表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

撃龍葬 -ゲキリュウソウ-

作者: 金龍

 地球上の何処かに存在しながらも、未だに人類が“到達”した事の無い不思議な場所。


 大趙雲たいちょううんと呼ばれるこの場所には1日3回、空から“めぐみ”と呼ばれる栄養物体が降ってくる。そこに住まう生物は、このめぐみを平等に分け与え暮らしていた。


 大趙雲は不思議な形をしており、主に上層、中層、下層の3つに分けられており、上層にはめぐみが積もり、それを中層に住まう村人達が分け合う。下層には地下都市へと繋がる1本の大きな道が構えられている。


 時々、めぐみに代わり、空から巨大な“龍”が降りてくる。下龍と呼ばれる其れは、常に下へと下らんと進み、大趙雲の地を荒し回るこの地における最大の厄災。


 下層の最終地点には“地下都市”が広がっており、もし下龍がそこに到達しようものならば、地下都市は壊滅的打撃を受けるだろう。都市の壊滅は、そこの恩恵の元成り立っている大趙雲の地にとって決して無関係とは言えない。


 そこで大趙雲に住まう人々は自分らの地と都市との間に巨大な“門”を築き、都市部にいる人々は持たないとある能力を使い、一丸となって下龍の進行を阻止せんと立ち向かうのだ。


 下龍は突然やってくる訳では無い。奴は降りてくる前、必ず歌を歌う。その大きな“歌声”は大趙雲全土に響き渡り、厄災の到来を告げるのだ。


 今日もまた、厄災の襲来を予告する“歌声”が大趙雲の上空に響き渡る。


 ***********


 ギュオオオオオオオン…ギュオオオオオオオン…。


「また歌っているよ…最近多いねえ…?」


 呆れたように手を腰に当て、空を見上げながら呟く一人の中年女性。その隣には、腰の曲がり、色黒で長い髭を伸ばした御老人が、傍らにある大きな岩に腰掛けていた。


「これじゃあ、めぐみはなしかね〜今日は。どう思います?長老様」


 中年女性は、困ったように長老に語りかける。老人は、岩からゆっくりと腰をあげると同じく空を見上げ、ポツリと呟いた。


「う〜む。どうも…それだけでないような…悪い予感がするのじゃ」


「?どういうことです?長老様」


「ここ3日間の間、規模は小さいが下龍の下らない日はなかった。なにか、嫌な予感がするのじゃが…」


「もしかして、15年前の厄災を思い出されています?都市部が“下龍の受け皿”を召喚する前に我々で削りきれず、大厄災を産んだっていう…」


「さあ…じゃが、対策は必要であろう…。今回は…強力な助っ人を呼んでおる。そうじゃろう?対下龍討伐騎士団フル・ガイアよ」


 フル・ガイアと呼ばれるその騎士団は、下龍討伐の専門家を名乗る強力な騎士団である。長老は3日間続く下龍の襲来をかつての大厄災の日と重ね、予め対策を打っていた。


 2人の後ろには、フル・ガイアの屈強な面々達が、揃ってお出ましだ。先頭に立つ“団長”と呼ばれる人物が一歩、長老に歩み寄るなり一言。


「ええ、我々フル・ガイアは下龍討伐の為に日々訓練、研究を重ね、精進して参りました。どれだけ巨大な下龍であれど、必ずや“分解”してみせ、大趙雲、都市部共々お守り致します。」


 分解とは、フル・ガイアの使用する下龍討伐において1番の有効打の事だ。下龍は不思議な成分で構成されており、この成分を彼らの分解の力によって力を削り、少しづつ勢いを遅らせ、都市部が“受け皿”で受けるに充分な程弱らせるのだ。


「心強いじゃない〜!それにみんな結構イケメンね!頑張ってね!応援しているわ!」


「お任せください。おばさま。…皆!これより対下龍討伐作戦の詳細を説明する!」


 声を張り上げ、フル・ガイアの面々らを取り仕切る団長と呼ばれるその男は、正に容姿端麗。サラサラの金髪に蒼い瞳。細身ながら内部には来たえ抜かれたインナーマッスルを備える。その美しき肉体を包みこむ銀色の鎧の胸元には、過去に活躍し、得た名誉を示すバッチがキラキラと輝いている。


「先程聞いた下龍の歌声だが、かなり近付いて来ているようだ。急いで対策を取らねばならない。我々が揃ってまだ間もないが…アイリス!」


「…はい!」


 アイリスと呼ばれる一人の女騎士が名を呼ばれる。彼女も、団長と同じ色を持つ瞳に力を込め、呼応した。


「防衛班はお前に指揮と取ってもらう。わかっていると思うが、下龍がここに到達する際、この場を無防備にさらけ出すわけには行かない。ガイアの騎士を3分の1ほどお前に預ける!今すぐ、大趙雲の地を強固にするのだ!」


「は…はいッ!」


 アイリスは突然の防衛班長への指名に戸惑いながらも、しっかりと呼応し、自身が仕切る隊へと向き直る。揺れる銀色の髪はなんとも美しく可憐で、それながら根強い気高さがあった。


「こ…今回の下龍討伐の防衛班長に任命されたアイリスと申します!班長に任命されたのは初めてですが、精一杯頑張ります!」


 --こんな弱そうな女が俺たちを仕切るのかよ…。


 --“頑張る”って…運動会じゃねえんだぞ。


 --団長の妹だからひいきして貰ってんだろ…?


 不穏な空気が隊内で漂う中、アイリスを中心とした防衛班は早速地を強化すべく動き始めた。


「さて…。まずは下龍の現在地をより正確に把握せねばならないな。もし“涙”が急に落ちるだけでも油断出来ん。」


 団長は2人の男を指名して、告げる。


「ヒビ!アワン!お前達は、小隊を率いて上層を目指し、下龍の進行状況を随時告げる連絡班を率いてもらう。歌声の大きさから距離を測り、なるべく的確な距離を私に脳伝達で伝えるのだ。」


