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15.王立図書館の謎

 楽々と王城に侵入した私は、姿を隠したままで城内を見て回った。

 ミゲルはきっと図書館に向かうはず。上手くいけば、入る前に見つけられるかもしれない。


――いた!


 ミゲルだ。以前、私が迷い込んだ袋小路の壁に手を付けている。

 またここに図書館があるのかしら。


「来い」


 ミゲルが呟くと、涼やかな風が巻き上がった。壁紙が風に乗って剥がれていくと思ったら、純白の扉が姿を現す。


 すごい。ここに図書館があるんじゃなくて、ミゲルがここに図書館を呼んだんだ。

 ミゲルって実は、図書館の守護者じゃなくて図書館の主なのでは。


「ミゲル様!」


 私は天翼を解いてミゲルのもとに走った。


「なっ、どうしてここに」


 ミゲルの目元が少し赤い。でも、それには触れない。


「ごめんなさい。ミゲル様のことが心配で、思わずついて来ちゃいました」

「思わずついて来られるような所じゃないだろ。ここは」

「まあ、いいじゃないですか。気にしないキニシナイ」


 と、近所のおばちゃんみたいに手をパタパタと仰ぐ。

 呆れ顔のミゲルは、一瞬考える素振りをしてから言った。


「……そうだな。俺も君に話があるから丁度いい。中に入ってくれ」


 え。いいんだ。


「てっきり追い返されると思ってました」

「なんだ、追い返して欲しいのか?」

「むう。いじわる」


 頬を風船のように膨らませたら、ほんの少しミゲルの表情が柔らかくなった。

 一ヶ月ぶりの図書館は、とてもどんよりとした空気が漂っていた。明りが付いているはずなのに視界が悪く、まるで暖炉の煤が舞ってるかのようだった。


 何だかおかしい。こんなに息苦しいところだったかしら。


「どうした?」


 口に手をやっていた私に、ミゲルが心配そうに声を掛ける。どうやら私は自分の思っている以上にしかめっ面をしているらしい。


「ミゲル様は大丈夫なんですか?」

「なにがだ?」

「ものすごく居心地が悪いというか……。気分が悪くなりそうです」

「そっちにソファがある。横になるか?」

「いえ、まだ大丈夫ですけど……あまりここに居たくないです。何か凄く嫌な感じがします」


 私が身震いすると、ミゲルは顔をこわばらせた。「待ってろ」といって、纏っていたローブを肩から外し、私に優しく掛けてくれる。

 夏なのに熱くなく、むしろ暖かくてほっとする。胸に籠もったモヤモヤが軽くなって、息苦しさが緩和されたように思えた。


「すごい。なんだか楽になりました」

「特別な蚕の絹糸で織ったものだ。魔力への耐性がある。特に闇の魔力だ」

「え……」

「教えてくれビアンカ。君は今、何を感じとっている?」


 私は首を振った。


「よく分かりません。空気中に毒が混じっているんじゃないかと思うくらい、息をするたびに苦しくて。黒い霧が漂っているせいで、部屋が暗くて不気味です」

「それは君にしか分からない感覚だと思う。俺にはいつもの図書館にしか見えないし、息苦しくもない」

「そんな、こんなに苦しいのにどうして……。あ」


 心当たりがある。


 聖女の特性能力の中に「闇の感知」というのがあったはず。その力があることで、ゲームの聖女も闇の力に圧倒されて体調を崩すシーンがあった。

 私は、部屋中の黒い霧を注意深く観察した。

 黒い塊が連なって、本棚や椅子にベタベタと纏わり付きながら這い回っている。まるで生きているみたい。

 私は鳥肌が立った。

 この霧の動きが、前世の私の「天敵」に見えてきたのだ。

 ヌメヌメでベトベトの生き物。

 

 そう、ナメクジだ。

 

 私は血の気が引いた。


「もういいビアンカ。外に出よう」


 そうしたいのはやまやまだが、しかし外に出たところでこの霧がなくなるわけじゃない。私は、意を決した。


「いいえ。塩を撒けば倒せるかもしれません。ちょっと試してみます」

「しお?」


 私は目を閉じ、両膝を床に付いて手を組んだ。

 祈りの体勢を取って、ただひたすらに神聖力を体内に溜め込むイメージをする。


――神聖魔法『浄化の祈り』


 今まで浄化する対象がなかったから、実践で行使するのは初めてだ。

 お願い。上手くいって! 私ナメクジはマジ無理なの!

 私は全身に溜めた力を一気に放出した。

 

 う、上手くいったかしら……。

 おそるおそる目を開けると、オレンジ色の照明が図書館を灯し、一つ一つの本棚の装飾までくっきりと見えるほどに視界が良くなっていた。

 微かに、古い紙の香りがする。本来の、図書館然とした雰囲気だ。

 むしろ初めて入った時よりも綺麗に見える。もしかしたら、あの時すでにこの図書館は闇の魔力で穢れていたのかもしれない。

 

 でも、どうしてここに魔族の力が? 

