クリスマスといえば
「おはよう。お兄ちゃん」
「おはようございます。倉橋くん」
休みの日だからこそできる朝日とともに就寝というゲームをやり尽くした後の至高の睡眠を、肩を思いっきり揺さぶられて中断させられた。
カーテンを閉めても入ってくる日差しがうっとおしくて付けていたアイマスクを外してみれば、顔を覗き込むように近づけている鈴音と、その少し後ろで香坂が苦笑いで立っていた。
「おはよう。そして、おやすみ」
何時だと思ってるんだよ。まだ十時にもなっていないから、こっちはまだまだ眠たい。別に何かをする約束もしていないのだから、二人で遊んでおけばいい。
「何二度寝しようとしてるの。せっかくのクリスマスなんだから起きて」
再び下ろそうとしたアイマスクを思いっきり引っ張って取り上げられた。
クリスマスだからどうしたんだよ。外に出ても人が無駄に多いだけだから、こういう日は家にいるのが一番だ。
「で、何か用か? 朝ご飯はいらないから昼まで寝るって言っておいただろ」
昨日は朝からご飯を用意したから食べろと起こされたので、今日は事前にご飯はいらないと鈴音に伝えたはずだ。
「クリスマスだよ。クリスマス!」
「プレゼントなんてないし、クリスマス気分を味わいたいなら勝手に出かけてこい」
「そうじゃないよ。クリスマスといえば限定ガチャでしょ。あと石五個で十連引けるから石貯めるの手伝って」
こいつも、俺と同じで優先事項は自分の趣味だってことを忘れていた。
鈴音は俺と違って人前ではゲームとかの話もあまりしない。俺みたいに完全に浸かっているわけでもなく、和也みたいに両立しているわけでもない。家と外ではキャラが違うタイプの人間だ。
家モードの鈴音が、クリスマスだからって出かけようなんて言うはずもなく、俺に頼るということは自分では難しいか面倒になっているということだろう。
「もう課金しろよ。どうせ十連だけじゃ欲しいの出ないだろ」
「今月分の課金はもうしたからダメ。イベントクリアしたら足りるからお願い」
ソシャゲのガチャなんて欲を出せば途方も無いものだからな。家で決められている月五千円の課金程度じゃ、運が良くないと欲しいものなんて当てられない。
「ソシャゲやMMOの課金には気をつけるんだぞ。数万で済めばまだ良い方だと思え。やるなら覚悟を持ってやるんだぞ」
「ははは……私は見てるだけで良いです。可愛いキャラがいっぱいで面白そうですけれど、大変そうですから」
暇つぶしやったり、楽しんでやっているうちはいい。だが、イベントの順位を気にしだしたり、イベントの報酬がとか言い始めたあたりから一気にきつくなってくる。無課金でやろうとすれば時間が必要になるし、楽しようとすればどんどん課金しないといけない。まあ、イベントの最上位なんて廃課金しても楽どころか手を休める暇すらないのだが。
「ここなんだけど。クリアとサブクエストコンプできれば石貯まるの」
鈴音がやっているソシャゲは、俺も以前にやっていたものだ。今でも鈴音の手伝いや暇つぶし程度にやってはいるのでだいたいはわかっているが、イベントの高難易度に関しては全てクリアしているわけではない。
昨日から開催のイベントの最難関クエストなんて、まだ手を出しているはずもなく、完全に初見なのでとりあえず鈴音に挑戦してもらう。
パソコンの電源をつけて、とりあえず攻略サイトを見る。まだ完全な攻略情報は載っていなく、敵の情報などがある程度載っているだけだ。参考にはなるので、そのページは開いたままSNSの書き込みなども確認する。丸一日経っていなくてもクリアしている人はそれなりにいるので、スクショなどで見えているキャラを調べてパーティー編成を考える。
何度か挑戦しているうちに、かなり惜しいところまでは行けるようになった。ゲームにもよるが、このソシャゲはクイズを解いて攻撃するタイプのものなので、間違えずに時間内に正解するというプレイヤーの力も問われる。問題自体は簡単なものが多いので、あとは知っているかどうか。
鈴音はプレイ時間が長いのである程度覚えてもいるが、それでもそれだけではわからない問題も多い。ソシャゲなのに、隣で見ている俺と香坂も一緒にハラハラとしながらクイズを解いている。
「次スキル使うの忘れるなよ」
「わかってるって。うわ……二色か三色の問題しかない」
「まあ、行くしかないわけで、どのジャンルを選ぶかだな」