「りょーかいっす!だんちょ♪」


「団長の御命令お承りました。必ずやこのアワンが完璧な距離を測り、団長達に伝えて見せます。」


 アワンは団長の前にて膝をつき、忠誠を誓う。その後ろでヒビは頭を掻き、さらに後ろで構える団員らに告げる。


「おっし!さっさと行こうぜ!下龍討伐後のめぐみはうめえんだ♪」


 そう言って先陣を切るヒビ。その軽々しい態度に、アワンは若干の嫌悪感を覚えるもすぐに隊をまとめあげ、ヒビに続かせた。


 そして残った討伐班の面々。これからいよいよ討伐作戦の詳細を説明せんとする時、団長は1人残った本来防衛班に当たるべき男を見つけ、声を掛けた。


「……ロガー。何をしている!お前は防衛班のはずだ。今すぐアイリスらと合流し、防衛に専念しろ」


 そこそこ強い口調で団長はロガーに命令する。防衛班も重要な役割。1人欠けるだけで大きく作戦が揺るぐことだったあるのだから仕方ない。


 そんな団長の命令を前に、ロガーは堂々とシカトをかますどころか、団長を睨み付けて見せた。


「なんだその態度は…!」


「団長。この俺が防衛班とかいうだせーことやんなあごめんだね!かと言ってあんたんとこでへーこら並列組んでちまちま削んのもだせえ。俺は好きにやらせて貰うぜ〜?」


 ロガーは、ボサボサに遊ばせた茶髪を掻きながら、煽るように団長を睨み付ける。その態度は、とても青少年と呼ばれる男の態度ではない。自信過剰で幼稚な子供の態度だ。


「それとも団長〜?偉そーにしてんならさ、俺と一戦交えっか?俺が勝ったらゆうこと聞いてもらうぜ?」


「おいロガー!いい加減にしろ!」


「ガキの分際で団長に対してなんて不敬を!」


 並列する隊員から非難の嵐が向けられる。ロガーはそれを気にしない様子で両手を頭の後ろで組み、団長を更に煽って見せる。そんな態度に団長は遂にしびれを切らした。


「良いだろう。但し、俺に負けたならば、お前は潔く防衛班に加わってもらう。」


「へっ!俺はフル・ガイア養成所を主席で卒業してんだ!ぶっ飛ばしてやらぁ!」


 勢いよく啖呵を切るロガー。落ちていた棒状のものを拾い、団長に殴りかかっていく。


「おらあ!!!」


 大きく振りかぶった一撃目を爽やかに躱される。それでもめげずに何度も何度も殴り掛かるも、全てを軽くいなされ、隙を見せた直後、ロガーの顔面に団長の肘打ちが直撃した。


「ごっばあ!!」


 情けない悲鳴と共に尻もちを付くロガー。これで終わるまいと棒を杖にし、立ち上がるも食後に横腹に左回し蹴りを貰い、ぐらついたところで追い討ちの顔面右ストレートが綺麗に決まる。


「がっ!は…!」


 一方的だった。これでもロガーは、養成所での組み手では負けなしであり、剣技には相当な自信があった。そんな即戦力間違い無しな自分を、前戦に組み込まなかった団長に腹がたち挑んだ訳だが、ぶっ飛ばすどころか相手は剣を抜いてすらいない。この瞬間、今まで持っていた絶大的な自信が音を立てて崩れ落ちたのを感じた。


「くっそお…」


「約束だ。今アイリスを脳伝達によって呼び出した。彼女の指示を聞き、防衛に専念しろ」


 団長がそう告げた瞬間、ガヤガヤと団員のロガーに対する罵倒の声が向けられる


 元から天狗な言動が多かったロガーは、団員らからヘイトを稼ぐ事も多かった。そんな扱いでも、自尊心が支えとなり、特別気になっていなかったロガーであったが、いざ現実を突き付けられると、流石に堪えた。


「くっそおおおぉぉおおおおお!!!!!!!!!」


 痛みを押し殺し、背を向けた団長に再び木刀で殴り掛かる。もはやそこに騎士道等などという気高きものは無く、ただ団長と自分自身への怒りに任せた不細工な素人同然の剣技だった。


 ************


「え…何があったんですか?」


 呼び出されて到着したアイリスは、血まみれで横たるロガーと、銀色の鎧を返り血で汚し、ロガーを見下す兄の姿に絶句した。


「アイリスか。少し遅かったら、こいつは死んでいたかもしれないな。」


「団長!やりすぎですよ!こんなにボコボコになるまで…」


「安心しろ、致命傷は与えていない。お前の修復術にて手当てを行えば、下龍襲来時には間に合うはずだ。何としてでもこいつを防衛班として加え、チームワークを学ばせろ」


 全身にダメージを受け、立つことすらままならなくなったロガー。薄れゆく意識の中、最後に見た団長の姿を見るなり、彼を力いっぱい睨み付ける。


「か…必ず…ぶっとばして…」


 そのまま気を失うと、アイリスに続いてやってきた防衛班の団員におぶられ、運ばれていった。


 運ばれるロガーを見届け、何事も無かったかのように団長含む全団員は、長老と中年女性に向き直る。


 団長が長老に膝をつき、右手を胸に当て、忠誠の意志を見せる。


「私の新人が失敬を働きました。お許しください。しかし、このフル・ガイア一同!必ずや今宵の下龍討伐、達成して見せましょう。」


「うむ。期待しておるぞ。勇敢なる騎士団、フル・ガイアよ」


 この一言の直後、再び空から歌声が聞こえてきた。


 ギュオオオオオオオン。ギュオオオオオオオン。


 来るなら来いと言わんばかりの歌声に、騎士団、長老一同一層士気が上がっていった。


 ************


 目を開けて初めに映る景色が、小さな小屋の天井であることを確認したロガー。同時に、自分の完敗を認めざる得ないことを悟った。


 大口叩いて負けた。ボコボコにされた。悔しさでこぼれそうになる涙を、舌を思いっきり噛んで紛らわせる。


「あっ、起きたみたいね。ちょっとした修復術だけで回復するなんて…身体だけは丈夫なのね」


 ロガーが布団から起き上がった直後、傍らで看病していたアイリスが皮肉混じりに語りかける。


「あ?なんだよアイリスかよ…悪いが、俺は行かなきゃなんねえとこできたから今回は抜けるわ」


 立ち上がってすぐに身支度を済ませ、アイリスに告げる。


 そんな彼の態度にため息をつきながら、アイリスは返答した。


「はぁ…ダメよ。今回は防衛班に貴方を交えることが大事なの。おにい…団長に命令されているんだから」


「防衛なんてだせーことやるくらいなら今回は下龍諦めて武者修行しに行く!そんでテメーの兄貴をぶっ飛ばす!!」


「あんたって昔っから話聞かないわよね。残念ながら今回は引けません。参加してもらいます。」


 養成所時代からロガーを知っているアイリスは、成長のない彼を半分軽蔑するような目で見つめ、出口の前で通せんぼをする。


「なんでテメーが決めんだよ!付き合ってられっか!」


 アイリスを振り切り、小屋の外に出るロガー。そのまま武者修行へ向かおうとしたその時、向かいの道から8〜10歳位の少年達が3人、元気よく走りながら集まってきた。


「おにーさん騎士団のひと~?」


「でっかいかいぶつがくるってほんと〜?」


「アイリスのおねーちゃんもいる〜!」


「ちょっ!なんだお前ら!あっち行け!」


 突然寄られ、大量の質問を投げかけられたロガーは戸惑いを隠せずに慌てふためいていた。


「ねーねー!ほんとに騎士団なのー?顔ボコボコで弱そー!」


 団長にやられた顔の腫れが引いておらずボコボコだった顔面を見てのストレートな罵倒。少年ならではの感想に短気なロガーはムキになって言い放つ。


「うるっせー!てめえら!いいか!俺は将来最強の騎士になってな!この大趙雲の伝説になるだよ!」


「で、でんせつ〜!?」


「かおボコボコなのに〜!?」


「ボコボコは関係ねーだろこらあ!!」


 両手をクワッと広げ、少年達を追いかけるロガー。そんな彼らの様子をアイリスは遠目で見て、またたため息を吐いた。


「班長。粗方防衛結界貼り終わりました〜。」


 彼女の後ろでけだるそうに報告にやってきた一人の女。アイリスより3つほど上のその女は彼女がいきなりの班長就任に納得がいっていない様子だった。


「ありがとうございます、トッカ。しかし、下層の結界が少し弱いようなので、もう少し強いものを上貼りしましょう」


 アイリスがそう返答すると、トッカは小さく舌打ちをし、真っ赤なサイドテールの髪を弄り、睨み付けながら言い返す。


「お言葉っすけど、下なんて大体だんちょーや副団の人が粗方削っといた後の状態なんで、これくらいのが丁度いいんすけど?コストかかるんすよね〜安く済ませたいのは当然じゃないっすか?貼るのめんどいし」


