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17/30

17.死人に口なし。されど我らはここに在り

 城全体が揺れるほどの衝撃があった後、今度は小さな揺れと音がした。

 議事堂内の貴族議員達は一同におののき、議会は中断する。

 

 静粛に、という議長の声は二回目の爆発音で虚しくかき消え、貴族達は殆どが慌てふためいた。

 

 三度目の轟音で北側の壁が吹き飛ぶ。天井から酷い軋み音がして南側の巨大なステンドグラスが割れ砕けた。


 ついに貴族議員達は席を立った。

 我先にと逃げ道に足を向け、誰も彼もがドアを叩いた。しかし開くことはなかった。はじめの揺れと衝撃でドアが歪み、扉としての機能を失っていたからだ。


「――ルベルペ公爵はおられますか」


 轟音も、貴族達の取り乱す声すらも消し去るほどの通る声。

 ガラガラと崩れる北の壁の奥から現れたミゲルの声である。


「ミゲルか……? なぜここに。まさか、この騒動はお前の仕業なのか」


 息子の声に驚く公爵は、この時初めて己の席から立ち上がった。


「はい。実は公爵にご覧頂きたい物がありまして。陛下の御前にて、是非」


 ミゲルはチラリと陛下を見やる。

 国王レグロは相変わらずの体勢で玉座にいたが、ミゲルの礼のない態度にはいっさい触れず、肩を揺らして声なく笑った。


「そうか。ついに見つけたか」そう呟いた後「ミゲル・ルベルペ。発言を許す。積もる話もあるだろう? 父親とゆっくり話すといい」と、まるで今も議会の最中だと言わんばかりの態度で命じた。


 ミゲルは静かに頷くと、父親に向き直る。両手に携えていた身の丈ほどの剣を床に向かって振り下ろすと、それは物の見事に大理石を切り突き直立に立った。


「父上。この剣に見覚えはございませんか」

「……知らんな」

「セレイユ王国の宝剣・ティゾーナとコランダです。王立図書館の書庫から見つけました」

「なんだと? それがエル・ディアスの二振りの剣? 馬鹿な、あれは錆が酷く、鑑賞にすら堪えない剣だったはずだ」

「左様です。しかし見た目は問題ではありません。重要なのは何故、この剣が王立図書館にあったのかです。この剣は五年前、剣聖オクタビオ・コルテス様の手から、何者かによって盗まれた代物。それが、何故ルベルペ家の管理する王立図書館に眠っていたのでしょうか」


 公爵の額にじわりと汗が滲む。


「わ、私の知ったことではない。あの図書館はお前の管理下だろう」

「なるほど。では私の見解を陛下に申し上げて宜しいのですね?」

「なに……?」

「陛下はずっと、この剣と、剣聖様の罪の真実を追い求めておいででした。私はその密命を賜っていたのですよ。真相究明に五年かかりましたが、ようやく真実に辿り着けました」


 公爵は引きつった声を上げた。


「なっ、ま、まて!」


 ミゲルは公爵を無視し、陛下の御前に片膝を突き胸に手を当てた。


「ルベルペ公爵が第二子、ミゲル。陛下にご報告申し上げます」

「許す」

「五年前の図書館消失及び、剣聖オクタビオ・コルテス様の宝剣、ティゾーナとコランダの窃盗は全て、我が父の犯した罪。どうか、剣聖様の謂われなき汚名を雪ぎ、ルベルペ公爵に正義の鉄槌を――」


 言い掛かりだ! と、公爵の声が突き抜ける。


「証拠は! 証拠はどこにある‼ ――そうだ、お前だ! 私を陥れるために、お前が仕組んだ事だろう!」


 ミゲルを指さし、公爵は声を荒げた。

 しかしミゲルは落ち着いていた。


「それと陛下。書庫の封印には闇の力が作用していたようです。公爵が、魔族と繋がっている可能性があります。今後の父の処遇はもとより、議会の守護貴族院の組織構成。そして、陛下の憩いの場であった図書館を、宝剣諸共隠蔽した魔術研究所の在り方も、ご再考が必要かと具申致します」


 レグロは口元をいやらしく釣り上げた。


「ほう。それは耳が痛いな。まさか人の世に、人ならざるモノが紛れていたとは。しかと心に留めよう」

「ありがとうございます、陛下」

「ご苦労だったな、ミゲル。今後は自分の為に生きよ。オクタビオの分までな」

「――はい」


 ミゲルは礼をとき、下がろうとした。


「風よ切り裂け!」


 風の魔術。公爵の繰り出したそれがミゲルに直撃する。ミゲルは為す術もなく吹き飛ばされ議席と一緒に壁に打ち付けられた。


 公爵は国王の前で平伏し叫び散らす。


「陛下! 愚かな我が息子の世迷い言などに耳を貸してはなりません! 全てでっち上げです! 私は何もしておりません!」

「……」


 レグロは微動だにしない。


「そもそも! あの剣が宝剣のはずがないのです! 陛下もご存じでしょう? 本物のエル・ディアスの剣は古ぼけたなまくらの剣。どんな名職人でもあの錆を落とすことはできなかったのです! あのオクタビオも手入れを諦めていたそうではありませんか! なのにあの剣はどうです? 大理石をも易々と切った! あれがエル・ディアスの剣なわけがないのです!」


