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1.エンドロールとプロローグ

 真っ白だ。

 まっさらな紙の上に立っているみたい。なぜ私は、こんな空間にいるのだろう。

 

 ああそうだ。聖女になった私は故郷の王国を守るために自分の命を天に捧げ、その対価として、今しがた魔王を倒したのだった。

 

 孤児として教会に拾われ、貧しい暮らしの中で育ち、何の取り柄もなくただ生きてきた私が、聖女という大役を全うできたのだ。それが何より誇らしい。

 

 聖女になったのは十六歳の誕生日のときだった。それから半年間、辛い修行を乗り越え、人々に希望を唱え、がむしゃらに生きた。これまでの人生で希望を抱いたことも、願いを口にすることもなかった私が、王族貴族民衆のすべてに希望を与え、その願いを背負って魔王と対峙しただなんて、今でも信じられない。

 非力だった私の肩にのし掛かっていた重圧も、両手で抱え切れるはずもない程の期待も、今の私にはない。


――身軽だな。


 自然と頬が緩む。

 ふと自分の両手を見ると、指先がうっすらと透けていた。これは、私という存在が消えかけているのだろうか。

 

 不思議と恐怖心はなかった。それよりも、使命から解き放たれたという事実に喜びが溢れる。

 

 私はあらためて白い世界を見据えた。

 ここは差し詰め、生と死の境界世界と言ったところだろうか。暖かくも寒くもない。

 死んでいるのだから、感覚も死んでいるのかもしれない。

 けれどまだ、記憶と感情は残っている。

 魔王を倒せた達成感。王国を救えた充実感。人々の役に立てた安堵感。

 まさに一生分を生きた、長くて短い半年だったなあと思いながら、重くなる瞼を閉じた。


「でも。もし生まれ変われたら、普通の女の子として人生を全うしたいな……。恋をして、結婚をして、子どもはふたり。素敵な旦那さんと暮らすの。それから――犬を飼いたいわ……。ねえ、アッシュ――」


 ぽつりぽつりと落ちた願いは、声に出せていただろうか。

 もう、唇の感覚も、耳の感覚もない。

 身体が消えていく。意識も願いも、白く溶けてく――。



---


 

 真っ暗だ。

 気が付くと、墨汁でもぶちまけたかのような闇の中で爆睡していた。

 

 私は飯島良子、二十七歳。独身で会社員。1Kの賃貸アパートの床で、大の字になって涎を垂らしている。


「やばッ、寝落ちてた!」


 つけっぱなしだったテレビの明りを頼りにして、部屋の電気をつける。その明るさにやられて目が眩んだが、瞼を擦ってなんとかやり過ごし、まだおぼつかない足下を叱咤してテレビの前になんとか正座する。

 三つ指をついて、私は慎ましく頭を垂れた。


「ごちそうさまでした」


 画面にはTHANK YOU FOR PLAYING! という文字。この冬、私を沼に嵌めた乙女ゲーム「堕ちる聖女」のエンディング画面だ。

 いい歳こいて結婚もせずにゲームかよと思われるかもしれないが、そんなことは気にしない。生まれてこの方、私はオタク街道まっしぐら。胸きゅん燃え萌えどんとこいなのだ。

 残業続きのブラック企業に勤めながらもコツコツと進めた、久々に嵌ったゲーム。

 乙女ゲームなのに、ファンタジー要素がしっかりと作り込まれており、男のオタクにも定評がある「堕ちるシリーズ」。

 

 その最新作が、この「堕ちる聖女」だ。

 

 私は食べかけの湿気ったポテトチップスを摘まんで口に放り込んだ。モソモソとする食感を味わいながら、クリアしたルートのことに思いを馳せる。


「あ~~。王道ルートが誰とも結ばれないでデッドエンドとか、えげつなかったなあ……」


 私はしみじみと息を吐いた。

 誰とも結ばれないのが王道ルートの乙女ゲームって、もはや乙女ゲームと言えるのだろうかと、はじめた当初はちょっと首を捻りながらプレイしていた。

 だがゲームをやり込むうちに、そこがまたイイと思うようになった。

 

 だってさ、聖女が男にうつつを抜かして、どうするよ。

 