「ですが、油断は禁物です。早め早めに準備をし、最悪を想定した状態で動かなければなりません。その為ならば、資金の利用は惜しみません。」


「そーゆーところなんすよね班長さん。頭がかたいっつーの?団長の妹だからひいきして貰ったんでしょ?悪いけどあんたよりあたしのが歴なげーっつーの」


「ですが団長が判断したものなので、従ってもらうしかありません」


「…クソっはいはい!わかりましたよ!兄の出凝らしちゃん♡」


 捨て台詞を吐いて、ビオはこの場を後にする。自分が班長に就任したからか、トッカを始めとする1部の先輩達の威圧的な態度に少しだけ心がキュッとなるのを感じた。


 押し殺すように頬を叩き、業務に向き治らんとするアイリス。そんな彼女に、少年らとのじゃれ合いにひと段落の着いたロガーが語りかける。


「いーのかよ。舐められてんぞお前」


「心配してくれてんの?悪いけど、こんなのでへこたれちゃやってけないでしょ」


「してねーよ!なんか腹立つんだよ!言われっぱなしの奴見てっとよ!」


「それで向かってってボコボコにされてるあんた見てるから。余計やり返す気失せるわよ」


「なんだとこの野郎…!!」


 痴話喧嘩のような言い争いを始める2人。そんな時だった。大きな悲鳴が、村全体に響き渡った。


「きゃああああああああ!!!!ヒビがああああああ!!!!!」


 トッカの声だった。トッカが血まみれになったヒビを抱き抱えて泣き叫んでいた。


「大丈夫ですか!?ヒビさん!」


 連絡班として陽気に上層へと登ったヒビが、ここまで血まみれになりながら逃げてきたのだ。奥で何かがあったのは明白だった。


「あ、あんた!はやく!はやくヒビに修復術をかけて!」


 駆けつけたアイリスにトッカは怒鳴りつける。アイリスはヒビに手を当て、修復術をかけ、語りかける。


「上で何かがあったんですね!?どうされたんですか!?」


「で…でけえ…“涙”…みんな…殺された…俺だけ…逃げてきた…」


「なんですって!?みんな…殺された…?」


 衝撃的な報告を聞いたその時だった。急な突風が村中を襲った。


「なんだあ!?すげえ風だなおい!?」


 純粋に突風に驚くロガーと違い、アイリスはいち早く動き出し、周囲に厚い結界を貼る。


「この風…“龍の息”に違いない…そんな…いくら何でもはやすぎる…」


 混乱する村の住人や防衛班の面々ら。アイリスはそれを頑張って鎮めようとするも、焼け石に水。全く聞いてもらえる様子がない。


 アイリス自身、完全にパニックになりかけていたその時だった。


「あぶねえ!!」


 誰かに飛びつかれ、そのままその人物と共に倒れ伏すアイリス。


「ロガー!急になによ!」


 半ギレの状態で飛びついたロガーを押しのけようと起き上がるアイリス。その瞬間、返り血で身体中染まり上がり、放心状態となったトッカが目に飛び込んでいた。


「な、何があったの!?」


「前見てわかんねえのか!?やべえんだって!」


 その瞬間、2人とトッカとの距離の合間に、巨大なゴツゴツした岩のような物体が彼らを隔てるように転がってきた。


 その岩石は地面と接触した部分が赤く染まっていた。向こう側にいるトッカにも大量の返り血がかかっていたことから、鮮血の持ち主はヒビであり、彼は岩石の下敷きになって命を落としたという事を理解した。


「まじかよ…ヒビさんが…こんなあっけなく…」


 団内でもかなり陽気で明るかったヒビの突然の死。ロガーはたじろぎ、恐れた。


「この岩石は…“龍の涙”…下龍を構成する皮膚の一部が剥がれ落ちたもの…それにしても大きすぎる…!」


 勤勉だったアイリスは龍の涙についてよく学習していた。勿論、この涙が下龍の一部分であり、同じく下を目指し、邪魔をするフル・ガイアに牙を向かんとする事も充分に理解していた。


 龍の涙は勢いを付け、たじろぐロガーに向かって転がってゆく。


 もはや腰に刺している真剣を抜く余裕すらなく、無惨に轢かれ、ヒビと同じように死する運命にあったであろう。アイリスという幼馴染が横にいなければ。


「はああああああ!!防衛壁!!“ビーオ・フェール”!!」


 ロガーの直前に薄い金色の壁が現れる。龍の涙はその壁にぶつかり、壁は破壊されるも、涙もぶつかった衝撃で跳ね返り、逆方向へ転がってゆく。


「はぁ…はぁ…ロガー!いつまでボーッとしてんの!?自慢の剣技とやら、ちゃんと見せてよ!」


 その言葉にロガーはハッとなり、腰に据える真剣を抜き、龍の涙の来襲に備える。


 --クソッ!今日の俺は最悪だ…くそだせえ!だからこれは……汚名返上のチャンス!!


 心でそう意気込むロガー。足腰に力を込め、バウンディングしながら襲いかかってくる龍の涙を迎え撃つ。


 ドムッ!ドムッ!と鈍い音を弾ませながら、龍の涙が迫ってくる。ロガーは深呼吸する。次、空中にバウンドしたその時、確実に“分解”できるように心を研ぎ澄ませる。


 ドムッ…ドムッ…ドムッ…ドム


 --今だ!!


「喰らえ!!分解斬!“羅破”《らっぱ》!!」


 ロガーが垂直に剣を振るうと、龍の涙は空中で真っ二つに割れた。そのまま2つとも“分解”され、粉々に崩れていった。


「どーだ!これが俺の分解斬よ!」


「おおおおおおお!!!!よくやったロガー!!」


 隠れていた村人達、防衛の為後ろに回っていた防衛班メンバーから喝采を受ける。ただしアイリスだけは、顔を引き攣らせ、奥を見詰めていた。


「おいこらアイリス!てめえまさか今の見てねえとか言い出すんじゃねえだろうな?」


「違うのロガー!…前…見て!」


 アイリスの指さすその先には、同じ程度の大きさの龍の涙が更に4つ。こちら側に転がって来ていた。


「ひ…ひいいいい!!!」


「終わりだ…大趙雲は終わりだああ…」


 防衛班の中でも、ちらほらと弱音を吐く者が現れ始めた。しかし、防衛班を率いる班長として、アイリスは引くわけには行かない。両手を胸の前で組み、呪文を唱える。


「はあああ!!!ビーオ・フェール!!ビーオ・フェール!!」


 先程ロガーを守った壁作りの術を何度も唱え、涙達の進行を遅らせようとする。ただし、この方法は根本的な解決にもならなければ、アイリスの負担がとても大きい。ロガーは彼女の肩を掴み、止める。


「そんなことしても意味ねーだろ!ぶっ倒れて死ぬ気か!?」


「でも…こうでもしないとみんな死んじゃう!私が止めている間に1人でも多く逃げてくれなきゃ…!」


「なんでテメーが死ぬこと前提なんだよ!おい周り!ボサっとしてねえで壁でも貼っとけや!俺が叩き切るからよ!!」


「我々は既に…村の防衛結界に力を集中しているところだ…」


「なんだよそれ…アイリス1人にやらせててなんとも思わねえのかよ!?」


 戦意の失った防衛班。彼らは守るという行動を理由にして戦うという選択肢から逃げているようにも感じた。


「…くっそ…!やっぱりくっそだせえじゃねえか…防衛とかよ…俺がやる…やってやる…!」


「ロガー!1人で行くのはやめて!あの龍の涙達は連絡班を全滅させる力を持っているのよ!」


「上等…!後でクソッタレ兄貴に伝えとけ!テメーが大切だとか言ってた防衛班は腐ってたってよ!」


 そう言い残してロガーは1人、涙達に突っ込んでいく。アイリスも自分の身体に鞭を打ち、彼を擁護せんと再び両手を胸の前で組む。


「おっらあああああ!!!見てっかバカクソ団長がよお!!全部ぶった切って俺の実力を証明してやんねーとなああああ!!!!」


 気合いの入った1振りで1個の涙を分解する。すぐさまもうひとつの涙を叩き切らんと構えたその時、残った3つの涙が、ほぼ同時に真っ二つに切れ、そのまま崩れるように分解された。


