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魔法使いの世界を旅する一年  作者: Zezilia Hastler
第1章 旅のはじまり
10/72

4日目 黒猫のジェローム・フォンテーヌ

 ぼくは、日記を書き終えると、A4ノートを閉じた。


 ホステルの客室。

 初日にここにいたメンバーは、ぼく以外、もう誰もいなかった。

 少しばかり寂しいが、そんなことを言ったって、ユアンさん達にも、ゾーイさんにも、そのほかの無愛想な旅行者たちにも、それぞれ、やりたいことややるべきことがあるのだろう。


 昨日は、楽しい夜を過ごすことが出来た。

 ぼくも、ジェンナーロさんも、レジのおにいさん、ジョヴァンニさんも、みんな美味しい料理を食べて、お酒を飲みまくった。

 あの後、ジェンナーロさんはぼくにボウル一杯のたらこスパゲティを作ってくれたし、ぼくがこれから旅行をすると言うと、「俺もニホニアに来るまでの間に、世界中を周ったな〜」と、楽しくて興味深い昔話をたくさん聞かせてくれた。

 厨房に入れてくれて、キャンプの際に知っていると便利なレシピをたくさん教えてくれた。


「やっぱりパスタだな。日持ちする。あとは塩と胡椒みたいな調味料は持っておくに越したことがない」


 また、彼は、食べられる野草や、それを使った料理などについても教えてくれたけど、それについては、話を聞いているふりをするに留めた。


 ジョヴァンニさんは、故郷で作られたワインボトルをお土産に持たせてくれたし、昨夜はなんだか紳士を装っていたけれど、お調子者な人柄だったので、化けの皮が剥がれた後は、ただお話をしているだけでも十分に楽しかった。


