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10.聖女、走って逃げる。

 ミゲルはあまり、魔術研究所の話には関心を示さなかった。

 しかし図書館について問うと、水を得た魚のように生き生きと話してくれた。


 この図書館は王族と一部の貴族しか入室できない特別な図書館らしく、普段は亜空間に封じ込められていて、常にお城の中を移動しているらしい。


 出入りが非常に困難なこの図書館を、ミゲルは毎日的確に見つけ出し守護をしている。


「どうして見つけ出せるのですか?」と聞いたら、「それは国家機密だ」と言われた。

「それにしても。俺が守護役に就いてから図書館に勝手に入って来れたのはお前が初めてだ。父上ですらできないのに、お前はどうやって見つけ出せた」


 う。また不審者を見るように睨まれている。


「わ、わかりません。お城をウロウロとしていたら、壁だったところが急に扉になったんです。ちょっと開いていたので好奇心で入ってしまいました。タイミングが良かったのではないですか? その、いろいろ」

「……」


 わ~ん。そんなに目を細めないで~。


「嘘じゃないですよ! 信じて下さいっ」

「――の意志かもしれないな」

「はい?」

「なんでもない。それより、今度はお前の話を聞きたい」

「私ですか? 別にお話しするようなことはありませんけど……」


 さっき自己紹介したし。


「その……なんだ、」

「はい?」


 ミゲルが俯く。どうしたのかしら。


「け、剣を習っていると言ったが……。どこの門下だ?」


 おおっ。ミゲルが剣に興味を示している。嬉しい!


「私が習っているのは牧師様なんです。とてもお強くて、優しい方ですよ」

「ぼ、牧師が剣を? 何かの間違いではないのか?」

「いえ。牧師様の住んでいるヘルナシア市は魔族がたびたび現れるから、剣術は身を守るための必要最低限の嗜みだ、と言ってましたよ?」


 ミゲルが目を丸くする。


「確かにヘルナシアは魔族との戦地に一番近い都市だが……。しかし牧師まで剣を使えるなんてことがあるのか」


 まだ信じられないといった感じのミゲルを見て、私は首を斜めにした。


「そんなに珍しいですか?」

「当然だ。聖職者とは、人々に道を教え説く者だ。武器なんて無縁のもののはずだ」

「そうなんですか」

「それが普通だろ」

 

 私は、はあ、と気のない返事をした。

 私の前世では、戦うお坊さんって歴史上とか二次元で普通にいたから、なんの疑問もなかったな……。それに、


「ラモン様も、とてもお強いですよ?」

「大司教様が?」

「はい。ラモン様には体術を教えて頂いているんです。――私たちはいつ、どんな時に魔族に襲われてしまうか分かりません。危機への備えとして、自分のできることを増やしておけと孤児院で教わっています。自分が強ければ他の人を助けることが出来ますし、聖騎士様や魔術師様の足手まといにならなくて済みますから」

