救いの手は差し伸べられない
「ハルト元気ー?」
「うっせえ、やめろ」
机に突っ伏しながら和也と話していると、六角がいつの間にか来ていたようで、俺の前髪を持ち上げて顔を覗き込むように近づけてきた。
ふんふんと何かを確認するように頷きながら見つめてくるので、髪を持つ手を叩き落とす。
「いたっ! ちょっと何するのよー」
「うざいから。人の顔を間近でじろじろと見るな」
「えー、見たっていいじゃん。噂の女の子ってどんなのかなー?」
ニヤニヤと笑っているので、見たいというよりもからかいたいのだろう。香坂から話を聞いていることを完全に隠す気はないらしい。どうせバレていると考えてのことだろうが。
金曜日に彰と服を買いに行ったのと、土曜日に香坂と買い物に行ったのを、両方とも誰かに見られていたようで、今日学校に来ると噂になっていた。彰のおかげで、俺だとはバレていないというか、彰の彼女か何かだと思われているようだ。良かったような、完全に女子に間違えられていることを嘆くべきなのかはわからないが、頼んだ甲斐はあったようだ。
目の前にいる和也と六角はわかっているようなのであとで追及されることは確実だろうが、この二人は言いふらしたりはしないので問題ないだろう。
「彰とも仲良かったんだな。学校で一緒にいるところなんて見たことなかったけど」
「あいつとは小学校の途中から一緒なんだ。目立つから学校では用がなければ話しかけるなって言ってある」
「悠人らしいけど、それは彰がかわいそうな気もする」
「あいつは人付き合いに困るような奴じゃないからいいんだよ」
注目されることには慣れているし、堂々と人を使うことにも慣れている。今回もわざわざ俺と買い物に出て、それを人に見られたということは、見られることすらもわざとなのだろう。しばらくはあれが彼女だということを完全に否定することはないはずだ。クリスマスに向けてのブラフってところか。
「しばらくは女子の騒ぎが続きそうだな。男子は香坂さんがフリーだと思ってアタックする人が増えるのかな?」
「両方関係のないことだ。邪魔にさえならなければいい」
どうせダメ元でもアタックする奴ってのは減らないだろうから、そんなに変わりはないと思うが。中学の頃だって変わりなかったし。
周りが何を言ったって、悪いことをしているわけではないので、当事者である彰や香坂が本当に嫌だと言わない限りは完全に収まることはないだろう。
「というか、お前ら知っているなら一緒にゲームやれよ。昨日とかログインしていただろうが」
「二人の邪魔しちゃ悪いかなって思ってさ」
「誘われないからそっとしておこうかなーってね」
「いやいや、そういうのいらないから。野良じゃさすがに上手い人と仲間にならないと勝てないんだよ」
土曜と日曜の二日間で十試合くらいは香坂と一緒にプレイしたわけだが、仲間に上手い人が来た時に二位までいけたのが一回だけあったくらいだ。さすがに一人でキャリーできるほど、俺だって余裕があるわけじゃない。
和也ならVCをつないで連携をとれば、まだ野良でやるよりは勝率は高いだろう。それに負けるにしても、知り合いとやっている方が気が楽だから、香坂としてもやりやすいだろう。
「とは言っても、俺は香坂さんと仲良くないからなあ」
「そんなこと言ったら、俺も話すようになって一週間ちょいだぞ。すぐに慣れるって」
「まずはリアルで話してからかな。同じ学校に通っているのにVCで初めましてはおかしいだろ?」
それはそうだが、俺としては今日からでも来て欲しいんだけど。隣でプレイしているからこそ、負けた時に少し申し訳なさそうにされるのが若干気まずい。和也か六角がいてくれたら話で繋げるが、俺一人だと話すことなんてなくて、合間の時間に無言になることも多い。負けた後はそうなることが多いので気にしてしまうのだ。
「でも、VCならそんなに気まずくなったりしないでしょ? 椿ちゃんもハルトも話し続けるタイプじゃないから、無言になってもお互い大丈夫そうだし」
「無言は大丈夫なんだけどな……」
「そうだよね。あれ? ……ということは、一緒にやってるの!? 冗談で言ったのに、思ったより積極的で驚きだよ」
「やっぱりお前の悪知恵か。こっちはいろいろ大変なんだぞ」
「冗談だけどねーって言ったんだけどね。聞こえてなかったのかな? あはは」
「ああいうタイプは真に受けるタイプだろうが……」
「ごめんってー。でも別に悪いことじゃないでしょ? 椿ちゃん家事とか好きだから、ハルトの家にいたら掃除とかしてくれるだろうし」
確かに助かってはいるけれども。でも、問題はそこではないんだよ。お前がいらないことを吹き込むから、こっちは苦労しているんだぞってところなんだ。むしろ、よくやったとでも言いたげな表情には溜め息しか出ない。
結果が問題ない今の状況では、何を言っても流されて終わりだろう。六角としては面白い状況になっているから結果オーライって感じだろうし。
諦めて机にもう一度突っ伏せば、六角が横から頬っぺたを指でつんつんと押される。無視していれば、チャイムが鳴るまでの残りの二分くらいの間、ずっと続けてから教室に戻っていった。