「ああ見ていたぞ。お前が1個切った後浮かれて、別方向から来ている涙に対応出来ていなかったこともな」


 彼の到着を、この場にいた殆どが待ち望んだに違いない。フル・ガイア団長の到着を。


「一撃で…解決しやがった…。」


「団長!…ハァ…ハァ…来てくれたのです…ね」


「ああ。微量だが、お前の脳伝達はしっかりと俺にSOSを知らせてくれた」


 アイリスは糸が切れたようにその場にへたり込む。


「それにロガー。お前が我が妹を初めとするこの場にいる面々を守ってくれたようだな。そこに関しては素直に感謝のを述べよう。」


 そう言ってロガーの前に立つと、深く頭を下げ、団長は一礼する。


「や、やめろよ気持ち悪い!それによ…俺は守りきれなかったんだしよ…」


 ロガーの視線の先には、放心状態となったトッカの姿があった。


 トッカとヒビは恋愛関係にあった。団内でもお調子者同士として気が合い、フル・ガイア内でも有名なカップルだった。彼女にとって未来の人生パートナーである筈のヒビが突然自分の目の前で潰され肉塊と化したのだ。トッカの心が壊れるのも無理は無かった。


「…なるほど。連絡班は全滅…トッカもあの様子じゃ復帰は無理だろうな。防衛班!トッカを安全な場所へ運んでやれ!」


 防衛班である2名ほどがそそくさとトッカを抱えて去ってゆく。


「我々討伐班はいつでも下龍の襲来に対応できるよう準備しておこう。お前達防衛班も、防衛に専念できるよう、町民達の避難はなるべく優先して済まるのだ」


 団長の一声から、防衛班はせっせと町民の誘導を開始する。先程まで棒立ちだったのが嘘のように…。


「あいつら、団長が言ったら素直に動くんだな。」


「仕方ないわよ。さっきの奇襲なんて防衛班は慣れていないもの…。」


 そう言いつつ、防衛班を上手く動かせなかったアイリス。対して、一声だけで簡単に動かせる優秀な兄。このはっきりとした扱いの差は、流石の彼女にも辛いものだった。


 そんな彼女の沈んだ心を祓うように先程の3人の子供達がアイリスめがけて突進してきた。


「アイリスのおねーちゃん!」


「ねえ…ほんとにだいじょーぶなの?でっかいのが来るってみんな言ってるけど…」


 1人は震えながらアイリスにしがみついてくる。残りの2人も目には涙をうかべ、恐怖しているようだった。


「大丈夫。おねーさんや団長が絶対に村を守ってあげるから。男の子なんだから泣いちゃ駄目よ?」


 アイリスはしがみついてきた男の子の頭を撫でる。彼らを宥めながら、彼女は再び自分の課せられた役割を全うせねばと決心した。


 横で聞いていたロガーは一連のやり取りを顔を曇らせながら眺めていた。


「何よ、不満そうな顔して」


「アイリス、てめえこいつらに“おねーさんや団長が守ってあげる”とか言ってたけどよ…俺もいるだろうが!この未来の大英雄ロガー様がよ!」


「えー!顔ボコボコだったくせに〜?」


「ボコボコ英雄だー!」


「コラガキ共!もうボコボコじゃねえだろーが!」


 またしても子供相手にムキになるロガーに半分呆れながらも、少し心が和んだアイリス。


「でもあんた、防衛はダサいとか言ってなかった?」


「いんだよそーゆーのは!俺は見せてやりたくなったんだよ!命張って守るって言うのがどーゆー事なのか、腰抜けの防衛班共にな!勿論てめえらもだぞガキ共!しっかり見とけ!」


「ほんとー?」


「ボコボコ兄ちゃんがんばれー!」


「なんだそのあだ名!?」


 馬鹿馬鹿しいながらも、彼らしい純真な動機。アイリスはロガーをしっかりと見据え、一言。


「うん。しっかり見てるからね、ロガー」


「…ああ、しっかり見とけや」


 ギュオオオオオオオン!ギュオオオオオオオン!!!!


 その直後、先程よりも大きく荒々しい歌声が村中に響いた。近い。確実に下龍はすぐ側まで近づいてきていた。


「大きい歌声…みんな!早く隠れて!凄まじい突風が吹き荒れるわ!」


「おねーちゃん…」


「ううっ…グスっ…」


 子供たちは、歌声の迫力に思わず腰が抜けてしまっているようだった。その場に座り込み、泣きじゃくる3人の子供達。


「なんとかしないと…はやくこの子達を!」


 ギュオオオオオオオオオオオン!!!!!!グウウウウルルルルルルルオオオオ!!!


 再び大きく歌声が鳴った次の瞬間、先程の突風とは比べ物にならない暴風が吹き荒れた。


「まずい!!」


 咄嗟に子供達の手を掴むロガー。そのまま抱き寄せ自身が盾になるように庇った。


「ビーオ・フェール・アイギス!!」


 彼らの前にアイリスが立ち、先程よりも強い結界を貼る。そのおかげか、ロガーに子供ら3人とも暴風の被害に遭う事は無かった。


「ハァ…ハァ…みんな…大丈夫!?」


「アイリス!お前…!」


「いいの…みんなが無事なら…ハァ…ハァ…」


 暴風を無理な大型防壁結界で防いだアイリスへの疲労は、かなりのものだった。汗を拭い、再び子供達を守らんと結界を貼らんとするアイリスを、腕を掴んでロガーが制した。


「ちょっ!何しているの!?この子達をこのまま防壁で囲んで…」


「お前ら…いいのかよ。こいつをこんなに無理させて。守られっぱで足引っ張ってよ!お前らは助かるかもしんねーけどな、こいつは死ぬぞ?大好きなお前らのねーちゃんがよ!お前らがしっかり逃げなかったせいでだ!それでいいのかよ!?」


 ロガーは声を荒らげた。恐怖で震える子供達に向けて。立ち上げれない子供達に喝を入れるように。


「わ…わかってるよ!いいわけないだろ!」


「アイリスのおねーちゃんは…将来…僕達が守るんだから!」


 少年たちは立ち上がった。今はまだ力にはなれないけれども、生きて将来必ず、大好きなアイリスを守ることを誓い、ロガーに向き直る。


「ぼ…ボコボコ兄ちゃん!」


「なんだ!ガキ共!」


「僕達がおっきくなるまでは…アイリスのおねーちゃんを…任せるからな!」


「おう!……約束だぜ?」


 3人の小さな未来の勇者達は走った。今守られる代わりに、必ず将来アイリスを守ることを誓って…。


 走り去る子供達を見届けた直後の事だった。空が不自然に暗転する。更に今までで最も大きな音で、歌声が鳴り響いた。


 グキュルルルルルルルルル!!!!ギュオオオオオオオオオオン!!!!!!