 今日は、ニホニアの街を見て周って、ウェスタン・ニホニアで、ティムさんのステーキを食べるつもりだった。


 今晩ニホニアを出るか、もう一泊するかは、それまでの間に決めるつもりだ。


 ぼくは、窓の外を見た。

 朝日が登っている。

 鳥のさえずり、早朝の街を歩く観光客達の話し声。

 静かで、天気も良くて、朝日も浴びれる。

 良い朝だ。


 ぼくは、シャワーを浴び、服を着替え、荷物をまとめ、リュックサックを背負った。


 談話室へ向かうと、朝食が並んでいた。

 冒険者風の人たちや、バックパッカー風の人たち。

 いずれも、国際色豊かな顔立ちや服装をしている。

 みんな、黙々と、安っぽい朝食を食べていた。


 ぼくも、トレイを持ち、クロワッサンと、サラダと、目玉焼き、ラムソーセージなどを皿に乗せ、コーヒーとオレンジジュースと共に、テーブルに着いた。


 食事をしていると、隣の席の会話に気を引かれた。


「クラリッサみたいな女の姿を見たって」

「えっ! マジかよ……、あのストーカー……」

「怖いよな」

「冗談じゃないぜ。いや、でも、一緒に酒飲みたいな……」

「懲りねーな……。その話を聞いた時、俺考えたんだ。クラリッサがここに来たのはなんでかって。ニホニアにヴェルが来ているってことじゃないか?」

「まさか。それなら、とっくにヴェルは逃げちまってるよ。あのストーカーの気まぐれか、ちょっと前までここにヴェルが居たってことだろ。それか誤情報だな」


 ぼくは、隣の席のテーブルを見た。


 男性が二人座っていた。

 いずれも、Tシャツにデニム。

 片方は不健康なほどに痩せていて、痩けた頬に芝生のような髭が生えていた。

 もう一人は、ほっそりとしていたが、不健康というほどではなく、笑顔も健康的だった。

 ガイコツさんと爽やかさん、と、ぼくは心の中であだ名をつけた。

 爽やかさんが、ぼくに気がついて、笑顔を浮かべた。「よう、お嬢ちゃん。なにか?」


「ヴェルって聞こえたんですけど……」


 爽やかさんは、ガイコツさんを見て、にっこりと、笑顔を交わした。


「噂だよ」と、ガイコツさん。「ヴェルじゃない。クラリッサだ。クレイジーサイコレズのクラリッサの噂は知ってるか?」


「ちょっとだけ」クラリッサのあんまりな呼ばれ方に、ぼくは同情しつつ心の中で笑った。「ヴェルのことが好きだって言うことしか」


「俺はクラリッサに会ったことがあるんだ」と、爽やかさんが言った。「良い女だったぜ。ボーイッシュな美女だった。肌がきめ細やかで、笑顔も可愛い。ほっそりとしてたんだが、背が高くて、力強くてな」


 ガイコツさんは、呆れたように笑った。「こいつは、そのクラリッサに言い寄ったんだ」


 爽やかさんは笑った。「可愛いね、って言って、バーで酒を奢ったんだ。ボディタッチも多かったから、好かれてると思ったんだが、勘違いだったみたいでな」


「お前はすぐ勘違いするからなー」


「うるせぇな、愛を探してんだよ」


 ガイコツさんはぼくを見た。「こいつは、嫁さん探しの旅の途中なんだ。俺は、こいつの幼馴染で、ついて行ってんのさ。こいつはよくやらかすから、見てて楽しいんだ」


「やらかす?」


「クラリッサの時なんか」


「やめろって。ところで、君可愛いね」


「あ、無理です」


 爽やかさんはがっかりしたような顔をして、ガイコツさんを見た。


 ガイコツさんは、声をあげて笑った。「クラリッサの時もそうだよ。首筋にキスしただけで、ボコボコにされちまった」


「ありゃ」ぼくは愛想笑いをしながら言った。「そりゃ、きついですよ」


「にしたってさ、首にキスしただけで、ありゃないぜ。ぼくの体はヴェルさんのものなんだから、触らないでよ、って。あの目、たまんねーよな……、ゾクゾクしちまった」


「うへー……」爽やかさんの目が全然爽やかじゃなかったので、率直に嫌悪感を抱いてしまった。

 しっかりしろよ爽やかさん、お前から爽やかを奪ったら何が残るんだ。


「いや、でもさ」と、爽やかさんはぼくを見た。「そんだけキレるってことは、あっちも感じちゃってたってことだよな。俺のキスのせいでヴェルを忘れちゃうのが怖かったんだよな」


「いや、その、キツかっただけじゃないですか?」そのポジティブ思考を、もっと別の方向に使った方が良いんじゃないでしょうか。「いきなりキスするんじゃなくて、もうちょっと、指先に触れてみるとか、そんなところから……」アドバイスをしようと思ったけれど、ぼくはぼくで、生まれてこの方恋愛をしたことなんてなかったからわからなかった。


「わかってるねー」と、ガイコツさん。「もっと言ってやってくれよ。こいつ、俺のアドバイスなんか聞きゃしねーんだ。いきなりキスなんて、いきなりパンツに手を突っ込むようなもんだぜ」


「いきなりパンツはまずいだろ……」と、爽やかさん。


 ぼくの頭の中では、鉄板の上でジュージューいっているステーキの上にトランクスが乗っていて、爽やかさんがそのトランクスにキスをしていた。


 ステーキ食いたいな……、と思いながら、ぼくはラムソーセージを食べた。


「それはわかるのに、キスは分からなかったんだな」とガイコツさん。


「いや、だってさ、キスはあいさつじゃん?」


「そんなもん俺たちの故郷だけだって何度言ったらわかんだよ」


 ぼくは二人を見た。「どこ出身なんですか?」


「セウェードゥンの田舎だよ。ジェリヴァール」と、爽やかさん。


「ジェリヴァールですか」そこには絶対行かないようにしよう……、と、ぼくは、頭の中の記憶の引き出しを開けて、絶対行かないリストのファイルの中に、ジェリヴァールの名前の書かれたメモ帳を挟み込んで、そっと引き出しを閉めた。


