頼み事は計画的に
金曜日だからか、聞こえてくる話声にも週末の予定についての内容が多くある。誰かが明日駅前に遊びに行くだなんて話をしていないか気になるが、あまり聞き耳を立てるのは良くないので近づいたりはせず、いつも通りぼーっとしている。
……まあ、聞こえてきた分に関しては仕方がない。今のところ駅前に行く話は聞こえてきていないが、俺の近くで話をしていないだけで、明日同じ時間帯に駅前に行く予定がある人は少なからずいるだろう。
「明日って暇か? 暇なら昼からゲームしねえ?」
「明日は用事がある。夜か明後日ならできる」
「土曜日の昼に出かけるなんて珍しいな。なんだ? デートか?」
心底驚いたかのようにオーバーなリアクションを見せた和也は、その後にニヤニヤとしながら俺の顔を覗く。うざい絡みだが、悪意を全く感じないからこちらも嫌な気分にはならない。わざとらしく溜め息を吐いて顔を上げる。
「別に何でもない。パソコンを見に行くために駅前まで行くだけだ」
「あれ? パソコン壊れたのか?」
「そういうわけじゃないけど、たまには見に行くのもいいかなって」
「ふーん。じゃあゲームは夜にでもやろうか」
何かを隠しているのはバレただろう。和也相手にしらを切り続けるのは難しい。察しの良い奴だから、下手に嘘をつき続けるよりは、追及されたくないという態度をとる方が手っ取り早い。
俺の言わんとすることがわかったのか、和也は椅子に座りなおして紙パックのジュースを飲みほした。
他愛のない話をしながら昼休みの時間を潰していれば、急に廊下が騒がしくなる。時間的には昼休みも終盤。そろそろ早い奴はクラスに戻ったり授業によっては移動教室のために教室を出る頃だ。
「彰と香坂さんか。あの二人が並んでいると絵になるな」
廊下を男子と女子のトップ人気が二人で歩いているから騒がしくなったのか。たしかに美男美女が連れ添って歩いている姿は絵になる。二人とも人気があるが、だからこそ互いに釣り合いのとれる二人がくっつくのが良いと思っている人もいる。今のところ二人ともそんなことはないと否定はしているが、今後どうなるかはわからない。俺の知ったことではないのでどうでも良いことだが。
「騒がしいのはやめてほしい。あんなにまとまって歩いてどうするんだよ」
「もうちょっとほかに感想はないのか。まあ、学校くらいでしかあの二人に話せる機会がないから。少しでも近づきたい奴は、休み時間は良いチャンスなんだろう」
付きまとわれる身にもなれよと思うが、時間は有限でもあるからアピールしたい奴にとっては死活問題でもあるということか。まあ、今は十一月だから、来月に向けて忙しい時期なんだろう。和也には六角がいるから気にもしていない感じだし、俺はゲームしていたいから人付き合いなんてあまりしたくない。
クリスマスなんて、クリスマスセールでゲームが安く買えるから嬉しいだけで、寒い中人混みに出かけるなんて面倒なこと極まりない。
「悠人は彼女とか作る気はないのか?」
「逆に聞くが俺の性格で彼女を作れると思うのか?」
「ゲームの時間を彼女に割けばいけるんじゃないか? 容姿は悪くないだろ。不健康そうで背が低いのが欠点だけど」
「バカにしてんのか? それにゲームの時間をわざわざ割くくらいなら、彼女なんていらないね」
身長はどうだっていいだろ。小さくて困ることなんてそんなにないし。
自分の容姿がどうとかはそんなに気にしていないが、イケメンに分類される和也に言われてもムカつくだけだ。彼女が欲しいわけでもないから、見た目にこだわろうとも思わないし。
「ゲームの時間を邪魔しない彼女なら良いのか?」
「そんな奴がいればな。空いてる時間のほとんどをゲームや趣味に費やして文句を言わないなんて無理だろ」
「まあ、普通はそんなもの好きいないよな。放置されているくらいの方が良い人か、一緒にゲームができる人くらいか」
一緒にゲームができる、ね。いやいや、それはないだろう。どちらにしろ、付き合うとなれば相手を好ましく思っているか、それしか選択肢がないようなパターンかだ。香坂のようないわば選び放題な人種が、わざわざ俺のような人間を選ぶとなれば、よっぽどの理由が必要になる。
たった一日の恩義で人生を棒に振るような人間だとも思えないし、純粋に興味があるだけだろう。期待するだけ損ってものだ。
「倉橋君、紫峰院君が呼んでるよ?」
「え? ……ありがとう。ちょっと行ってくる」
廊下の方を見ると俺のクラスの女子に伝言を頼んだ本人である紫峰院彰が、教室と廊下をつなぐ窓に寄りかかりこちらを見ていた。和也に行ってくると言って一人で彰のもとへ行く。
「学校では話しかけるなって言っただろう」
「悠人が気にし過ぎなんだよ。それに用があるなら直接話した方が早いでしょ」
「……わかったから少し離れるぞ。ここだと視線がうっとおしい」
話している邪魔をしないでくれるのは良いが、彰に集まる視線がうざくてゆっくり話をすることもできない。教室から出て、近くの階段の踊り場まで行く。
「それで、わざわざ何の用だ?」
「服の用意を頼んだのは悠人でしょ。やっぱり選ぶなら本人がいた方が手っ取り早いし、ぱっと見誰かわからないようになんて、服だけじゃなくて髪とかもいじった方が良いから教えようかと思ってね」
香坂と出かけるのがほぼ確定なので、少しでも隠せないものかと考えた結果、彰に相談したわけだ。彰とは小学校の途中からの仲なので、この学校では一番俺のことを知っている人物だ。
こいつは文武両道、容姿端麗と完璧超人なので、女子からの人気が凄い。同じ高校に行こうと誘われたときに、条件として学校では平穏に生きたいから近づくなと言ったため、俺と彰が仲が良いことを知っている人はいない。
「今日の放課後に僕の家に来てね」
「それだけなら直接じゃなくて良かっただろ」
「たまにはいいじゃん。悠人ってば休みの日も遊んでくれないし」
「ゲームはたまに付き合ってやっているだろ」
「ゲームも面白いけどね。ほかにもいろいろしたいのさ」
俺としては彰といると疲れるからお断りだ。外に出れば視線が集まってうざいし、家で何かをするにしても、彰は負けず嫌いなのでちょっとしたことでも勝負したがる。手を抜いて負けても喜ばないので、毎回勝負に付き合えばかなり疲れるのだ。
「じゃあ、また放課後に。学校から一緒に帰っても良いけど、それは嫌がるだろうから、僕の家まで来てね」
「それなら許す。俺より先に家に帰っておけよ。待つのは面倒だ」
学校で声を掛けてきたかと思えば、本当にちょっと話すだけのためだったのか。機嫌良さそうに歩いていく背中を軽くにらんでから教室に戻る。
今になって、あいつに頼んだのが間違いだったと思ってきた。一人で悩んでも解決しないだろうから頼んだが、いっそ何もせずに行った方が良かったのではないか。教室に入ると何があったのか気になるようで俺に視線が集まるが、何か聞かれたりする前に机に伏せて寝たふりをする。