来客
あれから数日。俺達はいつものように訓練をしていた。
まあシルフィがこれを訓練だと思ってはいないだろうが。
「今日も気持ちよかった! 今からなにする?」
「ゼエ…ゼエ…」
息も絶え絶えの俺にそう聞いてくるシルフィ。
やっぱり数日では大した効果は見込めないのも仕方ないか。
何もしないよりは遥かにマシではあるが…タイムループするより前のような魔力を取り戻すにはかなり時間がかかりそうだ。
「す、好きにしてくれ…」
「じゃあ今日はかくれんぼをしよう! 私が鬼ね! じゃあ10秒数えるよ!」
「ちょ、俺疲れて…」
「いちにさんしごろくな――」
「早っ!?」
ありえない早さでカウントし始めたシルフィから疲れ切った体で逃げ始める。
とりあえず全速力で走ってそこら辺の茂みに飛び込む。
「痛っ…」
しかし、どうやら茂みの中には先客が居たようだ。
勢い付けて飛び込んでしまったので先客を押し倒すような形になってしまう。
「ご、ごめん」
「い、いや、全然大丈夫です…」
しかし聞きなれない声である。村にこんな声した奴は居なかった筈なんだが…。
茂みの中では先客の姿がよく見えない。
「おーい? ジンくーん? もう見つけてるから出ておいでー! そこにいるでしょ! …あ、あれぇ…」
少し遠くからシルフィの声。
かくれんぼの時の見つけた宣言は十中八九ブラフである。
「今の声は…?」
「しーっ、静かに」
先客は俺を探す声に反応したが、それを押しとどめる。
「…もしかして貴方も隠れてるんですか…?」
「貴方もって…お前もか?」
茂みの中でヒソヒソと会話をする。
声の感じからして先客は女の子のようだ。
「私も少し抜け出してきて…」
どうやら彼女もかくれんぼの途中のようだ。ただの遊びではなさそうではあるが。
しっかしこの声…どこかで聞いたことがあるような気がしてならない。
誰かに似ているんだが…誰だっただろうか。
「アリア? どこに居るんだい?」
今度は大人の声でアリア、と呼ぶ声が聞こえる。
アリア…アリア? 今、アリアと言ったのか?
聖魔法の使い手にして聖女、勇者パーティーにも居たあの…?
「お前…アリアって言うの――」
「静かにしてくださいっ」
俺が動揺で声を上げた所で先客の手が俺の口を塞ぐ。
その動作により、茂みにより見えなかった彼女の姿が少し露わになった。
黄金の髪色に金色の目。幼いが、間違いなくそこに居たのはアリアであった。
なぜアリアがここに?
タイムループ前はアリアがここに来るなんてことはなかった筈だ。
もう既に俺が歴史とは違う行動をしている事で未来が変わってきているのか…?
二人で数十分程息を潜め、お互い自分を探す相手がどこかへ行ったことを確認すると安堵の溜息を漏らすと共に茂みの外へと出た。
しっかりと彼女を見てみると、やはりアリアと瓜二つ。あの聖女で間違いない。
「なんとか見つからずに済みました…」
「そうだな…ところで、お前は何で隠れてたんだ?」
「お前、じゃありません! 私にはアリアと言う名前があります!」
ぷくっと頬を膨らませ、子供のような可愛らしい表情を見せるアリア。
慈愛に溢れた笑みを見ることは多かったが、こんな風に不満を顔で表す所を見たのは初めてだ。
「す、すまんアリア。俺はジン、よろしくな」
「ええ。よろしくお願いします。それで隠れていた訳ですが…叔父様と村長さんのお話が長くて抜け出してきただけです。だってつまらないんですよ! 退屈で仕方がありません!」
「そ、そうなのか」
それにしても以外である。
彼女の叔父様と言えば、教会の大司教であろう。
となるとさっきアリアを探していたのが大司教か。
大司教と俺の祖父との会話か…まあ退屈ではあると思うが。
自分の使命に燃えていた聖女様がそんな身勝手な理由で抜け出してくるとは。
前であれば考えられないな。
「にしても…久しぶりの自由です! なんてったってジンさんは知らないと思いますが私はエリシア教会の聖女候補なんですよ! 凄いでしょう? まあその分修行も沢山あったんです…」
エリシア教会。この村を含めた巨大な帝国、アルヴァル王国だけにとどまらず、大陸全てで信仰される巨大な教会だ。
てかアリアってこんな自信満々に自分が聖女って豪語する奴だっけ? 俺もだけどまだ子供だからかな。
「まだまだ修行は終わってませんが、少し叔父様や付き添いの者達と見聞を広めにこうして…なんですかその目は。…そうですよ! 私の我儘で旅行に行っただけですよ!」
俺のジト目に耐えかねてか、普通の旅行だと漏らしてしまったアリア。
「たまたま昨日に、近くの町で近々この村でお祭りがあると聞きまして、ここに向かってきたのです」
「なるほど」
そうか。アリアがここに来たのは収穫祭があるから。
つまり、マロおばちゃんの負傷で収穫祭が行われなかったタイムループ前だとアリアがここに来なかった、と言うことになるのか。
色々と点と点が線で結ばれた感覚だ。
「そうですね…じゃあジンさん、私と少し遊びませんか?」
いきなり、アリアは俺にそんな提案をしてきた。
「分かった」
特に断る理由もなかったのでそれを二つ返事で受ける。
シルフィも遊び相手は多い方が良いだろうからな。