「オーロラの見える良い街だぜ。君、オーロラは好きか?」


「好きですよ」でも、村人全員がお互いの首筋の味を知っているような変態の名産地になんか行きたくない。「でも、先にラシアで見ることになるかも」


「ラシアか……」と、爽やかさんは顔をしかめたが、あるいは、それはラシア美人に股の間を踏み潰されたのを思い出して恍惚に浸っている顔かもしれない。「あの国はやめとけよ」


「なんでですか?」


「あの国の女は性格が悪い」


 ぼくは笑った。「ありがとう。でも、それは自分で確かめます」



ーーー



 ぼくは、なんてことのない通りを歩いていた。


 大通りから一つ横に入った、細い通りだが、それなりに人通りもあった。

 この通りのレストランやカフェは、大通りのものよりも少しだけ安く、表に立てられたメニューには、惹かれる品々が、手書きの絵とともに記されていた。


 ぼくは、ふと、古びた書店を見つけた。

 本を読むのは好きだったが、この世界で本屋を見かけるのは初めてだった。


 店の表では黒猫が欠伸をしていた。


 スフィンクスか、と、内心少しだけ警戒をしたが、背中に翼は生えていなかった。

 ぼくは、その黒猫ににじり寄った。

 はあはあ、はあはあ……。

 そんなつもりもないのに、自然と鼻息が荒くなってしまう。


 黒猫は、そのまんまるとした琥珀色の目でぼくを見上げると、ふぁー……、と、欠伸をした。

『撫でるなら撫でろよ。君みたいな可愛いお嬢ちゃんなら、俺は逃げも隠れもしないぜ』と、その目は語っていた。


 それでは遠慮なく。

 ぼくは、黒猫の頭に手を添えた。


 フカフカの毛並みだ。

 首輪はないが、飼い猫だろう。

 黒猫はぼくを見た。『耳の裏だ。かいてくれ』


 ぼくは、小さく笑った。「はいはい。ここが良いの?」


『上手だな』黒猫は瞬きをした。『お嬢ちゃん暇なのか?』 


「ううん。今から本屋に入ろうとしたところ」


 黒猫は、店内を見た。『良い店だぜ。ご主人はよく、俺を風呂に入れてくれるんだ。ご飯だってくれる。今朝は白身魚のムニエルだった。賞味期限が心配だが、美味い分には、構わないさ』


「風呂は嫌いでしょう?」


『見た目を気にしない連中はな。それに、気分がさっぱりする分には悪くない。俺の知り合いは、みんな体が濡れると、見た目がバケモンみたいになっちまうのが嫌だって言ってたな』


 ぼくは笑った。「そうなんだっ」


『だが、俺みたいなモテ猫は、ファンたちのためにも身なりを整えないといけないんだ。ご主人は、俺が店の面にいるだけで、売り上げが前年比で48%も上がったって言ってたぜ。今度、娘さんにリボンを買ってやれる、って言って喜んでた』


 ぼくは笑った。「君は人の言葉がわかるんだね〜」


『あぁ、わかるさ。人どもには俺たちの言葉がわからないみたいだがな。だから、連中はこっちもあっちが何を言ってるかわからないと思ってやがる。全部丸聞こえだっつの。舐めんな』黒猫は、道路に唾を吐いた。『おっと失礼』


