16.二振りの宝剣
闇の穢れを祓い、私はカビ臭い扉を開ける。
その先にあったのは、本の山でも魔族の大群でもなく、二振りの剣だった。
石造りの牢屋のような部屋。湿気の籠もる空間。
その中央に交差する形でふたつの剣が床に刺さっている。錆びて藻が生え、原型がよく分からないほどに蜘蛛の巣と埃も付いていた。
なのに、ミゲルは叫んだ。
「なぜ、この剣がここにある!」
ミゲルは剣に駆け寄る。図書館から漏れる微かな明りを頼りに剣の周りを一周した。
「ミゲル様? この剣のこと知ってるの?」
ミゲルは力強く頷く。
「ああ。間違いない。これはセレイユ王国の宝剣だ」
「ほ、宝剣? そんなすごい剣なの?」
とてもそんな扱われ方をしていないけれど。
「これは、この国の英雄の一人とされる、エル・ディアスの二振り剣。――ティゾーナと、コランダだ」
「よく分かるわね。私には剣、てことしか分からないです」
「俺は昔、この剣を毎日見ていたからな」
「そうなの?」
「この剣は、剣聖オクタビオ・コルテスが、聖騎士を引退した際、先の国王から賜っていた剣なんだ」
「剣聖様の剣?」
「ああ。だが、実践で使用するものではないと言っていた。だから剣聖は……師匠はずっと自分の屋敷に保管していたんだ」
「保管されていた剣が、どうしてここに?」
「……盗まれたんだ。五年前に」
「え……?」
「俺が師匠と修行をしている間に盗まれた。それが国王の耳に入り、師匠は捕らえられ……処刑されたんだ」
私は血が逆流するかと思うほどに寒気がした。
「そんな、剣をなくしただけで処刑されたというの⁉」
「先王は……そういう方だった。それに、この剣は国の宝だ」
「だから何よ! そんな理由が罷り通るなんて酷いわ!」
「そんなこと分かってる!」
ミゲルは頭を抱え、ひどく顔を歪ませた。
「俺があの時、この剣を触ってみたいなんて言わなければ、この剣が盗まれることはなかったんだ!」
「……」
「俺が悪いのに、師匠が悪者扱いされ処刑された。本当は俺の罪なのに、師匠がその罪を被って……!」
「ミゲル様……」
ミゲルの過去が垣間見えた私は、なんて声を掛けたらいいか分からなかった。
「どうしてこの剣が……こんなところにあるんだ……!」
ミゲルの震える声。失望の色が濃い。それまで遠巻きに剣を見ているだけだったミゲルが、両手を持ち上げて二つの剣を握った。
――バチッ‼
ミゲルの手元から鞭でも打ったかのような鋭い音がした瞬間、突風が吹いた。
「きゃッ、いたっ」私はその勢いに負けて尻餅をついた。「ミ、ミゲル様、大丈夫──……ぇ?」
私はミゲルを見て、目をこすった。
そこには、錆び一つない美しい二本の剣を携える、ミゲルがいた。
「な、なんで……」
そう言ったのはミゲルだった。錆と藻と蜘蛛の巣だらけだった剣が、なぜ一瞬で洗練された剣になったのか、彼にも分かっていないようだった。
しかし考えている暇はなかった。今度は部屋全体がグラつき、凄まじい地響きとともに空間が揺れた。図書館全体が無重力になったかと思えば、すぐに止んで体が地面に叩きつけられた。
――ズゥゥゥウウウン……。
と、余韻の揺れが未だに続いている。
私は手で頭を護りながら床に這いつくばった。
「痛い……。な、なんなの? 地震?」
「いや違う。ここを亜空間に留めていた力が消えた。おそらく図書館が元の位置に戻った衝撃だ」
「それってミゲル様が剣を抜いたから?」
「さあ。抜いたつもりはなかったが……」
「分からないことだらけね」
「そうだな。でも知っている人間は見当が付く」
「え? どういうこと?」
ミゲルはスタスタと石の壁に近づき、人差し指をピタッと付けた。
「確か、今日も臨時議会があったよな?」
「え? う、うん。ラモン様も朝早くから議事堂に向かわれたけど、それがどうしたの?」
「地理的にこの壁の向こうだったな……」
「なにがです?」
――ドォゥウン!
ミゲルの触れていた壁が爆発音と共に砕け散った。
ぎゃああっ。こ、鼓膜が破れるかと思った!
「え、な、なに、なに⁉」
訳が分からない私を他所に、ミゲルはぶつぶつと何か言っている。
「ああ。表面が抉れただけか。久しぶりすぎて魔力の加減が分からないな」
「ちょ! ミゲル様なにしてるの⁉」
「なにって。壁を壊してる。この向こうが議事堂なんだ」
「いやいやいや! この前みたく図書館ごと空間移動すればいいじゃないですかっ」
「何を言ってる。もうこの図書館を亜空間に閉じ込めていた力はなくなった。だから壊してるんじゃないか」
またミゲルが壁に穴を開ける破裂音が響く。
「ぎゃー! となりの議事堂に用があるなら、普通に行きましょうよ!」
「面倒くさい」
「はああ⁉」
ミゲルがあくどい笑みをして言い放った。
「それに今の俺は、とんでもなく腹が立っている。――人生で一番だ」
ミゲルは三度目の爆発で、見事に王城に風穴を開けてしまった。




