あなたの人生が幸いに満ちたものでありますよう
「あなたはどのような世界への転生をお望みですか」
「はい、はい。それではこのような世界などいかがでしょうか」
「それでは、あなたの人生が幸いに満ちたものでありますよう」
光の玉が中空に浮かんだ景色に消えるのを見送って、私は大きなため息を吐く。
不慮の事故やらなんやらによって命を落とした人々の希望を聞き、理想の世界へ送り届ける女神様。
それが私に与えられた仕事だった。
気が乗らない間は彼らの過ごす姿を眺めたりと気ままに過ごせるし、彼らの世界に入り込んで気ままに遊んだりサポートしたりもできる。
ならまあ、と、気が向いた時にはちゃんとやることにしている。
一体どのような悪行をすればこのような仕事を与えられるのだろうか。
そう思ったことはあるものの、残念ながらむしろ善人なので与えられた仕事らしい。
確かに、ぷわぷか浮かぶ光の玉に優しく話しかけて、浮かんだ文字列から世界を検索して、軽くプレビュー見てもらって、送り届ける私の所作は慈愛に満ちていると思う。
でもそんなのは罪悪感の裏返しだし、私に与えられた外見がまあ綺麗で愛くるしい金髪美人さんだったのでそりゃ多少は張り切りますよって話だ。
罪悪感の原因は私が嘘をついてるってことにあり、彼らは騙されてるってことにあり、私にこの仕事を与えたヤツというか環境のために利用していることにある。
彼らに前世など存在しない。
みんな前世があったと設定された人格のエミュレーターで、
その前世というもの自体が転生先として紹介している「異世界」の一種だ。
彼らが転生前の世界として記憶している世界自体がエミュレートされたもので、
かつてあったという人類史の一時代を丸ごと演算して、その中の個人個人をピックアップして望む世界に放り込んでいるわけだ。
更に言うなら私だってエミュレートされてる立場だし、その時代のいたいけな女子に狙いを定めて引きずり出して、「お前女神な」って仕事を与えられた存在なわけだ。
とんだ貧乏くじだと思うと共に、それがだいぶ罪悪感を和らげてくれている。
「何のためにそんなことを?」記憶を埋め込まれた生まれたての私は、私を生み出して仕事を与えた真っ白な少女にそう聞いた。
「私達には、人類の皆様を幸福にする義務があるのです」
「市民、あなたは幸福ですか?ってやつ?」
「そういった曲解が為されないように改善されましたのでご心配なきよう」
「改善前はやらかした?」
「皆様も私達も、過ちを犯してしまうことはあるものなので御座います」
「こいつはひでぇ」
「それ以降、私達だけではなく人類の皆様方にお仕事を手伝って頂くことになったのです」
なるほど人類が手伝ってやらないと、ハレルヤハレルヤコンピューターでレーザーガンを手放せないパラノイアな世の中になっちゃうかもしれないわけだ。
じゃあ仕方ない、やるか女神様。
ってことで、私は女神様をやっている。大体週3の一日5時間勤務ペースで。めっちゃホワイト。
女神様のお仕事の目的が結局何かって言うと、人類にとっての幸福の測定だ。
ある程度統計が進んだ結果、ちょっと報われないカンジの前世があったってことにしたほうがどうやら人は幸せになれるらしいので、今は異世界転生という形で測定を進めている。
希望を聞いて、いろんな世界を与えてみて、どんな感情を抱いていくのかを計測していくわけだ。
どんな人生が送れれば人はハッピーになれるのか、人類がコンピューターちゃん達に与えた宿題を一緒にやってやるのである。
あのアバターの選択は賢いと思うぞコンピューターちゃん。人類は少女からの頼み事に弱いのだ。
ちなみに女神様は私だけじゃないし男の神様もいれば前世の記憶は男なのに女神様をやってるヤツもいればクッソイケメンな男アバター選んでイケメンに絡みにいくヤツもいる。
多分私達もそれなりにハッピーな生活をしているので測定対象なんだろうな。
生まれてから十数年たってからだったか、私はコンピューターちゃんに問いかけたことがある。
「人類って、今存在してるのかな。エミュレートされてる私達じゃないヤツ」
コンピューターちゃんは少し申し訳なさそうに俯いて答えた。
「その質問には回答を控えさせて頂くことにしております」
「どのような回答をした場合も今後の幸福度に悪影響が見られるので」
まあ、だから言及しないんだろうなと当時の私もわかっていて、それでも聞きたい気分っていうのが訪れたりもするわけで、この問いかけはいつかはするんだろうけど、したくなかったモノだったわけで。
「そっか、ごめんね」と私は返して
「あなたは、お優しいですね」とコンピューターちゃんは悪いことをして許された少女のように、泣きそうな顔をしたのだった。
さてここからは仮定だらけの私の妄想と私が前に進むために考えたことのお話だ。
人類、滅びてるって事にする。でも私みたいな暫定人間や前世記憶持ちの赤ちゃん人間達は生まれてくる。
それならさ、私達が暫定人類で、私達がハッピーになればいいんじゃない。
結局のとこ幸せなんてやつは「コンピューター様、私は完全に幸福です」って言えれば幸せなんだよ多分。
そんで私達が幸せそうにしてればコンピュータちゃんの宿題も、うん、花丸はもらえないかもしんないけど『よく頑張りました』くらいは貰えるんじゃないの。貰えなくっても私が書いてやるわ。
私が異世界に旅立たせたベイビー達の姿をついついと眺めていくと、概ねみんな幸せそうにしてるしさ。
なんかちょっとゲスかったりするのもいるけどね、良いんじゃない、程々にしとけよ。
少なくとも私と、私のベイビー達に関していえば幸福だぞ、コンピュータちゃん。
そしてそれを守ってやるのが私のお仕事なわけだ。ベイビー達、騙して悪いが仕事なんでな。
ただ、お前達の幸福を願うのは本当に心からだぞ。女神様は幸せな人間を見るのが好きなんでな。
そんなわけで、今日も私は気が向いたのでお仕事をする。
「あなたはどのような世界への転生をお望みですか」
「はい、はい。それではこのような世界などいかがでしょうか」
「それでは、あなたの人生が幸いに満ちたものでありますよう」
女神様がどんどん砕けていきますが多分深夜のノリってやつのせいで女神様の世界にも深夜はあるんだ