 ぼくは笑った。「嫌なことあったんだね」


『まあ、人気者は辛いってことさ』


 ぼくは声を上げて笑った。「お店見てくるね」


『おぉ、俺の名前はタマじゃねーって言っておいてくれ』 黒猫は、表に出ているカートに積まれた本の上に乗った。


「お名前なんて言うの?」


『ジェローム・フォンテーヌだ』


「オッケー、言っておくね。ジェローム」


『お嬢ちゃんの名前は?』


「空だよ。お空の空」


『ソラか……』ジェロームくんは、空を見上げて、ぼくを見た。『良い名前だ。晴れてる時はな』


 ぼくは声を上げて笑った。


『今日は雨は勘弁だぜ、空』と、ジェロームくんは、本の上で背伸びをして、丸くなった。


「前向きに検討しとくよ」ぼくは笑って、店内に入った。


 ドアの鈴が鳴ると、店の奥にいた男性が、ぼくを見て、笑顔を浮かべた。「いらっしゃい。タマと仲良くなったみたいだな」


「面白い子だったので。彼、名前はジェロームっていうみたいです」


「そりゃ知らなかった。生命の魔法使いは、うちにはいなくてな」


「お客さんが教えてくれなかったんですか?」


「去年始めたばかりでな。大通りに店を構えたかったんだが、土地の値段を考えたらこっちになった。悪くないさ。大通りからはそう離れていないし、値段は半分以下だ」男性は、コーヒーを啜った。「どんな本をお探しかな?」


「この国に来たばかりで、どんな本を扱っているのかと気になって」


「そうだな……」男性は、本棚を見てそちらに指を向けながら、カウンターから出てきた。「最後に来た客は、【お家で出来る簡単ケーキ】って本を買ってったぜ」男性は、本を一冊引き抜いて、表紙を見せてきた。


 表紙の中には、作り物の笑顔を浮かべた女性が、焼き立てのチョコレートケーキの生地をこちらに向けていたが、その笑顔を見てしまうと、本当に彼女が作ったのか怪しいものだ。でも、まあ、それはそれとして……、「ケーキですか……」ぼくは喉をごくりと鳴らした。「良いですね」


「だろう? 他にはそうだな……」次に男性が抜いた本は、【マンドラゴラで作る薬たち】、という本だった。


「マンドラゴラって高いんじゃないですか?」学園には魔法薬学の授業もあったが、マンドラゴラはいつも上等なビンに詰められ、鍵付きの戸棚に入れられていた。


 男性は眉をひそめた。「お嬢ちゃん、身なりは良いようだが、学校は行ってるのか?」


 おっと、何かまずいことを言ったようだ。「もちろんです。ただ、植物には詳しくなくて」


「詳しくないって……、マンドラゴラなんか、山に行けばそこらへんに生えてるだろう。それこそ、猫にションベンでもかけられちゃうくらいどこにでもな」


「生まれ育ったのは、都会だったもので……」


「にしたって……、都会の学校には自然教室とかがないのか?」


「そういうところもありましたけど、ぼくの通ってるところは自由参加でした」


 男性は、可哀想なものでも見るような目で、頷いた。「自然には触れておくもんだ。森林浴なんて、落ち着けて良いぜ」


「なるほど」ぼくは、マンドラゴラについて勉強をすることにした。一冊の本になるほど多くの薬の素になるものがそんなに生えているなら、この本に書かれている知識は、頭に入れておく価値はありそうだ。「マンドラゴラの本頂きます。いくらですか?」


