慣れてきた日常
「あっ! 今起こしに行ったらダメだ!」
「わっ!? あっ、ああ……ごめんなさい」
ダウンしている味方を起こそうと岩陰から出た香坂の体力が一秒も保たずに無くなる。向かいの岩の裏から、味方がいた場所は射線が通っていたので、飛び出れば狙われるのは仕方がない。俺たちがいた場所からは相手の位置が見えないので、その前の銃声と味方のやられた場所から相手の位置を把握しないといけなかったので、香坂はわからずに助けに行ったのだろう。
状況を確認する前に、先に伝えておけば良かったが、今更そんなことを言っていても意味がない。今はこの状況を打開する方法を考えないと。
「……まじか。挟まれてる」
俺を狙った攻撃ではなく、香坂を倒した相手への攻撃だったが、その攻撃は俺の後ろ側から銃声がした。味方二人を起こすという選択肢は不可能。逃げようにも前と後ろのパーティーの両方から射線が通ってしまう。
どちらかを潰すしかないのか。前に行く方が倒した後が楽だが、前は三人残っている。味方のやられ方を見るにそこそこ上手い人がいるのは確定だから、ワンチャンを狙うなら後ろか。
決めたならば行動するのみ。両側から狙われればなすすべがないので、こちらを狙ってくる前に接敵しなければならない。
急ぎつつも気づかれないように銃声が鳴っている間に動く。姿が一瞬見えたが、最低二人。いける。自分にそう言い聞かせて、深く息を吸い込む。
確実に初手で一人落とす。飛び出して目に入った相手に一気に滑りながら近づき、フルオートの銃のワンマガジンを撃ちきる。完全に位置を把握する前に飛び出したのでエイムがぶれて落としきれなかったが、すかさず銃を持ち替えて一人倒す。もう一人の相手がこちらを攻撃してくる。真正面からの撃ち合いで互いに体力が削れていくが、わずかに俺の方がエイム差で上回る。目の前の敵が倒れ、デスボックスに変わったのを見て息を吐き出す。俺の体力も残り三十ほどまで削れていたので、あと一人いれば無理だったな。
「一人で二人をあんなに一瞬で倒せるのですね。すごいで――あ」
「あー……まあ、あれだけ銃声がすれば顔出してくるよな」
やりあっていたもう一つのパーティーが、戦闘直後の弱っている俺を狙って撃った弾が、きれいにヘッドショットに決まりあっけなく全滅した。やりあっているのがわかったら、向こうも行動してくるのは仕方がない。
「私があそこでやられたせいで……すいません」
「敵の位置の把握って難しいから仕方ないよ。あの距離で確実に倒してきた相手も上手かったからね」
それなりに距離はあったので、あそこでダウンを取られたのは相手が上手かったからというのが大きい。飛び出したのが迂闊な行動であることにも間違いはないが、そのあたりの判断がやっていくうちに経験でわかるようになってくるものなので、まだ慣れていない香坂には難しい。味方のやられ方を見て、相手が上手いかどうかなんてすぐにはわからないだろう。
「やっぱり難しいですね。考えることが多いです」
「基本はやっぱり慣れだからな。何度もやって、何が良かったか、何が悪かったかを覚えていくしかない」
「気楽にやるゲームも面白いですけれど、こうやって上手になるために考えるのも楽しいです」
それを楽しんでやれるのなら向いていると思うよ。教えてもらっただけではできないから、何度も実際にやるしかない。人によって向き不向きなどもあるから、教えてもらったことが自分に合うとは限らない。そういうのを考えながら、試行錯誤していくことで上手くなってくる。
eスポーツのスポーツっていうのが、的を射ていると思うくらいには、スポーツと同じような感覚かもしれない。
「今日はこのくらいにしておきます。倉橋くんはこのまま続けますか?」
「このまま後一時間くらいやって、そこから和也とやる予定」
「再来週にはテストですけれど、大丈夫なのですか?」
「いつもこんな感じだしなんとかなるさ。勉強しないわけじゃないし」
そういやもうそんな時期か。ちょっと前に中間テストがあったばかりだと思ったけど、もう期末テストか。テスト期間は授業が短くなったりして楽だから嬉しい。
「成績は悪くないって聞いているので大丈夫だとは思いますが、ゲームばっかりしているとダメですよ」
「はいはい。まあ、赤点なんて取って補修とか再テストになったらゲームの時間が減るから、そんなことにはならないようにはするさ」
「倉橋くんらしい答えですけれど、それで点数がとれるなら良いです。じゃあ、まだやるなら飲み物でもいれてきますね。コーヒーで良かったですか?」
「ありがとう。コーヒーで良いよ」
テストか。どうせ、テスト対策は彰がくれるだろうから、それがくるまでは適当に暗記系でもやるか。まあ、来週になってからでいいだろう。
部屋から香坂が出て行ったので、ゲームのマッチングを開始する。イヤホンをつけなおしているうちに画面が切り替わったので集中しなおす。好戦的な味方なようで激戦区目掛けて降下していくので、敵の位置を確認して空いている建物に入って物資を漁る。すぐに戦闘音が少し離れた位置で鳴り出したので、回収しながら音の方向に向かえば、やりあっている敵の横を突くことができた。
「味方の人上手いな。向こうは任せるか」
やりあっていた片方のグループに味方が突っ込み二人倒した。逃げる残りの一人を追いかけに行ったので、俺はもう片方のグループに攻撃を仕掛ける。かなり削りあってくれていたようで、一人はすでにダウンしていて、もう一人は二発あてただけでダウンになる。最後の一人が建物に逃げ込み、ドア越しににらみ合う。
「回復持ってないのなら負けないな」
回復をする様子がないので持っていないのだろう。持っていたとしても今からでは使い終わる前に攻撃できるので変わりはない。ドアを壊して突撃すれば、相手は武器すら持っていなかったようで、一発だけ殴られたがあっけなく勝負は終わった。
「コーヒー置いときますね」
「ありがとう」
いつの間にか戻ってきた香坂がコップを机に置いて俺のプレイを見る。デスボックスを漁りながら持ってきてくれたコーヒーを一口飲んで、ほかの敵がいないか探しに行く。