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雨に濡れた少女 2

「シャワーまで貸してもらってありがとうございました」

「あのままだと風邪ひきそうだったからね。気にしなくていいよ」


 20分ほどそわそわとしながら動画を見ていると、肩の少し下まである髪をまだほんのり湿らせたままの状態で香坂がリビングに入ってきた。

 先ほどまでは冷えて少し青白く思えた肌も、シャワーで温まったのかほんのりとピンクに染まり、サイズの合っていない俺のジャージを着ている姿は心臓に悪い。


「何かあるか?」


 あまり香坂を見ていると変態扱いされそうだから視線をノートパソコンに移す。先ほどまでは面白かった動画も今では頭に全く入ってこず、ただ画面が移り変わるのを見ていることしかできない。

 部屋の入り口で立ち止まったままキョロキョロと部屋の中を見渡しているが、変なものはないはずだ。


「いや、部屋が全然違うなって思いまして」

「そりゃ男の一人暮らしと女の一人暮らしじゃ全然違うだろう」


 ましてや、俺は自分でもわかっているほどに部屋に置いてあるものが少ない。部屋がだだっ広く感じるくらいにスカスカだ。はっきり言って、今の半分の大きさの家でも問題ないくらいの物しか置いていないが、このマンションに決めたのは両親なので、俺はありがたく使わせてもらっているだけだ。広いから掃除が面倒だけど。


「そ、そうじゃなくてですね。私の部屋と違って広いなーと思いまして」

「そういうことか。このマンション、三階までは一人暮らし用の部屋だからな。香坂は三階だったっけ?」


 俺たちの住むマンションは一階から三階までは一人暮らし用のワンルームで、四階より上は家族向けの2LDKの間取りになっている。香坂が乗ったエレベーターが三階で止まったのを見たことがあるから三階に住んでいるはずだ。


「三階のちょうどこの部屋の真下ですね。私の部屋もワンルームとはいえ広めだと思ってましたが、上の階はこんなに広いんですね」


 ワンルームでもたしか10畳以上あったはずだもんな。収納もしっかりあったはずだから一人暮らしにしては十分すぎる広さだろう。


「真下ってことは、窓の鍵開いてたりしないか?」

「いえ、残念ながら。学校に行く前にはいつも鍵の締め忘れがないか確認してますから。それに今日は雨だったので閉め忘れて部屋が水浸しなんてことがないようにしっかり確認しました」


 まあ、そりゃそうだよな。一人暮らしの女性ならそういうところはしっかりしておいた方が良いだろうし、香坂はきっちりしてそうだから俺みたいに確認もせずに出ることなんてなさそうだ。


「ってか、朝から雨だったから傘は持ってたはずだろ。なんであんな濡れてたんだよ」

「途中の側溝に鍵を落として、慌てて覗き込んだ時に傘がどこかに引っかかって壊れてしまいまして」

「どんくさすぎるだろ……」

「……お恥ずかしい限りで」


 鍵も傘も同時に無くすなんて絶望的な状況だ。だからこそ、あんなふうにマンションの下で座り込んでいたのだろうが。

 幸いなことは、鍵が溝に落ちたなら鍵を拾われてどうこうってのは無いだろうってことか。とりあえず今日をどう乗り切るかだな。


「この後のアテはあるのか?」

「親に連絡できれば予備の鍵を預けてあるので持ってきてもらえると思うんですが」


 連絡するための携帯を携帯していないと。携帯は携帯しないと意味がないのはわかっているが、忘れた時に限って何かあったりするんだよな。だいたい、何かあることがわかっているなら、事前に回避しようとするわけだから、突拍子もないタイミングで来ることがほとんどなわけで。


「番号はわかるか? 俺のスマホで連絡してみればいい」

「番号は何かあった時のために覚えているので大丈夫です。すいませんが、お借りします」


 スマホを受け取って廊下へと出ていく。わざわざ部屋の外で電話をかけなくともここでかければいいのにと思ってしまうが、彼女の性格的に許せないことなのだろう。人の性格や価値観は考えても仕方がない。

 風呂上がりの彼女が部屋から出て行ってくれたのは精神衛生上良かったと思うことにしよう。手を出すつもりはないが、あんな状態でそばに入られたら意識するなという方が無理な話だ。


 ため息を吐いてソファーにもたれかかる。相手が香坂でなく、男子だったらこんなに気を使ったり緊張したりすることもないのだが、このマンションにほかに同じ学校の生徒は見たことがないし、あんな儚そうな手を差し出さないと消えそうな雰囲気をした香坂だったからこそ見て見ぬふりができずにこんな状況になってしまったのだろう。

 悪いことをしているわけではないというか、むしろ香坂を助けることができているので後悔はしていないが、今日はこの後、疲れて何もする気が出ないな。




「え!? 本当に言ってるの?」


 香坂が部屋に入ってきたので停止していた動画をもう一度再生しようとしたところで、廊下から驚いた香坂の少し大きめの声が聞こえてきた。

 ちょっと時間がかかるとかだろうか。高校生で一人暮らしするということはこの近くに実家があるわけではないだろう。車で数時間くらいかかる可能性はある。


 ゆっくりとドアを開けて、俺の様子を窺うように恐る恐る見てくる香坂。別に数時間くらいここにいさせてくれというのならいてくれても別にいい。気まずいなら俺はファミレスとか時間の潰せるところに出ててもいいし。明日は学校が休みだから、今日中に何かをしないといけないってことはないからいくらでも時間を潰すことはできる。

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