「30FUだ」


「高いですね」この本は恐らく200ページもないんじゃないだろうか。


「まあ、本だからな。紙を作るのには金と手間がかかる。印刷なんかしたら、もっとだ。グレートブリタニアの方に行けばもっと安いが、こっちだと輸送費がな」


「買います」ぼくは、FUカードを取り出した。


「現金は?」


「これしかなくて」


「現金の方がありがたいんだがな……」


「あの、銀行ってどこにありますか?」


「銀行は中央広場にあるよ。そこで下ろしてきてもいいし、街中にあるATMでも良い」男性は、電子マネー読み取り機を取り出した。


 購入し終えたぼくは、男性に挨拶をして、店を出ようとしたが、入り口のそばにある、文房具コーナーに目を引かれた。

 万年筆やらインクやら、そして、手帳やら。

 ハードカバーの本のように立派な作りをした、オレンジの手帳に目を引かれた。

 日記帳にちょうど良いかもしれない。「これは、一冊いくらですか?」


「それは去年からあるものだからな……」


「去年から?」


 男性は頷いた。「文房具も取り扱おうと思ったんだが、ここら辺の連中は、上等なものは求めていないらしい」


「こんなに綺麗なのに……」


「そこにあるものは、全部、そうだな、12FUで良い」


 ぼくは、オレンジ色の手帳を3冊、新緑色の手帳を3冊、焦茶色の手帳を3冊、翡翠色の手帳を3冊取り、気に入ったデザインの万年筆を1本と、インクの瓶を1つ、換えのインクの入った大きな瓶を1つ取った。


「そんな買ってくれるのか。本も買ってくれたし、じゃあ、120FUで良いぜ」


「マジですか?」


「どうせ売れるとも思ってなかったものだしな。在庫処分が出来て助かった」


「ありがとう」


「お嬢ちゃん、観光客か?」


「なんでです?」


「綺麗な身なりで、お金も持ってるからさ」


「まあ、そうですね……」


「どこからきたんだ?」


「あっちの世界です」


「あっちの世界?」


 ぼくは空を指差して頷いた。


 男性は、困ったように笑いながら、首を傾げた。「【ヴェルの冒険】の読みすぎだ」


「ほんとですって」ぼくは眉をひそめた。「【ヴェルの冒険】って、こっちにもあるんですか?」先日のノエルさんとの会話から、こっちの世界にはないものだと、勝手に思っていた。


「あるもなにも」男性は肩を竦めた。聞くところによると、【ヴェルの冒険】は、数十年前から、この世界のあちらこちらで語り継がれる物語であり、絵本や小説にもなっているようだ。

 だが、この世界では【ヴェルの冒険】のみならず、本は高い。

 【ヴェルの冒険】はどの図書館にも数冊はあるものだが、あまりにも人気で、予約をしても数年待ち、などということもざららしい。

 そのため、【ヴェルの冒険】はこの世界で一番有名な物語になっているにも関わらず、本を読んだことがある人はあまり多くないという現状になってしまっている。

 それなら、どういう形で人は【ヴェルの冒険】を知るのか、という話しになるが、それは、人伝に聞くらしい。

 記憶力に定評のあるぼくたち魔法族だが、どういうわけか、聞く場所や話す人によって、その中身には差異があり、地域ごとで、周知されている【ヴェルの冒険】の中身にも違いが出てきているらしい。


「人気で、売れるのは間違い無いんだから、さっさと低価格で入荷させてくれれば良いんだがな……」


「ちなみに、【ヴェルの冒険】を読んだことはあるんですか?」


「いいや、教会のミサで聞くくらいさ」


「ミサでっ?」なんだか変な話だ。ヴェルはこの広大な世界を恐怖の底に叩き込んだ闇落ちのドラゴンを倒した英雄らしいが、それにしたって、教会でヴェルの冒険を読み聞かせるのは、いくらなんでもやりすぎだろう。「たとえば、どんなことを話すんですか? その、ミサでは」ぼくは、ミサ、というときに、両手の人差し指と中指を2回折り畳んでからかってやりたい衝動に駆られたが、そこは我慢した。


 男性は、にっこりと微笑んだ。「たとえば、そうだな。ヴェルは、街のあちこちに、新しい文化を持ち込んだっていう話だ。たとえば、グレートブリタニアでは蒸気機関車や製紙機や紙への印刷技術。ノルド・ユーレップには教会の尖塔よりも高い、透明の建物や、魔力を通さなくても左右に開くドア、あとは、同じノルド・ユーレップのファンランドには、ハスブルゲルっていう、美味いハンバーガーだ。しかも早くて安い。薄い紙に包まれて出されるってのに、ハンバーガーは1FUもし無いんだ。しかも紙は持ち帰っても良いと来てる。信じられるか?」