 もし、世界がひとりの聖女にしか救えないとして、それが自分だったとしたら、私は迷わず世界を救うだろう。このゲームの聖女がしたように。

 だいたい、ひとりの男と結ばれたせいで世界が滅んだら目覚めが悪いし、なにより世界がなければ恋愛もなにもないではないか。


「ま。未だにこのシナリオが賛否両論で炎上してるけど」


 やはりそこはゲームの世界。現実ではあり得ないようなことを体験したくてゲームをする人だっている。というか、そういう人がほとんどだろう。

 だからこの脚本には賛否両論が極端に多い。というか、否が多い。「せめて、将来を約束をする相手を選ぶ余地くらいあってもいいだろうにっ!」という突っ込みが後を絶たない。

 発売から三ヶ月経過している今でも、この論争はネット上で続いている。


 まあたしかに、一理あると思う。

 例えば、主人公の聖女がひとりの男性を選び、世界を救ったら結婚しようと約束をしてから魔王を倒しに行く。というストーリー構成だって充分素敵だ。

 魔王と差し違えて死んでしまったとしても、一人の男性を選んだ事実があるのとないのとでは、乙女ゲーをしているプレイヤーの達成感が全然違うだろうし。

 私も高校生くらいの多感な時期にこのゲームをしていたら、きっと炎上に加わっていたに違いない。

 しかし。社会の荒波に揉まれて早数年。未だに恋愛経験ゼロ&興味ゼロの私には、意を汲めども、決して共感はしない! アラサーというカテゴリーに片足を突っ込んでいる私には、もはや純愛はいらないのだ。

 もっと言えば、聖女が禁断の恋に堕ちるとか、その程度の禁忌どうと言うことはない。(なんて言ったら怒られるけど)

 

 私が求める刺激。

 私を興奮させる要素は、今も昔も変わらない。

 それは美男子と美男子の友情。そこから生まれる甘くて危険な恋!!!

 そう……BLだ!

 あい らぶ ぼーいずらぶ!

 BLこそ正義! 腐海こそ我が故郷‼ もう男同士しか勝たん!!!

 妄想するだけでワクワクが止まらない。

 

 もはや言うまでも無いが、私は腐女子である。

 男同士のイチャイチャが見たい。欲望に忠実な女なのだ。

 このゲームももちろん、主人公の攻略対象となる七人の男性のなかから、勝手にカップリングを妄想し、最終的に推しを決め、その推しの旦那、もしくは嫁を選定して妄想に耽る。それがしたくてはじめたゲームなのだ。


 だったらBLゲームしろよ。と言われるかもしれないが、そういうニワカさんに一言いいたい。

 BLゲームをやるのと、乙女ゲーで妄想するのは全然違う!

 乙女ゲームの世界観を楽しみつつ、妄想でカップリングすると二倍楽しめるのだ。無茶苦茶お得ではないか! この気持ち、分かってくれるだろうか。いや分かってくれなくてもいい。ようは私が満足すればそれでいいのよ。妄想なら誰にも迷惑かけないんだから。

 

 そして「堕ちるシリーズ」の醍醐味はそれだけじゃない。

 

 攻略対象の男性を選択せずにすすめると、RPGの要素が強くなって、ゲームとして普通に嵌るのだ。

 だから私は、途中からゲームオタクの魂もくすぐられてしまい、気が付けば魔王討伐に夢中になってしまっていた。そんなわけで、結局一周目では推しキャラを決めるだけで終わってしまったのだ。

 このシリーズって、本筋である「キャラ攻略」を見失うこともザラにあるのよね。いや、要素を盛り込みすぎて制作会社が趣旨迷子になっているだけかも知れないけど……。

 でも私は、そこが妙に気に入っている。

 

 ゲームは一周が全てじゃない。

 

 二周目でキャラ攻略に重きを置けば、必然とRPG要素は削がれ、乙女なイベントが増えるんだから。


「次は攻略ルートね。今度は推しとのハッピーエンドやろっと。ふふふふふ」


 早速コントローラーの○ボタンを押してオープニング画面に戻る。しばらくすると荘厳な音楽とともにオープニングムービーが流れはじめた。


 あ~。このオープニングムービーが良いのよね。はじめる前に必ず観る。それが私の流儀というか、もう儀式みたいになっている。

 聖女が天に祈る中、攻略対象である男性たちが現れ、名前が表示されていく。

 男性キャラは全部で七人。

 国王、第一王子、第二王子、聖騎士、神父、大司教、そして――。


「――あッ!」


 私ははっとなり、スマホを手に取った。通話アプリをひらいて友人にコールする。

 三コールもしないうちに友人は出てくれた。


「はぁい……良子? どうしたのこんな時間に」

 

