目覚め
今のは…夢にしては非常にリアルだったな…。
俺が勇者パーティーに加入してシルフィに殺されるとか…絶対ないない。
しかしまあ俺の妄想? がこれほど夢見がちな変態的…いや変態的じゃないかもしれないな。とにかく変な夢だったな。
何故かって…。
ガタン、と大きな音を立てて扉が開かれる。
開かれた扉では、十もいかない年頃の少女が仁王立ちをしている。
「ジンくん! おはよう! 朝だよっ!」
「ま、待て待て! 俺起きてるからアレはやめろ――」
俺の願いも届かず、扉からこちらまで素早い動きで移動、そのままベッドに…ではなく俺の方へ飛び込んでくる。
「にはー」
「ぐほっ…にはーじゃないっ…」
美しい銀髪がひらひらと宙を舞い、深紅の瞳が俺を見据える。
この少女こそが、シルフィ。
そして俺もまだまだ子供だ。
さっきの夢はリアルなだけで只の夢…そう、夢なんだ…。
なんとか俺の上でマウントを取るシルフィを押しのけ、ベッドから脱出。
シルフィが起こしに来たってことはそろそろ朝食の時間なのだろう。
いつもの部屋に行くと、すでに祖父が食卓に着いていた
「おぉジン、おはよう」
「おはようお爺ちゃん」
シルフィは毎日朝からここ通っては俺を起こし、朝食を食わせた後は村や野原、森を俺を連れ走り回るのだ。
祖父が村長ということもあり、食事はこんな辺鄙な村にしては豪華だが、シルフィはそれが目当てじゃなく、本当にただ俺を連れまわして遊びたいだけだそう。
今は俺と祖父、祖母の三人暮らし。
祖父と祖母の娘である母は俺を産んでしばらくして亡くなってしまった。
父は旅に出ていると聞かされているが…それは嘘で、本当は父と母は一夜だけの関係。
父は異邦人で、漆黒の賢者との二つ名を持ち、この世界でもかなりの実力者だったのだ。
俺の珍しい黒い髪や黒い瞳は父親譲りだ。
出身不明、どうやってその力を身に着けたのかも全てが不明な父。
――違和感。
…あれ? なんで俺はそんな事を知っている?
祖父と祖母からそれについて聞かされたことは当然なく、たまたま聞き耳を立てていたら話が聞こえたとかでもない。しかし何で俺は知っている?
「どうしたのジンくん? マロおばちゃんが怒る時みたいな顔して! へんなの~」
おっと、顔に出ていたのか。
「あ、何でもない――」
「じゃあ早く食べて! 今日はお医者さんごっこをしよう!」
そう言いながら山菜とキノコを炒めて団子状にしたものを俺の口に複数個詰め込んでくる。
この家では祖母の得意料理ということもあり、よく出される料理だ。
「ちょ、自分で食べれるし多いって」
「はやくはやく!」
そんな俺達の様子をいつの間にか食卓に来ていた祖母と祖父が微笑ましそうに眺めていた。
「ほら行こっ!」
シルフィに手を引かれて家の外に連れ出される。
今日はお医者さんごっこ…だっけ? 一体何をやらされるのやら…。
「ちょっとあんたら! あんまり走り回って転んだら危ないよ!」
さっきも話に出てきたマロおばちゃんの声が上の方からした。
「あーマロおばちゃん! なにしてるの?」
シルフィと一緒に上を見上げると、マロおばちゃんはいつも通りのしかめっ面で梯子に上り、村のあちこちにある立てられた棒に何やら飾りつけをしている。
「見てわからないかい? 飾りつけだよ。もうすぐ豊作祭が始まるからね…よいしょっと」
豊作祭。この村で年に一回行われる、生贄を捧げないといけないとか、その日だけ神がこの地に降臨するとか、特になんら特別な事が有るわけでもないお祭りだ。
棒の一つの飾りつけが終わったようで、そんな掛け声とともに、マロおばちゃんが梯子を降りようと――。
揺れる梯子、バランスを崩したマロおばちゃんはそのまま地面に落下、頭を打って大けが。
その後目の前で人が血を流したのを見てシルフィがショックで数日寝込み、準備等殆ど全て一人で受け持ってきたマロおばちゃんが動けない状態になったことで祭りの準備は間に合わず、祭りは延期になり――。
考えるよりも先に体が動いていた、いや、魔法を発動させていた。
培った影魔法の技術。子供であってもある程度の力は出せる。
マロおばちゃんが地面に落下する中、マロおばちゃんの下の影を操る、
質量を持った影は、柔らかいクッションのようにマロおばちゃんの体への衝撃をなくしてしまった。
「…え? ジンくんって魔法が使えたの…?」
「…その年で魔法が使えるようになっいるとはねぇ…いや、そんなことより今はあんたのおかげで助かったと礼を言わせてくれ」
半ば夢心地でマロおばちゃんが笑った顔を見ていた俺。
今のは一体…。体験した事のない筈の記憶が俺の中にある。
いや、あれは過度な妄想の可能性もなくは…。
そうでもない。なぜ俺は培った影魔法、なんて表現をした?
未だ十歳には満たず。魔法を使ったことはない筈だ。
だとしたら…やっぱりさっきの夢は…。
只の妄想、あるいは夢なんかではないのかもしれない。