「それは大司教様のお言葉か?」

「半分そうで、半分は今考えました」

「なんだそれは」


 ぷ、と吹き出して肩を揺らすミゲル。


「むう。結構良いこと言ったのに、私」

「自分で言うな」


 と、さらに笑った。

 あれ、馬鹿にされたと思ったけど、さっきより嫌味っぽくないかも。


「お前……、いや、名前はビアンカと言ったか。君の話はとても興味深いな。まるで違う世界の話のようだ」


 ぎく。当たらずとも遠からず。


「そんなわけないです。日常の話ですよ」

「日常か。もっと君の日常を教えてくれ。俺は五歳からこの図書館を守護しているから、外の世界がよく分からない」

「それは働き過ぎですね。図書館は亜空間で護られているのですから、少しは外の空気を吸った方がいいと思います」

「面白いことを言うな」

「面白くないです。真剣な話です」

「真剣、か」

「ぁ、……あの、ミゲル様は何故、剣を辞めてしまったんですか?」

「それは……。いや、俺の話はいい。それより他に習っていることはあるのか?」


 やっぱり、そう簡単には話してくれないよね。


「えっと、最近は読み書きと、……」


 なんて話していたら、あっという間に議会が終わる時間になったので、ミゲルが図書館の扉を開けてくれた。

 さて、どうやって逃げようかと考えていたら、扉の向こうに、二人の男性が立っていた。


「ビアンカ! やはりここでしたか。心配したのですよ」

「ラモン大司教様……⁉」


 まるで生き別れた親子が再会したかのように、ぎゅっと抱き締められて流れるようにだっこされる。

 ああラモン様、恥ずかしいのですが。


「まさか本当にいたとはな」


 ラモン様の横で仁王立ちしていた男性が、私を鋭い眼光で射貫いてくる。

 この人、すごく顔色が悪そうなのに威圧感が半端ない。今にも噛みつかれそう。お腹をすかせたゾンビみたい。


「ビアンカ。この方は公爵のルベルペ様です。議会では『守護貴族』に属し、その代表を務めています」


 ご挨拶なさい、とラモン様が言うので、仕方なく頭を下げた。


「はじめまして。私は――」


 公爵様がスッと手をあげる。


「挨拶は結構。――それよりミゲル。なぜこんな子供を中に入れた」


 ミゲルが俯く。


「……申し訳ございません父上。しかし入れたのではなく、扉が勝手に開いたのです」

「話にならんな。もう少しマシな弁解を聞けると思ったのだが」

「しかし事実なのです。ビアンカの入室は予期せぬ事態でした。私の力でないとすると、この図書館を亜空間に留めている先祖の魔力が、図書館の意志となって彼女を招いたとしか思えません」

「先祖の魔力だと。何のことだ」


 公爵様が眉を顰めると、ミゲルはそれ以上に眉根を寄せた。


「何のこと……。図書館の守護を父上より継承する際に、父上が話して下さったことではないですか」

「そう、だったか……」

「まさか、違うのですか」


 ミゲルが、図書館から外に一歩踏み出す。

 公爵様は一歩退いて、険しい顔になった。


「む、昔のことなど忘れた。それよりも、お前はまだ務めの最中だ。そこから出るな」

 ルベルペ公爵はくるりと旋回し、逃げるように去って行く。

「……」


 ミゲルは唇をきつく結んで、まっすぐに公爵様の背中を見ている。

 私はラモン様の腕から降りて、ミゲルのもとに駆け寄った。


「あの、ミゲル様。この度は助けて頂き誠にありがとうございました」

「いや。俺も久々に年の近い人間と話せて有意義だった。むしろ、長く引き留めて悪かったな。大司教様にも、いらぬ心労をかけてしまった」

「それは勝手に徘徊していた私が悪いのです。どうかお気になさらないで下さい」

「ありがとう。では、俺は守護に戻る。もう会うことはないだろうが、元気で」

「ぇ……」


 そんな、冗談じゃない。

 このまま行かせてしまったら、ミゲルの一生は、図書館の守護という名の引き籠もりで終わる気がする。

 私はミゲルの腕を取った。


「待って下さい!」

「な、なんだ?」


 ミゲルが困惑しながら私を見る。

 その振り向きざまに光る、彼のピアスが妙に気になった。


「ぁ、えっと、ピアスが……、そう! ピアスが取れそうです! 動かないで下さい!」

「え? ぅわっ」


 私はミゲルの耳朶を引っ張って、ピアスを付け直す。

――と見せかけて、ピアスをはずして猛ダッシュした。


「おほほほ! 引っかかっりましたね! ピアスを返して欲しければ、明日アレイザ孤児院までお越し下さいお願いします! 待ってます! 天に誓って、悪いようには致しませんから!」

「――んな、おい、ちょっと待て! お前、なぜ……!」

「ラモン様! 逃げましょう!」

「ビアンカ、どうしたのですか」

「とにかく走って下さい!」


 私はラモン様の手を取って、脇目もふらずに逃げ出した。




【セレイユ王国の政治形態】

 一首両院制。


 頂点に『国王』が座し、その下に、大司教ラモンが代表を務める『聖職貴族院』と、聖職者以外の貴族が属する『守護貴族院』がある。


 守護貴族の代表はルベルペ家が務め、現在はミゲルの父であるルベルペ公爵がその座に就いている。


 この政治形態では市民の意見を汲み上げることができないため、聖女は国王や大司教ラモン、第一王子、ミゲルの好感度を上げ、政治改革を行う必要がある。


――「堕ちる聖女」公式ファンブック・王道ルート攻略について。より。



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