「……ほう」


 国王が声を発したことで、公爵の口に拍車がかかった。


「それに図書館の件もです! 私は何もしていない! どうか尋問はミゲル、我が息子に! あの出来損ないがすべての元凶なのです‼ 魔術師の家系でありながら剣などと言う野蛮な『道具』に魅入られ、魔術を愚弄し放棄したルベルぺ家の恥知らず! そして我が息子を地に落とした穢らわしい罪人、オクタビオ・コルテス! 全ては、王国一の守護者と謳われる私を妬み、陥れるために打った、奴らの猿芝居に違いありません!」


 公爵は息を切らせ、血走った眼で国王を見上げる。

 長い沈黙が空気を冷やす。

 国王レグロは足を組み、頬杖を突く。長い指で前髪をするりと摘まみ、金の眼を公爵に向けた。


「それがお前の本性か」

「は……」

「もうよい。誰かルベルペ公爵を拘束せよ」

「へ、陛下……?」


 国王レグロは声を張った。


「おい守護貴族。ここで見せ場を作らねば、ルベルぺ同様、反逆罪の疑いがかかるぞ。いいのか? 早くこの愚か者を取り押さえよ」


 突き放すような国王の声に、議事堂の隅に隠れていた議員達がようやく我に返る。一斉に立ち上がったかと思えば公爵の上に圧し掛かり、公爵はあっという間に取り押さえられた。しかし、


「くそ! 放せ! 愚か者どもが!」逆上した公爵が風の魔力で議員を吹き飛ばす。「私はルベルぺ家の当主だぞ! どいつもこいつもふざけおって! 私が何をしたというのだ! 証拠を出せ!」


「見苦しいぞ、公爵」

「だまれ! 無能の黒陰の王が!」


 国王の冷めた声に逆上する公爵は、両手に風を起こして暴れはじめた。


「私を捕えるだと⁉ できるものならやってみろ! 力づくで捕えて見せろ! 王国一の魔術師である、この私の魔力に勝てるものならな‼」


 まさに狂気。

 議員たちは魔術で応戦するも、公爵との格の違いが仇となりばたばたと倒されていく。

 議員たちは絶望した。自分たちはここで殺されると誰もが逃げ惑った。


 しかしそこで些細な変化が起こる。公爵の切り裂く風が、議事堂の扉を壊したのだ。

 貴族たちの顔に光が宿る。この地獄から抜け出すために最後の力を振り絞って魔術を放ち、その隙にほとんどの貴族たちが砕けた扉の向こうへと消えていった。


「ははははは! 馬鹿どもが! 逃げても無駄だ! 皆殺しにしてやる‼」


 ガラスに爪を立てた様な不快な笑い声を張り上げ、公爵は尚も狂ったように堂内を走り回る。


「五月蠅いのう……そこな公爵。汚い声で笑うな、虫唾が走る」


 その声は、ミゲルの開けた風穴から聞こえた。

 公爵は怒りをあらわにした。


「誰だ! この不届き者め! 殺してやる!」

「なんだと──?」


 公爵の暴言に風穴からの声が反応する。その瞬間、巨大な火柱が巻き起こり公爵めがけて襲い掛かった。火柱は中心が空洞になっており、そこに公爵が頭からすっぽりと包まれる。柱はやがてドーム状になり、公爵を中心として炎の壁となった。


「なんだ、この魔力は⁉」


 公爵は狼狽えた。辺りを見渡すが、火の中には自分しかいない。あるのは大穴と、ミゲルが突き立てた剣だけだ。


「久しいなあ、公爵。だいぶ老けたな? 魔族に生気を吸われすぎて瘦せこけたのか? それとも過去の罪による心労で病んだか? まるでミイラのようだ」

「な、で、出鱈目を……! 姿を現せ卑怯者!」

「はっ。王国一の魔術師が聞いて呆れる。我はさっきから、ここに突き刺さっておるぞ?」

「突き刺さって……?」


 公爵はややあって、ようやく状況を飲み込んだ。


──剣が、喋っているのか?


「ようやく理解したか? その様子では我らに生があるとは気づかずに、我らをあの牢獄に封じたようだな」

「な……、け、剣が、生きている……⁉」


 足を一歩引いた公爵に対し、向かって左側にあった赤き剣が、やや前に傾いた。

 その剣が、まるで嘲笑うかのように少し揺れる。


「はっは……。そうだ。我らは生きてここに在る。貴様が成した悪行の全てを知る生き証人というやつだ」

「なんだと……。まさか──」

「我らの亡き主、オクタビオ・コルテスの無念、ここで晴らさせてもらおうか」


 ドクン。と、剣を中心に鼓動のような波動が起こる。それに呼応するように、炎の壁が高らかに燃え盛った。


「──聞け、ルベルぺ家の青二才よ。貴様を殺す剣の名を教えてやる。

 我が名はティゾーナ。

 操るは命の業火。──炎の魔剣・ティゾーナである」



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