予定は未定とも言うが
単純作業はあまり好きではない。いや、それも語弊があるか。
効率的に行えるように考えながらする単純作業や、積み重ねることで上手くなったり、何かを得られるのであれば反復作業だとしても好きである。MMOでレアドロップを手に入れるために周回するのは好きだし、FPSでエイム練習のためにBOT撃ちをするのも嫌いではない。
目的のためにひたすら繰り返すというのは、上達するために、成功させるために必要なものだと思うから許せるが、無意味な繰り返しというのは面倒なことこの上ない。
「この壁の見た目良いですね」
「石よりもこっちの方が良さそうだったからやってみたけど良かったの。鉄はいっぱいなくなっちゃったけど」
「見た目に拘るのも良いと思いますよ。せっかく作るなら綺麗な方が良いですからね」
「うん。お兄ちゃん鉄ない?」
「下降りてきたらかまどに入ってるから」
鈴音のパソコンにゲームをインストールしたりして二人の元に行くと、やっていたのはなぜかサンドボックス系の建物とかを作ったりできるゲームだった。
別に何のゲームをしていても良いが、鈴音にノートパソコンを渡して、別のゲームでもやろうとしたところを止められて一緒にやることになった。
最初は二人が作っていた拠点の周辺を整地したり探索したりしていたのだが、途中で装備を良くするために地下に素材を取りに行ったら、そのままずっとブランチマイニングをさせられている。ブランチマイニングも最初は効率がとか考えたりしていたが、さすがに一時間とか平気で経ってくると完全に作業と化す。
まだ距離感を掴みかねている香坂と、自然体で好き勝手にやっている鈴音。さすがにここで俺が投げ出して、ずっと二人きりにするのは駄目だろう。
というか、探索とかしないならアイテムを無限に出せるクリエイティブモードか何かでやればいいのに。数を見ながら何を使うか考えて楽しそうにしているので言いはしないけれど。
「飲み物とってきますね。鈴音ちゃんは何がいいですか?」
「私は紅茶かな。砂糖二つ入れたやつ」
「ふふ。じゃあ、用意してきますね」
うーん……溶岩は怖いけれど、飽きたから真っ直ぐ掘ってる間は自動でやらしておくか。動画でも見ながら、鉱石が出てくるのを待とう。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何? 今設定してるところなんだけど──ッ!」
「ここ、お兄ちゃんの家だよね? 夏休みに来た時よりも綺麗に整っていると思ったけど、つーちゃんに全部やってもらってるの?」
イヤホンを引っ張ってとられ、膝の上向かい合うように座ってくる鈴音。じとっとしたその目は、怒っているようにも見えるが、さすがに妹が怒っているかどうかくらいは仲の良い兄妹なのでわかる。怒ってはいないが、面倒そうなやつだ。
「いや……家事とか好きだから勝手にやってくれるんだよ。別にやらせているわけじゃない」
「お兄ちゃんだって一通りできるでしょ。申し訳ないとか思わないの?」
「そりゃ思うし、嫌だって言うならやらせないよ。できるとするは違うし、するとさせられるも違うんだよ」
「ふーん。ちゃんと見てるなら良いんだけどさ。人の好みってよくわからないね。あんな気遣いのできる良い人がねえ」
そんなのこっちこそ知るかよ。気がついたら居場所を作られていたのだから。
もし、誰が悪いかって話をするのならば、悪いのは六角か香坂自身だ。
「そういやお腹空いてきたね。ご飯作ろっかなー」
「作る? お前が? 何にもこの家にはないぞ」
「食材は買ってきたから大丈夫。三人だとちょっと少ないかもだけど、物足りなかったら買いに行けばいいもん」
買ってきたっていつの間に。まあ、ここに来る前だろうけれど、冷蔵庫にでも入れていたのか。全然気がつかなかった。
膝の上から元気よく飛び降りやがったので、反動をつけるために押された胸の下あたりが痛い。放っておいて香坂に迷惑をかけたら申し訳ないので、いったんゲームのサーバーを止めておいて俺もリビングに移動する。
「まあ、使ってないから綺麗だね。これなら軽く洗えば問題なさそう」
「鈴音ちゃん料理するの?」
「うん。お腹空いてきちゃったから。つーちゃんも食べてってよ」
「では、お言葉に甘えて。何か手伝いましょうか?」
「場所も道具もないからいいよ。そんなに凝ったものも作らないし」
鍋を取り出してシンクに置く。一応洗ってあるが、鈴音的にはアウトだったようだ。一ヶ月くらい使っていないからほこりでも入っていたのだろう。
鞄をガサガサと漁れば、中からフライパンが一つ。調理器具がないことも知っているので、しっかりと対策してきていた。
「手際良いですね。料理は良くするのですか?」
「あんまりしないけどね。お母さんが料理の先生とか昔やっていたから教えてもらったの」
母さんが家事全般をテキパキとこなすので、実家にいるときは手伝う余地すらほとんどなかった。手伝うというよりは、教えてもらうために手を止めてもらっていた感じだ。教えるのも好きなようなので、鈴音がやりたいと言ったら快く教えてくれてはいたが。
「私は料理をするのも好きですけれど、お母さんも料理は得意というわけではなかったので、しっかり教えてもらったことはないですね」
香坂の料理も美味いと思う。バランスも考えられているから十分だとは思うが、手際や見た目の華やかさという細かい部分は、ただ作っているだけでは難しいのだろう。
できない人から見れば上手くても、本人からすればまだまだ。それはどんなことでもあることだ。和也とかからすれば、俺のゲームの腕はかなり上手いように見えるみたいだが、索敵の正確さや咄嗟のエイムの合わせ方、動いている相手へのエイムの吸いつき、どれも少しずつ足りないところがあって、実際に戦うとその少しずつが大きな差に感じる。
「教えてもらえるっていいですね」
「一緒に教えてもらう? 春休みとか長期休暇なら家に来て教えてもらったらいいじゃん。お母さんは教えるのも好きだから、喜んで許可してくれるよ」
「え!? で、でも、近いわけじゃないだろうから迷惑かけちゃいますし」
「お兄ちゃんならあっくんの家にでも泊まっていてもらえばいいし。お父さんは邪魔だけど」
これが反抗期の娘を持った肩身の狭い父親の姿か。父さんもパソコンやゲームを含む電化製品系の長い話がなければ、悪いところはないと思うんだけれど。
俺だけでなく、母さんにもなんの確認もしていないわけだが、駄目とは言われないだろうな。
「では、もし機会があれば」
「じゃあ、大丈夫そうな日があれば連絡するね」