「そんな!?子供達は!?」


 すぐさま子供達の方を振り返るアイリス。しかしもう、彼らは走り去った後だった。追いかけようとする彼女を、ロガーが再び引き止める。


「やめろ!約束したんだ。もうあいつらは腰なんて抜かさねえ。あいつらは俺達を信じたんだ。だから、俺達もあいつらを信じてやらねえでどーするよ!」


「…!!分かったわ…。信じましょう。あの子達を…」


「だが…あれはちょっとデカすぎるな…」


「そうね…でも…弱気になんてなってられない!」


 覚悟を決め、前を向く2人の眼前には、村を覆うほどの大きな巨体を揺らし、こちらへと下ってくる下龍の姿が見えていた。


 遠くからでもわかる規格外の大きさ。全体的に赤黒く染まり、ゴツゴツした皮膚はとんでもない強度を誇る。


「で、デカすぎる…!」


「直近3日間でやってきた下龍を全部まとめてもこいつの半分にも満たねえぞ…?こんなの…どーしろっつーんだよ!!」


 遂に現れた下龍の姿に、防衛班の面々は悲鳴を挙げ、数名はその場から逃げ出す者もいた。


「みんな!怯まないでください!とにかく!我々は零れてくる涙の対処と、頑丈な防壁で迎え撃つ準備を!」


 恐怖で混乱気味になった防衛班にはアイリスの声は届いていなかった。こちらがしっかりしなければ、村が壊滅するというのに。


 しかし、そんな彼らの悲鳴が、歓声に変わる瞬間がやってくる。そう…待ちに待ったフル・ガイア最強にして彼らの英雄、団長を初めとする討伐班が勇敢に下龍に立ち向かう姿を見たのだ。


「おおおおお!!団長だあああああ!!!」


「そうだ!俺達には団長がいる!あのお方がいる限り負けることなどありえないのだ!」


 団長が下龍に飛び乗り、その胴体に剣を突き刺す。皮膚の1部を剥ぎ取り、分解してみせると、更に歓声が挙がった。


「我々は対下龍討伐騎士団!フル・ガイア!!貴様を屠り、平和を守る者だ!」


 気高き騎士達の叫びに続いて、どんどんと超巨大下龍に向かっていく討伐班の面々ら。全面激突が遂に始まった。


「おおおおおおおお!!!!」


「下龍め!!そのでかい図体を削ぎとって!!!バラしてやる!!!!」


 数え切れないほどの大群下龍に剣を突き刺し、皮膚を裂かんとする。


「分解砲!!獅子丸!!」


 後ろで構える砲撃部隊の面々が一斉に放った砲撃は空中で獅子の形へと変化する。獅子は下龍へと食らいつくように命中し、そのまま皮膚がごっそりと分解された。


 ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!


 下龍は魔法は勿論、火を吹くなどという龍ならではといった特殊な能力は一切に持ち合わせていない。ただし、剥がれた皮膚が龍の涙となって本体に従うように討伐班に襲いかかる。


 下龍本体は巨体を大きく揺らし抵抗するのみだが、こぼれ落ちた涙達が本体への攻撃を妨害して来るので、スムーズに討伐ができずにいた。


「おのれ!剥がした皮膚が…巨大な涙に変化されている…!従来の下龍の零す涙とは比べ物にならんぞ!」


「このデカさじゃ…防衛班だけじゃ対処難しいだろうしな!俺たちでなんとかしねえとならねえ…!クソッ!もしや本体より厄介なんじゃねえのか!?」


 ジリ貧状態になってきている両者の激突。下龍は着実に進行していく。このままだと、充分な巨体のまま村への侵入は免れないだろう。


「どうする…!この状態で村に着けば、被害は甚大だろう…何か策を!」


 自身も討伐に加わりながらこの状況の打開策を練る団長は、1度前線を離れ、砲撃部隊のいる穴蔵へ行き、下龍を俯瞰的に観察する。


「団長!もう一撃、獅子丸を撃ちましょうか?」


 たくましい太い腕で砲台を担ぎやってきた大男、砲撃部隊のリーダーが観察する団長に声を掛ける。団長は視線を変えずに「いい」とだけ応えた。


 --やはり、頭部だけ異様に黒いな。銅は焦げ茶、赤、黒が混ざりあっているが頭部だけ異常に黒く、そして硬質的だ…。


 団長は下龍の頭部が特に黒く、固くなっていることに気付いた。このような状態の下龍はとても珍しいが、皮膚以上に硬質化した部位は皮膚ではなく“老廃物”として扱われる。よって、仮に頭部を削ったとしても、分裂した老廃物は涙として機能せず、岩石としてその場に留まるのだ。


 --あの巨大な頭部を粉々に砕いて生まれた岩石達は、必然的に奴の進行方角に積まれていく…。それで足止めが出来てしまえば、防衛班と連携する時間も稼げる…。


 --問題は…あの頭部をどうやって一撃で砕くか…だな。


 1つだけ思い付いた。無茶ではあるが、団長の考えうる最強最大の方法がひとつだけ…。


「ボクジョ、俺と共に下龍の眼前まで回りこめるか?」


「団長…何をする気なのですか!?」


 ボクジョと名乗る砲撃部隊リーダーは、彼の策略を聞いて唖然とする。


「そんなこと…無茶です!下手をすれば死ぬかもしれませんよ!」


「だが、やらねばどの道死ぬだろう。どうか、俺に賭けてくれないか?」


「……わかりました。では、飛びっきりのを打ち込みますからね?」


 最悪を想定し、アイリスはもしこのまま侵入すると言うのならば身を捨ててでも阻止しようと、村の入口へと構え、下龍を迎え撃とうとしていた。


「お前…一人で出来るわけねえだろ!何してんだ!」


 横でロガーが彼女に声を掛けるも、視線を移さずただ「やるしかない」と呟くだけだった。


 そんな2人の横に先程の団長とボクジョの2名が並び、団長は改めて自身の妹に声を掛けた。


「アイリス。無謀な戦術は美徳ではない。お前を失うことでこれからの我々の組織に与える損害は大きなものになるだろう。行き急ごうとするな」


「……お兄様。ですが…防衛班の皆は、戦意を失っております。このまま下龍が侵入してしまった場合間違いなく彼らは全滅するでしょう…せめてその犠牲を、私一人に出来るのならば!」


「防衛班は戦意を失ってなどいない。お前が声を聞いていないだけだ。声を張り、伝えるのだ。先程のような慌てふためくようなものではなく、気高き騎士として…俺の妹として」


 団長の助言に口を挟まんとロガーが2人の間に割ってはいる。


「おい団長。防衛班は糞だぜ?さっきの涙の奇襲だって俺とアイリスしか動いてなかったしよ!逃げることにエネルギー使ってんだよあいつら!」


「彼らは動いていた。市民の安全を優先しつつ、後からやってくる3つの涙の対処もな。だからこそ、あの時俺がスムーズに分解することに成功した。」


「……え?」


「彼らが見ていないのではない。お前達が見ようとしなかった迄だ。もう一度向き合い連携するのだ。俺はその為にお前を班長に任命したのだ。アイリス」


「お兄様…?」


 団長として、更に兄としてアイリスに助言を渡す団長。その表情を不思議そうに見つめる妹から視線をロガーへとずらし、また口を開いた。


「ロガー。お前のポテンシャルは高い…勿論討伐班としてだ。だが、お前も個人で暴走しがちだからな。お前もアイリス同様、まずは連携を学ばねばならない。下龍討伐には連携が絶対だからな」


