12.聖騎士VS聖女
朝食の後は果樹園の木陰でサウロと読み書きの勉強をする。
それが私、ビアンカ・アレイザの日課だった。
……一ヶ月前までは。
「ビアンカ・アレイザ! ここにいたのか!」
「げ。ミゲル様⁉」
「げ、とはなんだ。失礼なヤツだな。早く準備をしろ」
「剣の修行は午後からだって、いつも言ってるじゃないですか!」
「何を言ってる。朝一番にやることに意味があるんだ。読み書きこそ午後にやれ」
行くぞ、と腕を引っ張られて木陰から引きずり出される。
「そんなこと言って、いっつも夕方まで居座るくせに! サウロ~助けて~!」
「び……、ビアンカ、行ってらっしゃい。この続きは午後に一緒に読もうね」
心の優しいサウロはいつも笑顔で私を送り出す。
違うのよサウロ! 私はあなたとの時間を大事にしたいのに!
そんな想いは届くこともなく、今日も私はミゲルの剣の相手をさせられている。
一ヶ月前に初めて会ったとき、私はミゲルを図書館から出すために、彼のピアスを失敬した。
リング型の金のピアス。
あれはゲームの中にいたミゲルも付けていた。
十歳ですでに付けていると言うことは、それだけ大事な物だと察しが付いた。だから盗めば外に出る口実になるのではと思い至ったのだ。
それに、ゲームのミゲルはピアスを左耳にだけ付けていた。両耳じゃなかったのだ。なので右耳のピアスを盗ったわけで。
案の定、ミゲルは次の日に孤児院に来てくれた。しかし私はピアスを返却せず、剣の勝負を申し込んだ。
「私に勝てたら返してあげるわ!」なんて悪役を演じて、もちろん勝負も快勝。
「くそ。続きはまた明日だ。覚悟しておけよ!」
とミゲルが悔しそうに帰って行った時は嬉しかった。明日も外出してくれるんだとワクワクした。
しかしそれも何週間も続くと、さすがの私も辛くなっていった。
三週間目には、ついに勝負で負けたのでピアスを返した。なのにミゲルは「まだ持っていてくれ」と言って突っ返してきたのだ。
意味が分からない。
剣の修行なら付き合うから、せめてピアスは返したいと言っても聞く耳を持たず、「なくさないようにチェーンをやるから、ペンダントにしていろ」とか言い出す始末。しかも付けていないと怒られるので、仕方なく毎日付けるようにしている。
「今日は剣の指南役が来る日だろ。いつ頃お越しになるんだ?」
って無邪気な子供みたいに声を弾ませるミゲルがかわいい。
初見の「剣なんか握らない」って言ってたのは何だったの。
「そんな、すぐに稽古を付けていただけないと思いますよ。長旅の直後ですから」
「ああ……。それもそうか」
「だから明日にしませんか?」
「仕方ないな。今日も手合わせしてやる。ビアンカ」
「話聞いてます?」
結局、日が高くなるまでミゲルと剣を交えた。
「負けましたッ。もう全っ然勝てない~!」
「ビアンカは隙が多いんだ。次は片手で勝負してやろうか?」
ムキーッ。それでも勝てなそうだから尚悔しい。
「結構ですっ。本気でどうぞ!」
土が付いた練習用の剣を拾って、柄を握る。
「本気か……。その言葉、そのまま君に返したい」
構えをとったミゲルがボソリと言った。
「なんのことですか?」
「俺はまだ、本当の意味で君に勝てていないだろ」
「え」
「ちょうどいい。この手合わせで賭けをしよう。一本取った方が、相手にひとつ質問できる。負けた者はそれに嘘偽りなく答える」
「ぇ、え?」
「いくぞ!」
ちょっと! それって私が圧倒的に不利じゃない! そしてミゲルは私について何か気付いてるの⁉
私はミゲルの一撃を剣でいなして距離を取った。力では勝てないけれど、速さならまだ私の方が上だ。
しかし私の突きは見事に外れる。ミゲルの洞察力による先読みだ。
これでは勝てない。しかし負けるわけにはいかない。どうする。
心理戦に持ち込んで隙を作るしかない!
「ミゲル様! 女性の秘密を力尽くで暴こうとするなんて、お行儀が悪いですよ!」
「じゃあ良いことを教えてやる。俺は魔術研究には興味はないが、異術研究は好きなんだ」
異術って、ラモン様の人心掌握術みたいな、太古に失われたとされている力のこと?
「それが何か?」
と言いつつ、ミゲルの足下を狙って打ち込む。
「探究心が旺盛なんだ。知りたいことが出来ると、どんな手を使ってでも知りたくなる」
私の剣をミゲルのそれが受け止め、力が拮抗する。
「私は異術使えないですけど!」
「そこじゃない。君は本当に鈍いな」
「ひどい。毎日鍛錬してます」
「ん。脳筋なのは分かった」
「ヒドイ!」
ミゲルの剣を弾いて、また距離を取った。
自分で心理戦を持ち込んだはずなのに、私の精神がズタズタなのは何故なの。
そして何故、ミゲルはあんなに残念そうな顔をしているの。さらに傷つくじゃない。
「異術とは、人の心を原動力にした万能な力だ。人だけでなく物にも効果がある」
「もの?」
ミゲルが剣の構えを解いて、左耳のピアスに触れた。私が取ってしまったピアスの片割れだ。
「君がはずした俺のピアスには――、異術が施してあった。剣は二度と握らないという意志を込めたピアスで、行使した俺にすら外せない代物だった。一種の呪いだ」
……ほう。
「こちらのピアスには違う異術が込められている。まあ、それはいいとしてもだ。ただの人間に異術が解けると思うか?」
……お?
「それに微かだが、君には魔力とは違う何かを感じる。これだけの謎があれば俺の探究心がかき立てられるには充分すぎると思わないか」
……Oh.
「俺が勝ったら、洗いざらい話してもらう」
「あ、あの、ミゲルさま……」
私は思わず、後ずさりした。
「安心しろ。質問は簡単だ。はい、か、いいえで答えられるようにしてやる。脳筋の君でもそれぐらいならできるだろ?」
「さらっと傷つく上に強引すぎです!」
「うん。言いたいことは済んだか?」
ミゲルは今まで見たことのないほどの真剣な表情で剣を構えた。
こ、この構えは「霞の構え」⁉
二次元でしか見たことない格好いいポーズ上位に入る、剣の達人とかがやるヤツ!
ゲームのミゲルもこの構えやってた。
眼福過ぎる。
私、負けても良いかも。とかちょっと思った。