ジュノー王家の末裔
世界は灰色のままであった。ストーンサークルのある草原の近くの洋館の屋根の上に ' ネコ ' がいた。灰色ではあったものの、草原にはさわさわとした風が吹いていた。風見鶏がカタカタと動いている。
「ネコル......ネコル......」
不意に朝顔の声が聞こえたような気がした。しかし、' ネコ ' の横に現れたのはチチカカと名乗る少女であった。最近、' ネコ ' は朝顔の幻の声をよく聴く。
「わらわは、チチカカ・アハナ・ドゴリコである」
「にゃーん」
「わらわは、チチカカ・アハナ・ドゴリコである!」
「にゃーん」
チチカカは2回名乗ったが、' ネコ ' はにゃーんとしか言わない。
「呆けておるのか? ニコル」
「にゃーん」
「ニコル・クーン・ジュノーよ、しかし、お前に用があるのはわらわではない。わらわの後ろにいる"黒い衣を纏った者"じゃ」
そう言って、チチカカは後ろを振り返った。
"黒い衣を纏った者"は ' ネコ ' に語りかけた。
「ニコル・クーン・ジュノー、呪いをかけられし者よ。さて、お前の上位者である ' S.P.N.V ' がお前の呪いを解くと言っている」
「にゃーん」
"黒い衣を纏った者"が一歩前へと進み出た。黒い衣からリィンと機械的な音がした。
「遥かなる昔、呪いをかけられし者よ、選択権はある。このまま ' ネコ ' として永遠に生きるか? それとも呪いを解かれ人間に戻るか? 人間に戻ればやがて年老いお前は死ぬことができる。あるいは ' ネコ ' のまま永遠の時を生きるか?」
「にゃーん」
何を言われても ' ネコ ' はにゃーんとしか言わない。"黒い衣を纏った者"は語り続けた。
お前の上位者 ' S.P.N.V ' は、ジュノー王家の末裔、お前の数代前のクロウ・クーン・ジュノーが創りし〈最終者〉ノヴァだった者だ。お前の知っているあのノヴァのことだ。
クロウ・クーン・ジュノーは〈薬師〉ノヴァの ' 遺伝子ノード ' を使用し〈最終者〉ノヴァを創造した。生命兵器製造技術を応用してな。〈薬師〉ノヴァを愛していたとはいえ狂った男であるよ。
「ノヴァ......」
' ネコ ' はノヴァという言葉に反応した。
〈最終者〉ノヴァは自らの意思で肉体は滅ぼしたが、' S.P.N.V ' となり今もこの宇宙全ての空間・全ての時間を見守っておるよ。クロウは自分が何を創造したか分かっておらぬだろう。
お前に呪いをかけ、' ネコ ' にしたのも ' S.P.N.V ' であるがな......ニコルよ、ノヴァと初めて出会った時のことを覚えておるか?
まあ良い、さてお前はどうする? ' ネコ ' のまま永遠を生きるか?
「にゃーん! にゃーん! にゃーん!」
〈最終者〉ノヴァを創りしクロウ・クーン・ジュノーの子孫、ニコル・クーン・ジュノーよ! しかし、お前の罪は消えない。
ニコルよ、お前が人類最後の人間となるはずだったのだ。
しかしお前はまるで神にでもなったかのように、もう一度この世界に人間を創り出した。ジュノー王家の子孫はみな狂人であるか。
そして今、お前の創り出した人間の子孫達もディエタ・アハナ・ドゴリコに皆食い殺された。
ニコルよ、運命は変えようがない。もう一度人間に戻ることを選択せよ。そして、再びお前が人類最後の人間となるのだ。
上位者 ' S.P.N.V ' の使者たる"黒い衣を纏った者"がそう言うと、ニコル・クーン・ジュノーは人間の姿となった。それは腹の出た犬顔の中年男であった。
猫であった者が犬顔というのもおかしな話しではあるけれども......ニコル・クーン・ジュノーとクロウ・クーン・ジュノーはそっくりなのである。
黒い衣からまたリィンと機械的な音がした瞬間、"黒い衣を纏った者"とチチカカ・アハナ・ドゴリコは消えた。
さて、' ネコ ' が人間に戻ったことで ' ネコ界 ' も消失した。' ネコ界 ' にいた ' 時を司る者 ' や上級カモノハシ達はどこかの時空軸へと転送されたようである。




