ガッ。
「……、ぁ、うぅ──」
公爵のうわずった声。しかし、その声帯は未だ健在している。
「――な、なんだ」
ティゾーナにも状況が掴めない。
カタカタと、魔剣の切っ先が震えている。
公爵の喉元数ミリ手前で、突き刺そうとする力と、それを引き戻す力が攻防を繰り広げていた。
「危ないな……。剣が喋って動くなんて聞いてないんだけど……」
その声に、魔剣は問うた。
「誰だ。この我を握り、あまつさえ止めている愚か者は」
「はじめまして、魔剣ティゾーナ。俺の名はミゲル。とりあえず魔力を解いて落ち着いてくれないか? 君、今、とても熱くて持っていられない」
そう言いながら握りこむミゲルの強靭な握力は、魔剣の力を凌駕しつつあった。
「小僧。大した魔力だが……何故邪魔立てする」
「この人は法のもとに裁かれなければならない。剣の独断で殺さないでくれ」
ミゲルが手に魔力を込めると、公爵の首と剣の間にさらに距離が出来た。
「面白い。五年後には公爵を超える魔術師になれそうだな」
「……っ」ミゲルは歯を食いしばる。
「しかし我に挑むには十年早かったな!」
魔剣の熱気が倍増する。ミゲルの手が赤く爛れる。
「痛──っ、まったく、とんでもない剣だ。師匠はこんな剣を手懐けていたのか?」
「なに──。小僧、今何と言った?」
ミゲルは魔剣を無視し、会話の矛先を父親に向けた。
「父上。死にたくなければお逃げください。私の魔力が持ちません」
「お前の言いなりになどならん!」
「どうしようもない人ですね。それでもルベルぺ家の主ですか」
「……」
「あなたの精神は闇の力に呑まれています。どうか思い出してください。あなたの誇りを」
「……ぅ」
「あなたはセレイユ王国随一の魔術師です。その誇りを取り戻してください!」
「くそ、くそっ……! 私は……どうして──‼」
公爵は頭を抱える。髪を掻きむしり、ガタガタと全身を震わせた。
白目をむいた目に闇が滲み、過呼吸で苦しむ。
やがて公爵の目の闇が、黒い水となって頬に流れた。
公爵の発作が止む。
「父上!」
「……ミゲル。お前は間違っている」
公爵はゆらりと手を翳し、風の魔術でミゲルを切り裂いた。