「…なんだよ急に!あんだけボコしといてよ!」


「それに関しては謝罪しよう。だがあれもまたお前を次世代の重要戦力として鍛え上げる試練のつもりだった。おかげで燃え盛っただろう?俺を越えたいと強くなりたいと」


「当たり前だろ!くっそ痛かったんだぞ!」


 団長に突っかかるロガー。そのまま彼の胸ぐらを掴み顔を近づけ語りかける。


「言い訳なんざ聞きたくねえ。これ終わったらまた俺と戦え!」


「なるほど、これから行うことが行動から想定すると、中々難易度の高い頼みだが、約束しよう。その代わりお前も…」


「「死ぬなよ」」


 前に踏み出す団長。村に戻ろうとアイリスの手を引くロガー。2人の最後に交わした言葉は揃って同じものだった。


「……さて、本当にやるのですね?団長」


 団長に続くボクジョが、彼の背中に語りかける。


「ああ、やってくれ。容赦はするな」


 団長の了承と共に、ボクジョは持参していた砲撃台に巨大な砲丸をセットする。


「獅子に乗るなど、正気の沙汰ではありませんよ?」


「それほど今回の下龍は規模が違う。行くぞ!寸分の狂いも許されない!3つの合図で撃ち込んで貰おう!」


「……はっ…やっぱあんたすげぇよ団長!行きまっせー!」


 2人は数を数え、タイミングを調整する。一発勝負…村の命運はこの2人に託されたと言っても過言ではなかった。


「「3…2…1…行くぜ!対下龍砲撃秘技!獅子舞紅蓮!!!」」


 勢いよく砲丸が放たれる。煌々と燃えるその砲丸に団長は1寸の狂いもなく飛び乗った。


 徐々に砲丸が獅子舞の形へと変化していく。自身も噛み殺されん勢いだったが、そこまで無策な団長では無かった。


「ビーオ・フェール・アイギス・ダブル!!」


 強固な防壁を2枚、獅子舞の口内へと嵌めて、その驚異から逃れることに成功した。そのまま軌道通り、下龍に突っ込んで行く。


「団長が飛んだ!今だ!!」


 待機していた砲撃部隊が下龍の頭部に集中して砲丸をぶち込む。流石の強度に破壊されるまでは行かなかったものの、爪痕を残すには充分だった。


 よろめく下龍。団長はそんな下龍に狙いを定め、真剣を抜く。そして下龍の眼前に迫った直後、防壁を解除し、獅子舞と共に頭部に突っ込んだ。


「分解連撃・滅龍羅破めつりゅうらっぱ!!」


 団長の取っておきの技と獅子舞が同時に頭部へと直撃する。


 現状、これ以上と無い最大の一撃。それは下龍の眉間へと打ち込まれ、漆黒に強化された頭部にヒビが入る。


「うおおおおおおお!!!滅せよ!!!下龍!!!」


 突き刺した真剣を無理矢理下へと切り込む団長。その瞬間、頑固に取れなかった岩石達が、音を立てて崩れていった。


 ただし、それは大量の濁流と共に…。


 岩石によって抑えられていた下龍の体内の水分が、岩石や龍の涙を巻き込み、物凄い勢いで放出された。


「兄さん!!危ない!!」


「…!!しまッ!!」


 一瞬、妹の声が聞こえた気がしたが、時すでに遅し。為す術もなく濁流に呑まれていく団長。その衝撃はまるで店の樹木や車等を巻き込んで押し寄せる津波を直接的に、更に至近距離で受けたようなものである。


 その身は大量の岩石らと何度も衝突し、白銀の鎧が無惨に破壊され、生身の状態となった後も容赦なく濁流が団長をもみくちゃに引きずりながら進んでいく。


 被害に遭ったのは団長だけではなかった。頭部を砕かれた衝撃であちこちから濁流が発生。剣を振ることに夢中だった討伐班の半分程度が、同じように濁流に呑まれ、ボロボロにされてしまった。


 下龍の大きさは半分程度に削られたが、それに対する代償はあまりにも大きすぎた。


 団員の1人がなんとか団長を救い出す。同時に気高く、人望深く、美しくあり続けた彼の無残な姿に絶望する事となった。


「団長…だんちょおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 鎧は砕かれ。右脚はありえない方向に曲がり、剥き出しとなった肌は大きく晴れ上がり、片目が潰れていた。頭部からの出血もある。どう見ても絶対に助からないことは明白だった。


「あ…ああ…お兄様…兄さん…ああ…」


 遠目だが、兄が呑まれていく姿を目の当たりにしたアイリス。膝から崩れ落ち、兄と同じ蒼い瞳から大量の涙を流し、ガタガタと震えた。


「あの団長が…くそつええ団長が…」


 同自分の超えるべき存在があの一瞬で再起不能なスクラップに変えられた瞬間を見てしまったロガー。驚愕、悔い、怒り、悲しみ色々な負の感情が混ざり合い脳内でカオスを産んでいた。


「兄さん…ハァ…ァ…アア…兄さん…ハァ…シ…ンダ…?イヤダ…兄さん…ハァ…ハァ…」


 そんな状態で、横でパニックに陥っているアイリスに気付いたロガー。


 カオスの中、まずはアイリスを落ち着かせなければならないという自身の使命を見つけ出しロガーは、アイリスに駆け寄り声をかけはじめる。


「…おいアイリス!落ち着け!過呼吸になってんぞ!おい!しっかりしろ!」


 必死にアイリスに声をかける。もはや悲しんでいる余裕もなければカオスに惑わされる余裕も無く、従って彼のカオスは簡単に収まった。というより収まらざる得なかった。


「アイリス!!立て!!立って作戦考えんぞ!兄貴は死んだ!このままだとお前もあのガキ共も死ぬぞ!いいのかよそれで!」


 ロガーなりに精一杯彼女に声をかけ続ける。アイリスはパニックになりながらもロガーの存在を認識し始め、そのまま本能的に彼にしがみつき、腕の中で号泣した。


「アイリス!!くっそ…こういうの苦手なんだよな…俺」


 急に異性から抱きつかれ、若干戸惑うも、そのままアイリスを担ぎあげ、無理矢理村にいる防衛班の元へ向かうことにしたロガー。


「団長も多分…悲しんでいる暇はないって言ってくるに違いねえ…とにかくこいつを防衛班の元へ連れてく…!団長が言ってたことがホントなら…あいつらにもしっかりこいつの心が伝われば、力を貸してくれるかもしれねえ!」


 アイリスを担ぎ、ダッシュで向かうロガー。そんな彼の脳内で、弱々しいながらも誇り高き、美しい男の声が自身を呼んでいることに気付いた。


 --アイリス…ロガー…。


「あ?なんだ?この声…どっかで…」


「…お兄様…お兄様の声だ…」


 団長からの脳伝達はアイリスにも聞こえているようだった。自分の最期の力を振り絞り、彼らに最期の言葉を託さんとする。


 --ロガー…アイリス…敢えてお前達に俺の最期の伝言を伝えよう。濁流は近うちに村へと直撃するだろう。それは大量の涙や岩石を含んでな。俺はもう助からん。残った者で対処せねばならない。アイリス、お前が指揮を取るのだ。濁流の到着まで時間が無い。


 --ですがお兄様…私はお兄様みたいに皆をまとめたりなんて…お願いです、助からないなんて言わないでください!私は…お兄様なしでは生きていくことなんて…!


 --俺だって初めから皆を動かす言葉の力を持っていた訳では無い。皆に向き合い、理解する事で初めて心が通じ合い、必然的に動くようになるのだ。それに、兄離れをするには絶好のタイミングだろう?


 --向き合うこと…。私はずっと…向こうに拒絶されていると勝手に思い込んで…自分から歩もうとしなかった…?お兄様も一緒だったんだ…それでも!お兄様といきなり死別するなんてそんなの───。


 --おい団長!!黙って聞いてりゃ勝手に死のうとしやがって!ふざけんじゃねえぞおい!!


 兄妹の尊きやり取りに横槍を入れるロガー。自身を負かした男があんな怪物に呆気なく散っていく様はロガー個人としても悔しく、やるせないものだった。


 --ロガー。約束を破ってしまい申し訳ない。だが…そんな約束破りな俺のお願いを聞いてくれないか?


