一駅目 寄り添うのは誰の影
寄り添うのは誰の影
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とても疲れていました。
仕事に追われ、残業が続き、上司や同僚ともうまくいかず、毎日がとてもとても長かったのです。
降り積もった疲労は鎖のように体に絡みつき、臓腑のあちこちに小石の入り込むようで、そして足は鉛のように重かったのです。
私は駅に差し掛かりました。
最終電車に乗らねばならない。
それだけが意識されます。意識は半分眠っているような、嫌なことばかりが泡となって意識の水面に浮かび、ぼこぼこと濁った音で弾けるような、そんな不安定な気分でした。
すると、私のそばに誰かがぴたりと寄り添いました。
本当に疲労困憊していた私は、その人物のことを意識することができません。
ただ緩慢に歩を進め、切符売り場に行きました。影は隣に寄り添って、呼吸も感じず、体温も感じず、ただそこに在るとことだけが分かります。
券売機の前で、財布からゆるゆると小銭を出そうとします。横にいる人物は改札を通るでもなく、他の券売機に行くでもなく、私のそばにいます。
駅には他に誰もおらず、蛍光灯はちかちかと薄暗いままにまたたき、虻のような虫が天井の片隅に飛んでいます。
私は何だか目が霞むような気がして、悪酔いしたような胸のむかつきを抱えたままで改札へ向かいました。
そして改札を通る時、あれ、こいつは誰だろう、と。
横の人物をちらりと見たのです。
すると黒い影はさっと身を引き、私の視界から逃れるように右へ、私の背面にまで回り、そのまま駅構内の暗がりにまぎれて、廊下の角から奥へと消えてしまいました。走るような滑るような、不自然なほど早い動きでした。
私は急にぞっとして背筋に恐怖が這い上がり、改札から弾かれるように離れて、そのまま踵を返して早足になり、駅を出ました。
駅には他に客も見えず、駅員もいたのかどうかよく思い出せません。
私はようやく気づいたのです。私は帰宅するのに電車など使わない、会社から歩いて行ける社宅に帰るだけなのだと……。
(終)