道(イン・ザ・ロード)
ワイシャツはもうびしゃびしゃだ。どこか涼しいところで汗を引かせて新しいものに着替えなくては。でも、そんな場所はこの先見当たらない。そうとわかっていたなら駅近のカフェあたりで休んでおくのだった。面接会場がこんなにも遠いとは思わなかった。就活の出だしが遅いからこんなことになる。もっと早くから取り組んでおくべきだったのだ。マップを見ても、ここら周辺にデパートもコンビニも立ち寄れそうなところはどこにもない。
頭がボーッとしてきた。日傘でも差した方が良いのだろうが、日傘はない。太陽の日差しが直に突き刺さる。いつもペットボトルだから水筒もない、自販機もないから水も飲めない。道もわからない、スマホの充電もない、後がない、チャンスはないし希望もない。足がどんどん重くなってくる。面接会場はいつまで経っても遠く彼方にある。もう時間がない。
「もうダメだ。もう耐えられない」
気を失ってからどれくらい経っただろうか。体は思うように動かない。熱中症だろうか、どういう状況だろうか。意識ははっきりしているが、身体はどうだ?やけに重い。尋常じゃない重さのように感じる。到底一人では持ち上げることのできないような、途方もない尋常ではない重さ。この暑さの中、アスファルトの熱も手伝って完全に溶けきってしまったのかもしれない。そんな気がした。それは嘘ではなかった。身体は溶け、アスファルトの道に同化していた。意識だけが残った。
とりあえず時間は過ぎていった。何度か身体(といってもそれはアスファルトの道なのだが)を動かそうと試みてみたが無駄だった。少なくともいつものような感覚はなかった。確認しようにも今自分がどうなっているのかよくわからない。推測するだけだ。しかし、たとえ体を動かせるようになったところでどうしようというのだろうか。道である僕がやたらめったら動き回ってもいいものだろうか。それは道の本来の働きではないように思う。
人の気配を感じる。三本足の人間らしい。三本目の足がくすぐったくて思わず身をよじってしまう。
「こらっ!仕事をしやがれ!」
おじさんは杖で道を叩き、僕のことを叱った。痛みはあっただろうか、よくわからない。とりあえず僕は仕事を怠ってしまったらしい。道の仕事は動かないことだ。それが仕事だ。当たり前に、人が足を踏み出したところには道が道としてそこになければならない。それはそうと、どうやら僕は仕事にありつけたらしい。道の仕事だ。人間の体を失ったのは少し寂しいが、仕事は仕事だ。
僕は道だ。仕事も手に入れた。お客様に提供できるのは、動かないという上質なサービス。
僕は道だ。道が続くところまでどこまでも行ける。でもそこまでだ。道なき場所には行けない。道を切り開くことができるのは、人間だけだから。