「ヤバイですね」それは丸っきり、ぼくの故郷とも呼べるあっちの世界の文化だった。ハスブルゲルは、恐らく、ヘスバーガーだろう。小6のヨーロッパへの修学旅行で、フィンランドに行った際によく食べた。北欧版のマクドナルドのようなものだ。確かに美味かった。あの味をこちらでも食べられるなら、それはまさしく、教会で語り継がれても良いレベルの偉業と言えるだろう。「ノルド・ユーレップは、随分と文化が違うみたいですね」


「あそこは異世界だ。旅行なら良いだろうが、住むとなると、そこで生まれ育った奴以外は苦労するだろうな」


「なるほど。行ってみたいですね」ぼくは、ふと、気になったことを聞いた。「ニホニアにゃんも、ヴェルが持ち込んだんですか?」


「いや、あれは別の奴だな。グローリアって魔女さ」


「グローリアですか。似たような名前の友達がいますよ」


「そいつも人をからかうのが好きなんじゃないか?」


「なんでわかるんですか?」


「この世界で、子供にグローリアなんて名前をつける親は、みんな年がら年中ジョークジョークジョークのジョーク好きな奴ばっかだからさ。知ってるか? ニホニアにゃんってのは、初めはグローリアのジョークだったらしいぜ。それが、キヨトにあるとある幼稚園で受けて、そっから商品化されたんだ」


「キヨトですか。行ってみたいですね」


 男性は、ニヤッとした。「やっぱり観光客だろ」


「あ、バレちゃった」


 男性は、快活そうに笑ったが、なんだか、目は笑い切れていなくて、ぼくの様子を見ているようだった。


 なんか気持ち悪いな……。


 そんなぼくの心の声が漏れてしまったのか、男性は、その意味ありげな目を隠すように、にっこりと微笑んだ。「色々周れよ。ニホニアは島国だが、なんて言ったって広いからな。見るとこには事欠かない」


「色々教えてくれてありがとうございました」


「おう、楽しめよ」


 ぼくは、男性と手を振り合って、本屋さんを出た。


 通りでは、ジェロームくんが欠伸をしていた。『買い物終わったかい?』


「終わったよー」ぼくは、ジェロームくんの顎の下を撫でた。


『このあとはどこ行くんだ?』


「ウェスタン・ニホニアに行くの」


『良いね』ジェロームくんは、ぼくのデニムを這い上がって、ぼくの肩に乗った。


「一緒に行く?」


『ソラは撫でるのが上手いからな。今日は一日癒してやる』


 ぼくは笑った。「わかってるねー」


『箒の先に乗せてくれ。風を浴びるのが好きなんだ』


「かっこいいこと言うね」ぼくは、手の平に箒を生み出して、跨った。


 ジェロームくんは、箒の先に器用に飛び移ると、ぼくを振り返った。『行くぞ』


「はいよー」ふわりと、宙に上がると、周囲に落ちていた枯れ葉が、宙を舞った。「落とされないでね」


 ジェロームくんは鼻を鳴らした。『去年のライディング・ブルーム・チャンピョンのニャンコ部門を取ったんだぜ。落ちるわけないだろ』


「パートナーは誰だったの?」


『お嬢ちゃんみたいな可愛い女の子さ。可愛い女の子の箒以外に乗る気はないんでね』


「可愛いくせにいちいち言うことかっこいいねー」


『大事なのは中身だぜ。ま、俺は見た目も良いがな』


 ぼくは、笑いながら、宙に舞い上がった。


 屋根の上まで上がり、遠くに見える教会の尖塔よりも高い場所に上がった。


 やはり、空を飛ぶ魔法使いたちを観察すると、なにも無いように思える空にも、しっかりと道路があるのがわかった。


 ぼくは、見えない道路に加わると、初日に行った、ウェスタン・ニホニアのティムさんの店まで向かった。

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