 あくびを噛みしめ、ちょっと迷惑そうな声がする。しかし私は気にすることなく、オタク友達である沙代にまくし立てた。


「沙代! 大変だよ! 今ね、堕ちる聖女の王道ルートをクリアしたんだけどっ」

「ああやっと? お疲れ~。明日も仕事でしょ? 早く寝なよ」

「それどころじゃないんだって!」

「はあ、なに?」

「推しの旦那が不在なのよおおお‼」


 そうなのだ。

 よく考えてみたら、私の推しているショタ男子キャラに見合う、旦那がいなかった! 推し不在ならぬ、推しカプ不在! ゲームのクオリティに沼りすぎて、こんな大事なことに気付かなかった。

 腐女子歴十五年、飯島良子。一生の不覚だっ。


「良子……。あんたの腐女子魂が健在なのは喜ばしいけど、年末の夜中に叫ぶことじゃないわよ」

「なによっ。沙代は推しカプいるからそうやって心穏やかでいられるんでしょうけど、私の心にはぽっかり大穴が開いているのよっ。六人も男がいるのに、どうして私の推しに旦那がいないの⁉」


 我を忘れて喋りまくる私に、沙代は乾いた笑いを返した。


「はいはい。でもネットみると、あのショタ君には神父様のカップリングが王道っぽいよ?」

「えええッ。却下! 神父様には大司教様でしょ! ……大司教様のダンディさには、華奢な神父様が受けとしてピッタリだもの」

「聖騎士様は?」

「確かにあのイケメンは総攻め感あるけど、無理無理。幼なじみの第一王子って王道カプには勝てないわ。てか、沙代の推しカプじゃん」

「まあそうだけどね。じゃあ王子もダメ?」

「もちろんよ!」

「国王と、第二王子は?」

「全然ピンとこないんだよね~」

「じゃあ、魔王は?」

 

 じゃあってなんだ。明らかに適当だな。


「いやいや。攻略対象じゃないし。さすがにあんな大きな影の塊じゃあ、キュンキュンできないでしょ」

「ぷっ。確かに」

 

 そんな腐女子トークが白熱して、あっという間に夜中の一時になってしまった。

 名残惜しいが、今日はここまでだ。


「さすがに寝ないと。明日で仕事納めだし」


 私のあくび声を聞いた沙代が苦笑する。


「ただの事務職で仕事納めが十二月三十日って、エグいね」

「ホントよ。でもさ、沙代みたいなパート主婦様は、年中無休でしょ。ふらふらしてる私よりよっぽどエライよ」

「はは、ありがと」

「そして独り身&一人暮らしの不真面目な私は、ゲーム三昧、BL三昧よ!」

「お。隠しルートと裏ルート攻略、頑張ってね」

「え?」

 

 友人の言葉にきょとんとする。それを察した沙代が驚いたふうに言った。


「まさか知らないの? 攻略対象全クリアで隠しルート解放。全バッドエンド回収で裏ルート解放。登場するキャラが増えて、再来年発売の新作に繋がるって噂だよ?」


 んな、なんですってええええええ。


「新作って、堕ちる聖女の⁉ 違う堕ちるシリーズじゃなくて⁈」

「まあ落ち着きなさいって。まだ噂だし。あとで自分で調べてみなよ」


 じゃあね、とあっけなく通話を切られてしまった。

 え、なになになんなの。

 聖女は死んで王国を救ったんじゃないの? なんで続編がでるの⁈ しかもキャラが増えるって何っ。攻略対象ってこと? わかんない。気になる! 

 知りたい。見たい。体験したい!

 もしかしたら隠しキャラがいて、私の推しカプができるかもしれない‼

 そうと決まったら、年末年始はゲーム一筋だ。

 絶対に全ルート解放してやるううう。


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