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11.大司教ラモンの憂鬱

 私はセレイユ王国・アレイザ大聖堂で大司教を務めているラモンという男だ。

 突然で申し訳ないが、私の頭の中は今、愛する人の事でいっぱいである。

 

 今日は国政臨時議会のため、朝早くから王宮内の議事堂に招集されている。

 しかし国庫の配分について堂々巡りの意見を交わし続ける議員達の声は、ほとんど私に届いておらず、孤児院に置いてきてしまった彼女のことが気がかりでたまらない、という状況だ。

 

 今日からは彼女の剣の指南役もいないから、尚更不安でたまらない。

 

 私の運命の人、ビアンカ・アレイザは、聖女の修行となると周りが見えなくなる。

 子供が遊びに熱中するかのごとく、自分を追い込んで修行をしてしまう。

 以前、そんなに慌てることはないと言ったのだが、


「大丈夫です! 私、レベル上げとか地味な作業が得意なんです! はじめてのダンジョンでレベル二桁までやり込まないと気が済まない質なので!」


 と、よく分からないことを言われたので、以後はそっとしておくことにした。

 しかし、今日は特別に嫌な予感がする。

 なぜだか分からないが、何か大きな事件に巻きこまれてはいないかと心が重くなった。


 ああ。早く帰りたい。なぜ議員達はこんなにも会議が好きなのだ。

 こんなことをしている暇があったら市民に押しつけている、国の整備事業のひとつでも参加したらどうだと言ってやりたい。


「失礼致します」

 

 そう声を掛けられたのは私ではなく、私の斜め後ろの玉座に鎮座していた陛下だった。

 よく見る側近の男だ。陛下に耳打ちをしている。

 

 陛下は側近に何か告げた後、息をつき、議長の男に手をヒラヒラとして見せた。

 人払いの合図。ここでは小休止の意味だ。

 これに逆らえる者など誰もいない。

 バラバラと議事堂を離れていく議員達。

 私はそれを見送った後に、陛下のいる玉座の傍らに立った。

 本来ならば許されぬ無礼だが、私と陛下は気心が知れている仲なので遠慮はしない。

 それに陛下は御年二十九歳で、まだまだ若い。私からしたら子供のような感覚だ。

 

 陛下は玉座に肘を突き、片足を立て膝にしてだらりと座っている。

 そんな気怠げな格好をしてはいるが、表情はさっぱり分からない。

 黒くうねった前髪で瞳が見えないのが原因だ。


「どうされました、陛下」


「なに、大したことではない。ただの侵入者だ。国家の重鎮たちを議事堂内に一塊にしておくのは危険だからな。一応、小休止を挟んだ」


 私はぎょっとした。


「それは良いご判断ですが……。事実を公表し、一刻も早く解散した方が宜しいのでは」


 陛下がチラリと私を見る。


「そなたは相変わらずお人好しだな。――不審者の侵入を許すような脆弱な城だと公表して何になる? 貴族のメシのタネが増えるだけだろ」

「しかし、貴族達に危害が及んだらどうするのです。それこそ陛下のお立場が危うくなるではありませんか」


 しかし陛下は鼻で笑った。


「今更だろ。俺の立ち位置など始めから崖っぷちだ。それに俺は無能な王だからな。俺の目の届かない場所で貴族に何があろうが、どうすることも出来ないさ」

「陛下……」

「立場は違えど、国を預かる者同士だ。自分の身は自分で守れるくらいに強くありたいものだな。――そうは思わないか、ラモン?」

 

 まったく皮肉が過ぎる。陛下は「いっそ侵入者を利用して、邪魔な貴族が少しでも消えてくれたら楽。しかし近くにいられると助けなくてはならないから、目の届かない所で死んでくれ」とでも言いたいのだろう。

 聖職者である私に気を遣って、あえてそう言わないだけ。

 でもそれは、結局のところ言い方だけの問題だ。


 どんな理由があろうとも、どんな人間であろうとも、人が傷つくという選択肢は容認できない。


 私は毅然として言った。


「陛下。仰ることはごもっともですが、承服しかねます」


 私の心情を感じ取ったのか、陛下は無雑作に頭を掻くと、調子を変えて言った。


「わかったわかった、冗談だ。……まあ心配するな。目撃した兵士によれば、侵入者は子供らしいからな」

「子供、ですか」

「ああ。……とはいえ、ルベルペ家の天才次男坊の例もある。油断は禁物だ」


 ルベルペ家の次男坊とは、王立図書館を管理できる唯一の存在、ミゲル・ルベルペのことだ。


 生まれて間もなく魔術の才を開花させ、昨年の宮廷魔術師認定試験で優秀な成績を収めたのだったか。いや、主席も間違いないと言われていたが、途中棄権をして結果は出なかったとも聞いたような。

 まあ貴族の息子の事など、さほど興味もないが。


 それに天才というなら、ビアンカだって負けていない。彼女は三歳で聖女として覚醒し、今では殆どの力をコントロールできる。難があるのは天翼くらいだ。

 最も優れていることと言えば、魔王という強大な存在にも臆せず立ち向かおうとしているその気概だろう。七歳児とは思えない素晴らしい胆力の持ち主だ。

 