 --なんだよ嘘つき!お前なんかのお願いなんて誰が───。


 --アイリスは…フル・ガイアを頼む。ロガーは…アイリスを頼む。


 その言葉を最後に、団長からの脳伝達は途絶えた。


 暫くロガーに担がれながら泣きじゃくっていたアイリスは涙を拭き、拳を握りしめ、歯を食いしばっていたロガーはそれを解く。


 いくら悲しもうが悔しがろうが団長は帰ってこないのだ。こうしている間にも濁流は迫ってきている。2人は前を向き、同時に自分らの仲間達にもう一度向き合うことを決意した。


「おい帰ってきたぞ…あの二人が…」


「何してたってんだ…下龍はどうなっているんだ…?」


 2人が戻ってきた瞬間にまたしても班内がざわつき始める。しかし、アイリスは彼らに真っ直ぐと眼差しを向けた。


 兄と同じ、蒼く気高い瞳で。


「皆さん!どうか聞いてください!先程、我々フル・ガイアの団長が下龍によって戦死されました。今現在、団長を死へと苦しめた下龍が産んだ濁流が迫ってきております。もはや時間はありません!どうか!皆様のお力をお貸しいただけないでしょうか!?」


「なんだと!?団長が戦死!?」


「団長無しであの規模の下龍をどう攻略しろと!?」


 団長の死…フル・ガイアにとってこれは最も大きな損失であった。団長自身の力も勿論大きかったが、それ以上に彼を失った事での士気の低下が目に見えて分かっていた。


 --やっぱり、嘘じゃねえかよ…。こいつらに戦う意思なんて…。


 横でロガーは、彼らを軽蔑していた。団長が信じた彼らがここまで軟弱な者達だったのかと。


 軽蔑は怒りへと変わっていった。団長を裏切った彼らへの純粋な怒りの感情。それはやがて自身の言葉となり、大趙雲の小さな村中に響いていた。


「お前らいい加減にしろよ!!いつまで逃げてるつもりだよ!お前らが大好きだった団長はよ!防衛班は戦意を失ってねえって!信じてたんだぞ!最期まで!!そんなお前らが!団長に認められたお前らが!逃げんのかよ!!ふざけんじゃねえぞ!!」


 感情的に言い放ったロガーの叫びは、暫くの沈黙を産んだ。その沈黙を破るように、アイリスが続けた。


「確かに団長はあなた達を信じておりました。そんな団長の意志を、妹である私は信じています。だからこそ、私と共に立ち上がってください。このままでは濁流がここを呑み込み、都市部が受け皿を用意する前に、最下層にある門をこじ開けるでしょう。それだけは避けなければなりません。力を貸してください!この危機を乗り越えられるだけの力を!お願いします!」


 アイリスは真っ直ぐと防衛班を見て、頭を下げる。揺れ動く銀色の髪。それを見てロガーも同じように頭を下げていた。


「班長。頭を上げてくれ、なんとかしなければならないが、団長を失ったことはあまりにも大きい。生半可な作戦では、恐らく歯が立たんだろう。自害した方が楽だ。抗うというのならば、地獄の苦しみを味わう覚悟をしなくちゃいけないのだぞ」


 防衛班のうちの1人が、ポツポツと語りかける。臆病だが、客観的な意見だ。アイリスは頭をあげて彼に決意の固まった視線を向ける。


「……作戦はあるのか?」


「あります。私にやらせてください」


「……分かった。俺は力を貸そう。見てみたくなった。団長と同じ目をしだしたあんたの力とやらを」


 “俺は”という表現からか、彼が力を貸した途端、次々と我よ我よと参加希望者が増えていく。結果的に防衛班の全員が、戦う意思を取り戻したのだ。


「班長!俺もやるよ。思い出したよ…俺もフル・ガイアの騎士だったって」


「ロガー!お前の叫びも響いたよ。悪かった。もう一度信頼してみてくれないか?」


 まとまりをみせ始めた防衛班。ロガーとアイリスは2人顔を見合わせ、喜びを分かちあったが、それ以上に急がねばならないことも思い出した。アイリスはまとまった彼らに再び語りかける。


「ありがとうございます!早速ですが、時間がありません!皆様には濁流を止められるほどの防壁を村の前にお願いします!」


 村の前へと急ぐ防衛班。遂にアイリス率いるフル・ガイアの反撃が始まった。


 防衛班全勢力が村の前に集まり、全員で1つの巨大な防壁を生成する。


 防衛を専門とする部隊が力を合わせて生成する強固な防壁は、間もなく到達したあの津波のような強大さを持つ濁流でも簡単に言う突破できるものではなかった。


「すげえ…完璧に防いでやがる…!」


 これにはロガーも驚き、防衛班の底力を理解した。


 しかし、安心するのもつかの間、濁流だけでなく残り少なくなった討伐班と戦闘を続けている下龍本体の姿が見えたのだ。さすがの合成防壁でも、濁流と下龍の両方を止めることは出来ないだろう。


 それだけではなかった。徐々に防壁と地面の隙間から濁流を形成する液体が漏れ始めて来たのだ。仮に液体だけでも最下層の門を破り、都市に漏れ出すと大きな被害が出てしまう。


「おいアイリス!液体が漏れてやがるぞ!どうする!」


「私達に任せて!」


 ロガーの後ろには、アイリスを先頭とする女性騎士の集団があった。彼女らは液体に手を翳し、分解術を唱える。


「「「分解術!グルート!」」」


 茶色に濁った汚水はやがて栄養成分と水の2つに分解された。栄養成分は大趙雲の地に吸収され、水分は大趙雲の持つ巨大な包港ほうこうと呼ばれる井戸へと誘導されていく。アイリスはこの性質を知っていたのだ。


 但し、濁流が連れてきた龍の涙達はまだ防壁の前で大量に溜まり、これ以上溜まると流石の防壁にもヒビが入らんとしていた。防壁で引き止めるだけでは根本的な解決にならない事に気付いたその時だった。


「これでも喰らえ!!」


 横から砲撃が打ち込まれ、涙達が砕かれ分解される。アイリスの脳伝達により呼び出された砲撃部隊が到着したのだ。


「アイリス嬢!どーよ俺達の獅子丸は!」


「完璧です!引き続き、涙に向けて大射撃を!」


「リョーかいっ!オラオラオラァ!!」


 ドンドン!とありったけの砲撃が涙達に直撃し、分解されていく。


 アイリスの起点と防衛班と砲撃部隊の連携により、団長を屠った濁流を止めることに成功したのだ。


 残りは下龍本体のみ、如何にして上手く削り、被害を抑え、“受け皿”に封印するか…巨大下龍とフル・ガイアの戦争は最終局面を迎えた。


 ギュオオオオオオン!!!!ギュオオオオオオン!!


 眼前迄に迫る下龍、既に後手に回り込み、剣を構える残りの討伐班、砲撃を当て続け、少しでも下龍を削らんとする砲撃部隊に村への防壁を固め、サポートに徹する防衛班全ての戦士達が、暴れる下龍を睨みつけていた。


 ギュオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!