 まさか、図書館に魔族が潜んでいるの⁉

 私はまた、図書館全体をよく見た。すると、まだ奥に黒い霧が残っているのを発見した。


「ミゲル様。あの奥の扉はなんですか?」


 ミゲルは目をぱちくりとさせる。


「そ、それより、君は一体何をしたんだ? 体が光ったぞ。それに図書館が見違えるほど綺麗になった。空気も澄んでいる。まるで高原にいるみたいだ」

「……えっと、この図書館に闇の魔力が漂っていたんです。それを浄化しました。闇の力を見るのも、浄化するのも初めてだったんですけど、上手くいって良かったです」

「浄化……? ビアンカ、やはり君は……」

「でもまだです。あそこに一番黒い霧が残っています」


 そう言ってミゲルを引っ張っていく。

 扉の前に立つと、ミゲルの表情が硬くなった。


「ここは……書庫だ。先祖の魔力が強くて誰も入れない部屋だ」

「ミゲル様でも入れないのですか?」

「ああ」

「その先祖の魔力って、何ですか?」


 ミゲルは戸惑うような素振りをした。


「……実は、この図書館が亜空間に封じ込められたのは、たった五年前のことなんだ。先王の勅命でそうなった、と言うことになっている。しかし、誰が、どうやってこの亜空間を作ったのか、具体的なことが分からないんだ」


 え。そんな事ってあるの?


「五年前なのに? 記録とかも残っていないんですか?」

「ない。俺もいろいろと調べたが、何も残っていなかった。俺は五歳までこの図書館をよく使っていたが、当時は貴族以上なら誰でも入れる普通の図書館だったんだ。なのにある日突然、その図書館が消えた。城内では騒動になったが、後から、王の勅命で隠したと通達があった。外部への情報漏洩を防ぐため、ルベルペ家の先祖の魔力を使って、魔術研究所が図書館を隠したと公表したんだ」

「先祖の魔力で隠したって……どうやって?」

「だから、それが分からない。魔術研究所は国家機密だといって、それ以上のことは口を閉ざしている」


 私は頭がこんがらがった。


「でも、ミゲル様はこの図書館を守護してますよね? 隠したはずの図書館がここにあるって、どういうことですか?」


 ミゲルは口をへの字にしてから、なぜか気まずそうに口を開いた。


「……図書館が消えた当時、その事にえらく傷心した王族がいた。そのお方に図書館を見つけ出して欲しいと頼まれたんだ。――それで、図書館のあった場所まで調査に行って……」

「行って、それで?」

「その……、『出てこい』と言ったら……出て来たんだ」

 

 私は一瞬、ミゲルの言っていることが分からなかった。


「はい? ……図書館があった場所で出て来いって言っただけで、図書館が出てきたんですか?」

「そうだ。さっきの袋小路で」

「図書館出てこいって、言ったんですか?」

「ちがう。出てこいとしか言ってない」

「でも、出てこいって言ったんですよね?」

「そうだ」

「……」

「なんだ」

「よくそんな恥ずかしいこと言いましたね」


 ミゲルの頬が赤くなった。


「う、うるさい。当時は五歳だったんだ。そのくらい言ったっていいだろ」


 あらあら。恥ずかしがって。可愛いんだから。


「それで、どうなったんですか?」


 ミゲルは首を振った。


「別にどうもしない。なぜか俺だけが図書館を出せたから、そのまま守護者になった。隠した張本人の魔術研究所に仕組みを聞いたが、『先祖の魔力が意志となって、俺を守護者に選んだのだろう』と言っただけ。父上も同じ事を言って、図書館の管理権をあっさり俺に譲って今に至る」

「それ、なんだかこじつけっぽくないですか?」

「そうだな。俺もそう思う。それに俺を守護者と祭り上げる割には、この書庫だけは開けられなかった。父上もこの部屋には入るなと言うだけで何も教えてはくれない。だから俺は、書庫に、図書館が封じられた謎と真実が隠されているじゃないかと思った」

「たしかに、絶対怪しいですもんね」


 ミゲルは頷く。


「それで、異術を研究し始めたんだ。――異術は物質にも効果がある。扉を開けられないのはその力が作用しているからじゃないかと思ったんだ」

「だからミゲル様は異術が使えるのですね」

「ああ。異術に関する書物もここならたくさんあったし、幸い、時間もたくさんあったからな……」


 ミゲルの表情はどこか悲しさを纏っていた。

 私は胸が痛くなる。


「……五年前のミゲル様には、いろんなことがあったのですね」


 ミゲルは、はっとなって私を見た。


「それは、オルランド殿から聞いたのか?」

「あ、はい。剣聖様のお話を少し……」


 ミゲルは下を向いた。


「そうか。あの方の最期については聞いたか?」

「……その、処刑されたとだけ……」


 そうか、とミゲルは呟いて、気持ちを切り替えるように書庫を見据えた。


「ビアンカ頼む。この扉の霧とやらを――消してくれ」


 私は腕まくりをして肩をぐるぐると回した。


「お安いご用です。でも、これは間違いなく闇の力です。開けたら、魔族がいるかもしれませんよ?」

 ミゲルを横目で見て、わざと試す様に言った。するとミゲルは口角をくいっと上げて、不敵に言った。

「安心しろ。五年前の話だが、ミゲル・ルベルペという魔術師は王国一の魔術師だった。勘は鈍っても魔力は健在だ」

「本当ですか? とてもそんな風には見えないのですが」

「そうか? 君に見る目がないだけだろ」


 この期に及んで飄々とするミゲル。本当に大丈夫かしら? 私、ミゲルが魔術を使うところ見たことないんだけど……。


「じゃあ、いきますよ」


 私は扉の前に立ち、祈る。

 

 浄化のコツは掴んだ。魔族が来るなら、来い。

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