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デー……二人で買い物に

 日陰にいると少し肌寒い。もうすぐ昼だというのに空気はひんやりといしていて、一週間前の暖かさはどこに行ったのだと聞きたくなる。時間を見るためにスマホを持っていた手の指先が冷えてきたのでポケットに手を入れて温める。

 昨日の夜、晩ご飯を持ってきてくれた香坂が、顔を合わせて早々、家に入れるためにドアを開けて挨拶を交わした直後に「明日楽しみです。予定は大丈夫ですか?」と期待の混じった視線を向けられれば、その場で断ることなどできなかった。俺が頷いてしまえば、もう止まることはなく、ご飯を食べ始める頃には待ち合わせの時間まで伝えられてどうすることもできない。たぶん、六角あたりが入れ知恵しやがったのだろう。


 待ち合わせの時間は十二時ちょうど。朝から家を出なかったのは、たぶん俺がいつも休みの日は昼近くまで寝ていることを考えての時間だろうが、準備をするためにいつもより早く起きたので少し時間が余ってしまった。

 風情も何もないマンションの前が待ち合わせの場所。待ち合わせなどでは意外と時間に余裕を持たせて行動する俺と、気を使って合わせようとする香坂。その両方を考えて近場での待ち合わせにしたのだろう。時間ぎりぎりか少し遅れてくる和也に対して、いつも若干イライラしてる俺のことを知っているのは本人である和也と六角くらいなので、誰に助言を求めたかなんてすぐにわかる。

 ぎりぎりまで家の中で待っていようかとも思ったが、家にいるとパソコンの電源をつけてしまって離れられなくなりそうだったので、まだ十五分前だったが家を出ることを決意した。たまには頑張ることもある俺を評価してほしい。たった五分で折れそうになった心を励ましていると、エレベーターが下りてきた音が聞こえた。


「お待たせしまし……倉橋くん?」

「おはよう」

「お、おはようございます。どうしたんですか、その格好は?」


 今日の香坂は少し裾の長い紺色のダッフルコートの下からは白いひざ丈のスカートが見えている。脚は黒いタイツで覆われていて、寒さもあるから二―ソックスなどではないだろう。いつもの比較的ラフな服装や制服ではないお出かけ用の私服姿は、先週橙子さんに連れられて食事に行ったときにも見たが、二回目で慣れるはずもない。


「知り合いに頼んだらこうなった。変か?」

「い、いえ。変ではないですけれど、見慣れなくて驚いただけです。一瞬女性かと思いました」

「やっぱりそう見えるよな。顔と体型的にこっちの方が合ってるって言われてな」

「たしかに似合ってますよ。私は好きですね」

「そ、そうか。なら良かった」


 いや、本当に不意打ちはやめてくれ。学校にいる時のように気を張れとは言わないが、言葉選びくらいは少し考えてほしい。

 口に入りそうなくらいまで伸びた前髪は普段はセットされることもなく顔の半分以上を隠しているが、今日は軽く視界に被る程度で流している。夏前から髪を切っていないのでぼさぼさになっていた髪は彰のカットで少し軽くなったが、長さはそこまで変えられていないのでブラシで整えると肩につきそうな長さがある。

 少し首元の広いVネックのゆったりしたセーターとぴっちりしたスキニーのデニムは、両方とも女性用のブランドだったが、これが一番まともだったのでこれにした。何故か最初はスカートを持ってきてガチで女装させようとしてきたので、それだけはなんとか着る前に回避した。結局、男物の服より女物の服の方がカモフラージュしやすいのと、似合っていると勧められたので折れたわけだが。


「じゃあ行くか。あんまりゆっくりしてると配達に間に合わないし」

「そうですね。行きましょうか」


 パソコンのケースは重たいのでネットで注文して夕方に届くことになっている。それまでに買い物を済ませて帰ってくるのが目標なので、選ぶ時間を長くするためにもこんなところで無駄な時間を消費しているわけにはいかない。

 駅前まではバスで十分ほど。歩いても三十分かからない程度だが、往復のバス代をけちるよりはさっさと着いた方が良い。香坂が家にいる時はそんなに気まずくないが、それは話さなくてもゲームをやっていればよくて、香坂も見ていたり自分でプレイしていることで楽しんでいるからだ。歩いている何もない状況で無言を貫き通すのはきつい。


 駅から続く大通りのバス停なだけあって、バス停に着いて時刻表を確認している間にバスがやってきたのでそれに乗り込む。時間帯もあってかバスの中は比較的空いていたので、空いている二人掛けの席に座る。


「空いていて良かったですね」

「昼間だからな。本数も多いからそんなに混まないだろうけど、座れるほどだとは思わなかった」


 座れるとは思っていなかったので、バスの座席で横を向いた時のこの距離の近さも頭になかった。知らない女性が隣に座っていてもなんとも思わないが、こうやって隣同士で話をしているときにふと体が当たると気になってしまう。当たらないようにできるだけ端に座りなおして、ひじ掛けに体重を乗せる。


「こうやって女性っぽい格好をしていると、遥香ちゃんが倉橋くんのことを可愛いって言っていたのもわかります」

「あいつめ人のことを面白おかしく伝えやがって」

「結構言っている人はいるみたいですよ。それよりもいつも寝ているかだるそうにしているという感想が強いだけで」


 実家にいた時は母さんが服や髪についていろいろ言ってきたから、その名残で入学してからしばらくは髪もさっぱりしていたのはある。セットせず寝起きそのままのような感じだったので爽やかという印象はないだろうが、短い分顔は見えていただろう。第一印象はましだったかもしれないが、六月くらいからは学校で寝ていた記憶しかないから、覚えている人もいないと思っていた。


「意外と人のことも覚えているもんだな。気にもされていないと思ってた」

「倉橋くんが周りに興味がなさすぎるだけですよ。私のことも全然覚えていないですし」

「何かあったっけ?」

「いえ、気にしなくて大丈夫です」


 何があったか覚えていないが、ほほ笑みでかわされてしまったので、これ以上聞いても答えてくれないだろう。実は小学生の頃とか幼稚園の頃にとか、そんな話はないはずだ。幼稚園の頃は確実ではないが、その頃ならむしろ親が知っているはずだし、小学生以降の転校生に関しては彰しか知らない。


 考えてもわからないことを無駄に考え続けるのは好きではない。香坂もそれで怒っているとかそんなことはなさそうなので、そっとしておくことにしよう。

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