「私的には芸能かスポーツだけど、スポーツは三色だし、芸能も二色はわからないことの方が多いんだよね」
問題の色が多いほど難しい問題になっている。単色がないのなら、なんとか二色以上を解くしかない。俺と香坂もいることを考えれば、芸能よりはスポーツか雑学だろうな。
ここまでに何度か誤答しているうちの大半が鈴音のミスである。さすがに自信がなくなってきたのか、すぐに芸能を選ぶことはなく、俺と香坂を見て雑学にする?と聞いてきたので頷いておく。
「じゃあ、二人とも頼むね」
鈴音が問題を選択する。四択の問題なので問題文と選択肢が表示される。
「群馬県ですね」
「岩宿だろ。他は聞いたことないし」
ほぼ同時に俺と香坂が答えを言う。鈴音が俺と香坂に確認の視線を送ってから解答を選べば、攻撃が始まって敵の魔物のHPがなくなった。
「さすがだね。二人ともよく知ってたね」
「知らないけど、他の選択肢を聞いたことがなかったから。大阪のは聞いたことあるけど、今城塚って古墳だろ?」
「前方後円墳ですね。残りの二つは貝塚があります」
日本で初めて石器が見つかった場所という問題だったが、選択肢があればそれっぽいのを選べばいける。
香坂は知っていたようだが、そのあたりは日頃の努力のおかげなのだろう。こんな場面で活きたとして、勉強している甲斐があったかと言われれば微妙なところだが。
「あとはスキルとこの単色問題を解けばクリアだ! いやー、二人とも助かったよ」
さすがにフラグ回収とはいかずに間違えることなくクリアまでいき、満足したのかソファーに勢いよく寝転ぶ。
もう昼も回っているので、クリアするのにかなりの時間がかかった。半分以上はスタミナ回復のための待ち時間だったわけだが、慣れないことに集中すると疲れるものだ。
俺の太ももの上に足を乗せ、香坂の膝枕で寝転んでいた鈴音がスマホを突き上げる。欲しかったキャラの一体が当たったようで、香坂に見せながら喜んでいるが、香坂はそれがどのくらいの確率なのかわかっていないようで緩く良かったねと言っている。
鈴音もこんなに人と仲良くなるタイプではないと思っていたが、香坂のことを気に入ったのか懐いている。ちょっと自由にしすぎなので、香坂が嫌がっていないか心配になるくらいだ。
「鈴音。終わったなら俺もゲームするからどいてくれ」
「えー。もうこんな時間だから、あっくんのところ行ってこようかな」
「行くなら荷物も持っていけよ。邪魔だから」
「はーい。じゃあ、つーちゃんまた連絡するね」
「はい。いつでも大丈夫ですので」
バタバタと荷物を片付けて家を出て行く。どうせ明日には実家に帰るから会うので忘れ物があっても大丈夫なのだが、持って行くのも面倒なので忘れ物がないか先に確認して、鈴音を見送る。
「なんだか一気に静かになった気がしますね」
「まあ、うるさいくらいな奴だからな」
慣れているし、本気で嫌そうにすればやめてくれるので問題はないのだが、香坂は初めて会うので疲れたかもしれない。
部屋に戻ると、当然のように香坂が飲み物を用意してやってくる。いつものように机に置かれたコーヒー。一口飲もうとして、ふと手が止まる。朝から鈴音が騒がしかったから気にしていなかったが、クリスマスなのにいるんだな。
「クリスマスだってのに用事とかないのか?」
あるって言われても、なんでここにいるのかと困るだけ。ないと言われても、それはそれでどう返せばいいのか困る。普段なら聞かないはずのことなのに、鈴音といてペースが狂ったのか、気がつけば聞いてしまっていた。
「ないですよ。私もこういうイベント毎に参加するのはあまり好きではないですので。一緒にいる相手にもよるとは思いますが」
言い寄ってきているだけのどうでもいい相手と一緒にいる気はないと。まあ、どうでもいい相手と人混みの中でかけてイルミネーションとか見るくらいなら、一人で見に行く方が良さそうな気もする。絶対にやらないけれど。
「気が合う人となら良いとは思うのですけれどね。親と見に行ったりするのは楽しいですから」
「それはまた違う気もするけどな。楽しみ方ってのが全然違うだろ」
それは単純に見ることで楽しんでいるだけで、クリスマスがとか雰囲気がとかは関係なさそうだ。
「まあ、考えても仕方ないことだし、ゲームでもやるか」
「そうですね。しばらくできなくなるので、今年最後のゲームですね」




