朝起きれば
目覚ましに起こされるわけでもなく、自然に目が覚めたタイミングで起きる。休みの日はそれができるのが一番好きだ。時計を見れば十時をすでに過ぎていて、昨日の雨がなんだったのかと言いたくなるくらいに太陽の光がカーテンの隙間から溢れている。
六時間くらいは寝たが、それでも頭はまだ働いていないので少しぼーっとしながら洗面所へと向かう。リビングから廊下に繋がるドアを開けようと手を伸ばすと、俺の手が触れる前にドアが開いた。
「あ、おはようございます」
「お、おはよう」
上下ジャージ姿の香坂がドアの先に立っていた。ゴミ袋を片手に、玄関わきに置いてあった片手サイズの箒と塵取りを持っているので掃除をしてくれていたようだ。リビングの入り口付近に掃除機もあるが、俺が寝ているから使わなかったのだろう。
「朝から掃除してくれているのか。ありがとう」
「いえ、これくらいしか今はできませんから。このまま起きるなら掃除機もかけていいですか?」
「二度寝する予定はないからお願いします。風呂に入るから、しばらく洗面所には来ないでくれ」
「はい。じゃあ掃除しておきます」
掃除をしてくれるのは助かる。ゴミもそんなにはないと思うが、自分でやるとつい適当になって掃除機も適当にしかかけないから、隅の方とかは埃が溜まっているはずだ。
シャワーを浴びてリビングに戻ると、すでに掃除を終えたのか香坂が昨日の食事の時と同じ位置で座っていた。
「もう掃除も終わったのか」
「結構綺麗にされていたのですぐに終わりました」
「物が少ないからな。ゴミさえ片付けていたらそんなに汚くならないさ」
「隅の方はホコリが溜まってましたが、それ以外は男性の一人暮らしにしては良いのではないかと思います」
一人暮らしの息子の家の様子をチェックしにきた母親みたいだ。うちの母親はどちらかと言えば放任主義なので、チェックしにも来ないし、来たとしてもうるさく言われることはないだろう。
今の香坂は一日経ったからなのか、昨日よりはリラックスした雰囲気をしている。普段学校で見かける時のような落ち着いたというか一歩引いたような雰囲気でもなく、昨日のような緊張した感じも薄くなっている。
少しの間香坂の顔をじっと見つめていたからか、恥ずかしそうに顔を逸らしたので、俺も慌てて視線を逸らす。
「あまりパソコンとかは使わないのか?」
「動画見たり調べ物をしたりはしますが、何時間も使うことはほとんどないですね」
俺としてはパソコンかスマホがあればずっと時間を潰せるが、無いとどうすれば良いかわからない。逆に普段から他のことで時間を潰している香坂にとっては、パソコンだけだと飽きるのだろう。
「そういえば倉橋くんのパソコンは大きかったね」
「最近のゲームをそれなり以上でやろうと思うと、パソコンのスペックも必要になるからな。ノートパソコンとかでもスペックの良いやつはあるけれど、高いし拡張性がないのがね」
「そうなんですね。あまり詳しくないのでよくわからないのですが、やっぱり大きい方が良いのですか?」
「絶対に良いってわけでもないけれど、小さい方が熱はこもりやすい。それにusbとかのさせる数も少ないし、データが増えてきた時に追加でSSDとかを足すにはスペースが必要だからね」
最近のゲームは容量も大きいから、色々手を出すと512GBのSSDでもいっぱいになったりすることもある。録画とかするとすぐに容量がいっぱいになるから大変だ。
「まあ、なにをするための物かによって良い物は変わるからな。香坂みたいに動画を見たり調べ物をするくらいなら、むしろ動かせるノートパソコンの方が良いよ」
「あのパソコン重そうですからね。模様替えですら大変そうです」
家の中くらいなら動かせないことはないが、配線し直したりすることを考えれば面倒だ。
話していると時間が経つのが早い。とは言っても、まだ11時半で、橙子さんからの連絡もない。
「ゲームしないのですか?」
俺が欠伸をしながらスマホで時間を確認したのを見たからか、ここを離れても良いと言葉の裏に含ませた質問をしてくる。
暇だからゲームをするのもありだが、同じく暇そうにしている香坂を置き去りにしてゲームをするのも気がひける。
「朝は人が少ないし、時間もそんなに長くできないだろうから今はいいよ」
「そうですか。対戦ものだと途中で抜けるのも悪いですからね」
俺の言葉に少しホッとしたような表情を一瞬見せたので、やっぱり暇なのだろう。人の家で一人寛ぐのは難しいのはわかる。スマホもないから、時間を潰すとすれば俺のノートパソコンになるが、人のパソコンだと変なことはしないとしても使いにくいだろう。
「普段はゲームばかりなのですか?」
「まあ、ゲームが多いけど、夜やってたようなやつ以外にも色々やったりしてるし、ゲーム以外も色々手は出してるな」
バトロワ系だけでなくFPSとか、前はMMOもやってたし。あとはゲームだと、どれだけ早くクリアできるかっていうスピードランもやったりしてる。
「凄いですね」
「とは言っても、手を出してるだけだがな。どのジャンルでも上手い奴には勝てないし、何時間もかけてやっとまともにできるようになっているだけだから」
要領が良いとは言われるが、自分ではあまりそう思わない。そのジャンルに突出した人間には勝てない。たしかに苦手は少ないが、それでは埋もれて終わりだ。もう少し全般的に上手ければ話しは変わってくるが、結局は少しできる程度なんだよな。
「楽しければそれで良いのではないですか。その道で生きていくにしてもトップでなければダメというわけではないですから」
「それもそうだな。自分が楽しめることがまずは一番大事だもんな」
「ええ。好きなことがあるというのは良いことですし」