 下龍の幾度なく続いた体当たりの結果、遂に絶対防壁が破られた。それに合わせたように、戦士達は立ち向かってゆく。


 討伐班が切り、こぼれ落ちた涙を砲撃班が尽かさず分解、防衛班は下龍の脅威を防壁で防ぐ今できる最強の連携術を持ってしても、今回の下龍は特にしぶとく暴れていた。


「まだか!?まだ受け皿は!」


「もう少し、時間がかかるかと思われます!」


 “受け皿”とは都市部のみに存在する充分に削った下龍を最期に封印する巨大な白き空間であるが、それは状況によっていつでも召喚できる時とそうでない時があるのだ。今回は不幸にも後者であり、少しでも多く削らなければ、門をこじ開け、都市部に到達してしまう可能性が大きかった。


 長い時間の激闘を得てしても、下龍に対する有効打は得られなかったが、防衛班の防壁と討伐班の誘導のおかげで、村への被害は最小限に抑えることに成功した。


 ただ、一本道の下層を突破した下龍は、充分な余力を残し、門へと迫っていた。


「だ…ダメだ!門に着いちまう!」


「防衛班!門の強度をありったけ強化してください!」


 最後の力を門の強度強化に使う防衛班達。まもなく下龍は門に到達し、激しい体当たりを始めた。


「下龍が門に到達したぞ!!」


「怯むな!少しでも削り、力を縮小させるのだ!!」


「門よ!!どうか受け皿到着まで持ちこたえてくれ!!!」


 願いも虚しく、下龍は強大な力を以て門に頭部を突っ込み、門をこじ開け始めた。


「やばい!!まじでやべえ…!!」


 防衛班と共に門の防壁を固めていたロガーは、事態の深刻さに焦り、下龍から目を話せずにいた。


「ロガー!よそ見をするな!諦めずに門を強化し続けるのだ!」


 隣にいた班員に諭され、再び防壁の強化に徹するロガー。しかし、彼の隙を見て再び下龍に視線を戻す。


 何故ならばロガーは見つけていたのだ。門に突っ込む下龍の首に、金色に輝く立派な剣が突き刺さっていたのを。


 --間違いねえ…あれは団長の剣だ…団長が死ぬ直前にぶっ刺したのか…?


 それは深々とくい込んでおり、下龍を必死に削っている討伐班の面々らはその存在に気づいては居なかった。


 --あれを…力いっぱい下に下ろせば…下龍の首が切断されて勢いを一気に潰せるかも知れねえ…!


 思いつきはしたが、同時に戸惑いもした。果たして自分にあの団長の剣を扱うことが出来るのかと…。失敗したならばこのまま抵抗虚しく下龍は都市部へと降りていくだろう。


 --でも…やるしかねえ…!!!


「…先輩、すんません!言うこと聞けないっす」


「ロガー!何を言って…」


「代わりに奴の首!思いっきり叩き切らなきゃなんなくなったんでねえ!!!!」


 ロガーは防衛班の先輩の制止を振り切り、団長が遺した剣の前に走った。


 下龍の巨体を登り、眼前に見える剣に手をかける。


「はじめまして…だなあ!糞下龍!!」


「ロガーが上に登った!」


「危ない!下がれ!!」


「あいつが持ってるの…もしかして団長の…?」


 突然のロガーの登場に全団員がどよめく。ロガーはその様子を上でしっかりと聞き、そのうえで皆に告げる。


「俺は!!!団長が遺した意志を引き継ぐ!!だから力を貸してくれ!!俺にありったけの力を!!」


 宣言と願いを叫んだ直後、両手で剣をしっかりと掴み、下に切り込まんと力を込める。


「うおおおおおおおおおおおおぉぉおおおおお!!!!!!!か、かてぇぇぇぇなああああああああぁぁぁ!!!!くっっそおおおぉぉおおおおおお!!!!!!!」


 固い!ロガーの力ではピクリとも動かなかった。やはり自分の力は弱いままかと悔し涙すら浮かべ、無謀な挑戦に没頭しようとしていたそその時だった。


「ほんっとに!あんたはいっつも!!勝手なことばっかりして!!!」


 アイリスがロガーの手を包み込むように剣を握りしめ、共に力を入れだした。


 アイリスだけではない。その後ろには全討伐班、防衛班、更には避難していた村人達みんなが彼らに駆け寄り、残った力を2人に分け与えていた。


「言ったなロガー!!ならば!俺達の力をお前にやる!!だから倒せ!!」


「ボコボコ兄ちゃーーーん!!!アイリスのおねえちゃーーーーーん!!!」


 先輩達に、あの3人組の子供達も持てる分の最大の力を2人に分け与え、同時に声援を贈る。ロガーはそれに応え、猛々しく吠えた。


「まっかせろおぉぉおおおおおお!!!!!!うおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 少しづつだが確実に剣は下に切り込まれていき、下龍の首に切れ目が入っていく。


「もう…ちょっっとおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 最後の最後まで踏ん張り、切り込み続けるロガーと、隣のアイリス。少しづつ…少しづつ首は切れていき、遂にロガーらの足が地に着くところまで切り込んだ。


「いっけええええええええええええ!!!!!!!」


「ロガーーーーーーー!!!アイリスーーーーーーーー!!!」


 強固で頑固で忌々しき下龍の首は、団長の剣と、それを受け取ったロガー、そしてアイリスを初めとするフル・ガイアの騎士達に本来守られる立場にある村人達を加えた全勢力の力によって、遂に胴体と切断された。


 それと同時に一気に勢いを消失させる下龍。殆ど動かなくなった巨体を確認し、ロガーは気を失った。


「やった…!」


「やったぞぉぉぉぉおおおおお!!!!!!」


 その場にいた全勢力が皆揃って歓喜する。ボクジョが気絶したロガーを持ち上げ、アイリスの手を引き、大衆へと向けて伝える。


「この機転を利かせ、我々を纏めあげた団長と同じ眼をした彼女と!最後に先陣を切って下龍の首を切断したこの男ロガーこそが!今回の最高貢献者と言えるだろう!団長は失ったが、我々は彼らという新しき光を手に入れたのだ!!」


「うおおおおおおおおおおおおぉぉおおおおお!!!!!!!!」


 急に注目されもじもじと恥ずかしがるアイリスをお構い無しに大衆は駆け寄り、気絶したロガーと共に彼女らを胴上げした。


 後ろで見守る村長は微笑み、新たな守り神の誕生を喜んだ。


 暫くして都市部は受け皿を用意し、力を失った下龍はそのまま真っ白な受け皿へと堕ちていった。


 ドポンッ!という落下音と共に……。


 ************






























 ガタガタガタガタ!!!という音と共に、手に紙を巻き付ける男の額には脂汗が滲んでいた。


 というのも、彼は先程まで長い長い便意という大敵との戦闘を、満員電車の中行い続けていたのだ。


 出勤前ということもあり、遅刻は絶対に許されない。最寄り駅まで30分程度耐え忍び、勤務先の最寄りに辿り着いた瞬間誰よりも早く階段を駆け上がり、個室にて用を足しきることに成功したのだ。


 その便意との格闘は、電子小説22000文字程度で書き記せるほどの壮絶なものだった。


 男は、力が抜けたように便座に腰をかけ、今回の大下痢の原因を探る。


 --まじで今回のはやばかったな…。ここ3日間下痢続きだったが、今回のは流石にお天道様がお見栄なさったぜ…。


 --やっぱりあれか?スーパーで消費期限ギリギリの半額刺身が当たったのか?子供の頃から腹弱かったけど…。半額待ちすんのもうやめよ…。


 半額の刺身という結論に辿り着き、今後一切これを断つことを心に誓いながら、公衆便所を後にする。


 --もう1個、食っとくか…。


 彼は勤務先の前にあるコンビニに入り、昼飯に食べる弁当と1個のヨーグルトを手にする。


 フル・ガイアヨーグルトというそれは、お腹の弱い彼にとってもはや必需品となっていた。

お食事中の人すみませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