13.ミゲルの過去
「おや。精が出ますね」
穏やかな声が私とミゲルの試合を止める。
「あ、師匠!」
「久しぶりですね、ビアンカ。元気そうで何よりです」
助かった! 師匠が帰ってきた! これで勝負はお預けよ。というか無かったことにできないかしら。
私は師匠のもとに駆け寄った。
「師匠も相変わらず、筋肉隆々ですね」
「最高の褒め言葉ですね。さっそく稽古を付けましょうか。そちらの方は新しいお友達ですか?」
この場合お友達なのかしら。剣仲間? でも最近は歯が立たないし。まあなんでも良いか。
「はい! ミゲル様はとっても強いんです! 今日は師匠が来るのを楽しみにしてたんですよ。ね、ミゲル様」
「……」
ン? ミゲルったら黙りこくっちゃってどうしたのかしら。すごく驚いてる感じ。
そっか、きっと師匠の大きさにビックリしてるのね。
牧師様とは思えないガチムチ大男。日に焼けた顔に切り傷まであるんだから牧師と言うよりは騎士って感じだものね。そしてラモン様より年上ってところがすごいと思うの。
「ミゲル様? この方が私の剣の師匠で、お名前をオルランド様というの。言葉遣いは優しいけど、剣を持つと人が変わるから気をつけてね」
と、後半は小声で教えてあげた。
「オルランド……殿」
「ミゲル様? どうしたの? なんか顔色が悪いですけど」
「……帰る」
ミゲルは剣を捨てて、急に走り出した。
なんで。もしかして勝負を途中で止められてご機嫌斜めになってる?
「ちょっと待って下さいっ。勝負はまたあとでやりますから!」
私は慌てて引き留めた。でもミゲルは俯いて目も合わせてくれない。
「いや、勝負はいい。とにかく俺は帰るから、」
「もしや、ミゲル・ルベルペ様、……でしょうか?」
師匠の声にミゲルの動きが止まった。
あれ、二人って知り合いなの?
ミゲルは黙ったままなので、師匠が続けて話し出した。
「なんという幸運でしょうか。……今もこうやって、あなた様が剣を握ってくださっているとは思いませんでした。我が亡き父も、きっと喜んでいることでしょう」
「……違う」
「ミゲル様。及ばずながら、今後は是非、私に剣の指南をさせて頂けないでしょうか」
師匠は片膝を地面につけて右手を胸に置く。牧師であるはずの師匠が騎士の拝礼をしていることに、なにかとんでもないことが目の前で起こっていると思った。
師匠の懇願に、ミゲルは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「違うと言っているんだ! 俺が、……私があなたに剣を教わる資格なんてない。それはあなたが一番よく分かっているはずだ!」
「ミゲル様、決してそのようなことは――」
「オルランド・コルテス。あなたの父君を殺したのは私だ! そればかりか、あの方の名誉まで穢した。私が何もかも奪ってしまった。もう、たくさんなんだ!」
ミゲルは悲しみを堪えるような声で叫ぶと、全てを拒むように走り去ってしまった。