 ……。ん。


「陛下。お尋ねしたいのですが」

「なんだ」

「侵入者の外見は?」

「どこにでもいる平民の格好をしていたそうだ」

「性別は」

「プラチナピンクの長い髪で、羊毛のワンピースだと報告を受けたから、一応女とみるべきだろうな」

「発見された時の状況は」

「翡翠の庭園だ。ネコの叫び声のような音が聞こえたと思ったら、何かが降ってきたように見えたと兵士が言っていたらしい。ふざけた証言だが、そなた、どう思う?」 

「……」

「どうした」

「その侵入者の捜索を辞めて頂くことは可能ですか」

「はあ?」

「その子は今日、私の供として連れてきた子供でして」

「ぉぃ。ちょっとまて」

「おそらく道に迷ってしまったのではないかと」

「……ぉぃ」

「ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」

「……」

「如何様な処分も厭いません。しかし、その少女に罪はございません。……どうか」


 陛下は黙ったまま、暫く前髪を弄んだ。

 やがて深い深い溜息を吐いて、両手の指先を付け合わせる。


「いいだろう。その狂言を鵜呑みにしてやる」

「感謝致します、陛下」


 私は胸をなで下ろした。しかし、この国王相手に、これで終わるわけがなかった。


「ただし。傀儡になってやるのはこの件だけだ。議会が終わった後、私の質問に正直に答えるなら今回の裏切りは不問にしてやる」


 凜とした口調に混ざる威圧。一瞬だけ見えた彼の金の眼光に抗う術は、ない。


「……仰せのままに」


 一礼し、私は陛下の元を離れた。

 やはり「黒陰の王」の名は伊達ではないなと背筋が凍った。


 国王レグロ・キケ・セレイユは、稀代の王だ。


 黒陰の王とはもともと、貴族達の陰口として使われた呼び名だった。

 暗闇のような艶のない黒髪と、日没後でないと外に出たがらない性格が由来だ。

 そしてレグロは、幼少時から得体の知れない言動を繰り返す男だった。

 王宮脱走など日常茶飯事で、貴族の夜会への乱入や、王立図書館の立てこもり。聖域である飛翔岳への無断侵入や、アレイザ大聖堂への殴り込み事件、などなど。その奇行は数えだしたらキリがない。


 だから先王が崩御された際、貴族達は、それはそれは泣いて……喜んだ。


 そして、一致団結して新国王としてレグロを推したのだ。

 レグロに政が出来るわけがない。彼が王になれば、先王以上に国政を掌握できる。

 そう思ったに違いない。

 しかしそれは間違いであった。


 真実のレグロは、奇行の裏で己の爪を隠し研いでいた。


「王宮脱走」は市井を知るため。

「夜会乱入」は情報収集と人材発掘、そして己が痴れ者であると貴族に誤認させるため。

「王立図書館に立てこもった」のは、知識を得るため。

「飛翔岳を冒険」したのは武を極めるため。

「アレイザ大聖堂に殴り込んだ事件」については、私も一枚噛んでいるので皆まで言うまい。


 こうして、即位した後も続いた奇行は徐々に頭角を現す結果となり、即位して三年で、悪政の権化であった宰相を更迭。議会を一首両院制とし、聖職者である私を議会の一代表に任命した。


 まあとにかく。彼は「黒陰の王」の名にふさわしい程に腹黒いと、私は思っている。


 私は席に着き、背もたれに身を預けて空を見た。

 また彼女のことで頭がいっぱいになる。


 はあ、隠し通せたのは四年だけだったか。

 できることなら、もう少し大きくなってから世間に出してやりたかった。


---



 陛下に絞られたあと、私は、ルベルペ公爵に王立図書館の解錠を求めた。

 ビアンカの神聖力が絶えず移動しているのが感じ取れたので、亜空間にいるのは間違いなかった。

 偏屈なルベルペ公爵との会話は骨が折れたが、陛下の勅命もあったため、なんとか説き伏せることができた。

 

 公爵を連れて議事堂を出る。すると、微かな風と共に目の前に扉が出現した。

 間違いない。王立図書館への扉だ。

 あっさりと扉が開くと、ビアンカが視界に飛び込んできた。

 私は一目散に駆け寄った。

 ああ良かった。一時はどうなることかと思ったがこれで一安心だ。

 

 隣で、公爵が誰かと話しているようだったが私には関係ない。というか、公爵に頼む必要なかったのでは?

 少し損した気分だ。

 

 さっさと帰ろうとしたら、ビアンカが腕から離れてしまった。それだけならまだしも、図書館に入っていく金髪の少年の腕を取って話し込んでいる。

 あの少年は誰だ。いつからここにいる。まさか、この子が公爵の息子なのか。

 

 利発そうな面立ちだ。父親とは髪の色くらいしか似ていない。

 いや。そんなことよりも、ビアンカに引き留められて仄かに耳が赤くなっているではないか。

 なんてことだ。また、ライバルが増えてしまった……。

 

 残念だが仕方ない。ビアンカの魅力は隠し通せるものではないのだ。

 サウロもこの少年も強敵だが、彼女を愛すると決めたのは私が一番早いはず。

 そこだけはきっと、誰にも負けない。


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