なかったことにはならないようで
昨日のことが嘘だったのじゃないかと思うくらいには、学校では香坂と顔を合わせることもなく学校からの帰り道を歩く。
香坂だって本気で言ったのではないかもしれない。単純に俺が勘違いしていただけの可能性もゼロではないので、下手に考えるより何も考えずいつの間にか忘れていたくらいでちょうど良いのかもしれない。
……昨日のタッパー返しに行きたくないな。できれば一週間くらいは顔を合わせたくない気分だ。
「今帰ってきたのですか。遅かったですね」
同じ学校、同じマンション。そりゃあ偶然顔を合わせることくらいあるだろう。俺が六角を待っていた和也と放課後に話していて少し遅くなったのと、買い物をして帰ってきた香坂が同じタイミングでマンションに着くのだって、確率としてはそんなに低くはないはずだ。
だからと言って、こんな日に鉢合わせなくたって良いだろう。
「和也と話してたからな」
「早川くんといつも一緒にいますよね。遥香ちゃんからよく話を聞きます」
「和也くらいしか仲良い奴いないからな」
そういえば、月曜に六角が香坂から俺のことを聞かれたとか言っていたな。六角と仲が良いなら一緒にゲームとかやらせても良いかもしれない。香坂が自分でゲームをやりたいっていうのならだけど。
「今日はゲームするんですか?」
「すると思うけど。むしろしない日なんてほとんどないんじゃないかってくらいだね」
FPSはさぼるとすぐに下手になる。本当にこまかい動きや反応が勝敗に関わってくるから、感覚が鈍るとそれだけで全てが上手くいかなくなる。だから、毎日少しでも良いから触っておかないと、やろうと思ったときに仲間の足を引っ張ることになってしまうんだよな。
「本当にいつもやっているんですね」
「好きでやっていることだからな。まあ、絶対にやらないといけないわけでもないし、ずっと集中してやっているわけでもないしな」
「私が行っても迷惑じゃないですか?」
「……別に問題ないけど、集中してるときはあまり話しかけられても反応できないぞ」
「それくらい問題ないです。見てるだけでも楽しいと思うので」
面と向かって断ることはさすがにできなかったので流されてしまう。別に嫌というほどではないのだが、二人きりで一緒にいるのは気まずい。そんな俺の気持ちをわかっているのか、それとも無意識なのかはわからないが、いつもより楽しそうな表情を浮かべている香坂は立ち止まる俺を置いてエレベーターに乗る。
「じゃあ、二時間くらいしたらいきますので」
エレベーターのドアが閉まり、一人エントランスに取り残された。何が目的なのかはわからない。純粋にパソコンとゲームが目的なのだろうと思い込むことにして、無駄な考えはやめておく。家に来るくらいには気を許されているのは確かだが、期待しても勘違いだった時がむなしいだけだ。
一時間半なら少しゲームをしておくこともできるが、中途半端になるのも嫌だから、少し寝て時間を潰すか。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。食べるの早いですね」
「男なんてこんなもんだろ」
きっちり二時間後にやってきた香坂は、自分の食事は終えて俺の分だけタッパーに詰めて持ってきてくれた。見られているという恥ずかしさもあって食べるペースが早くなったのはあるが、ゆっくり食べるとお腹が膨れて持ってきてくれた分を食べきれなさそうだったのもある。それでもそんなに早いというほどではないだろう。話しながらとか、何か他のことをしながらとかでなく、黙々と食事をして数十分も使えない。
「洗うくらいはするから、置いといてくれ」
「洗剤は持っていたのですね」
「暖かい飲み物のためにコップを使うくらいはするからな」
料理はしないが、インスタントコーヒーをいれたりするくらいはする。それに、一人暮らしを始めるにあたって最初に親に一通りは買ってもらったから、使っていないだけであることはあるんだよな。
洗い物だけ先に済ませてパソコンのある部屋へと移動する。何からしたいのか聞くとパソコン本体から教えてほしいと言われたので、ケースを開けて中のパーツから説明していく。
「この光っているファンのおかげで冷やせているんですね」
「熱が出にくい性能の低いCPUとか使えば、ヒートシンクだけつけてファンレスとかもできるんだけど、ゲームを快適にやろうと思うとスペックも必要になって熱も出るから、ファンはクーラーには必須だけどケースにもあった方が良いかな」
ゲーミングPCになるとエアフロ―とかも気にした方が良い。エアフロ―を気にしなくても普通に動くが、熱がこもって途中で制限がかかったり、パーツの寿命が短くなったりする可能性がある。
「この長くてでかいのがグラフィックボードってやつで映像の処理とかしてくれるやつ。ゲームするならこれがないとまともに動かない。多分、香坂が持っているノートパソコンだとこれがないから本当に軽いゲームとかしかできないだろうな」
「そうなのですね。これってノートパソコンには付けられないのですか?」
「もともと付いてるやつもあるけど結構値段が高いし、外付けで付けられるのもあるけどそれはかさばるからな」
「じゃあ、倉橋くんがやっているようなゲームをするには、こういう大きいパソコンの方が良いのですね」
「ここまでのサイズじゃなくても良いけど、デスクトップパソコンの方が良いかな」
それに光らせるなら自分でカスタマイズできるデスクトップの方がいい。結局は好みの問題と、使い方や使う場所の問題になってくるので、絶対というのはない。
一通りの説明をしたら今度はゲームを始める。香坂を椅子に座らせてトレーニングモードを始めれば、チュートリアルで操作の説明をしてくれる。
キーボードでの操作は慣れるまではかなり難しい。パッドを使っても良いが、どっちにも慣れていないならキーボードとマウスでの操作に慣れる方が設定とか面倒じゃないから良いと思う。
「あう……指が届かないです」
チュートリアルで順番にキーを押しているだけだが、移動のためのWASDに左手を置きながらマップのMを押そうとしているので指が届かず困っている。
「一旦どっちかの手を離せば良いんだよ。戦闘中に使う必要がないからキーが離れていても問題ないというか、むしろ誤爆しないようになってるから」
「う……そうですね。地図出ていたら攻撃もできないですし、画面も埋まってますもんね」
「すぐに確認したいとかなら間違えないキーかマウスのサイドボタンにでも割り当てを変えれば良い」
「場所も自分で変えられるのですね」
押しにくい場所とかはあるし、すぐに使いたい時に使えるようにキーの割り当てを変えておくことはとっさの場面で活きる。俺は移動しながらファンクションや数字キーを押すのが苦手だから、メイン武器への持ち替えをマウスのサイドボタンに割り当てている。
一つ一つ説明をしっかり見ながらボタンを押している姿は初々しくて可愛らしい。パソコン自体に不慣れなのかキーの場所を確認しながら押しているが、移動キーを押しっぱなしにしているので、画面の中のキャラは壁にゴリゴリと突っ込んでいる。
「あ、あれ? ここどこですか?」
「マウスで視点動かして後ろ向いてみ。ずっとWキーを押しっぱなしだったからかなり進んで端っこまで来てる」
「あ……本当ですね。む、難しいです」
「まあ、PCゲームやってないと難しいのは仕方ない。何事も慣れだよ、ゲームだってやっていれば慣れてくる」
「慣れるまでがんばります」
そのやる気があればすぐに慣れてくるだろう。和也も最初はぐだぐだだったが、半年弱でかなり上手くなっているし、打ち合いで勝つのは難しくても一緒に遊ぶくらいならすぐにできるようになりそうだな。
まだバトロワ系のゲームに手を出したことがないそこのあなた!
椿と一緒に自作PCとPCゲームに手を出してみませんか?(謎の宣伝)