押されたら断れない
家に帰って、知り合いがゲームにインしていないか確認をする。一緒にやれる人がインしていれば声をかけてみるところだが、今日は誰もインしていない。まだ16時だからあと数時間くらいすれば人が増えるはずだから、それまでは別のことをやるしかない。
次に、動画サイトにアップされている動画と海外プレイヤーの放送状況を確認する。自分でプレイしない時も、人のプレイを見て学べることはあるので、上手い人のプレイはどんどん見るべきだ。動画を流しながらエイム練習だけ軽くしていると、少し眠気がやってきたので軽く睡眠をとる。
平日のいつもの流れ。一時間ほどの仮眠から目覚めれば、無駄な考えもなくなりすっきりとした気持ちでゲームを始めることができる。
フレンドのログイン状況を再び確認するとすでに二人インしていた。二人ともストリーマー(配信者)として活動しているのでSNSをチェックする。まだ配信は始めていないようなので、配信までのアップがてら一緒にプレイしませんかと誘ってみる。
"あと一人欲しかったからちょうど良かった"
"パーティーに誘うから入ってきて"
すぐにチャットが返ってきたので、気合いを入れるためのエナジードリンクを持ってきてゲームにインする。
単にゲーム関連のストリーマーと言っても、ゲームを遊んでいる状況を流しながら雑談する人、ゲームのレビューのようなことをする人など様々いるが、この二人はゲームの実力で視聴者を稼いでいる人達だ。もともと別のゲームでプロゲーマーとして活動していたこともあり、はっきり言って俺が入っても足を引っ張ることになる。
それでも、上手い人はどこにでもいるので、二人が苦戦することもある。そういう時に力になれると嬉しいし、立ち回りのアドバイスなんかももらえたりもするので、一緒にプレイできるのは嬉しい。
肩慣らしにと、雑談しながらプレイをして三戦中二回トップに立つ。上手い相手とマッチしなかったというのもあるが、そこそこの相手でもそう簡単には勝てないのがこの手のゲームだ。和也とかとやるときは十回に一回くらいしか勝てなくてもそんなものだなって思えるくらいの勝率しかない。
「それにしても、ハルトも上手くなったな。撃ち合いでダウンまで取られることがかなり減った」
「危ない時に引けるのは大したもんだよ。周りが見えてるから立て直しも早いし」
「毎日練習してる成果がでて良かったです。まだまだお二人とは差がありますが」
この二人に褒めてもらえるのは嬉しい。別のゲームの知り合い繋がりで初めて一緒にプレイした時は、介護してもらいながらでもついていくことすらきつかった。
その時から比べれば、自分でも上手くなったと思うが、人に言われるとより嬉しい。自分では細かな上達はわかっても、それが実践で活きているかはわかりにくい。人に言われるということは、見ていてもわかるくらいには動きも良くなっているということだろう。
「そろそろ配信始めようと思うが、このまま一緒にやる?」
「一旦抜けます。フルパでやりたくなった時に人いなかったらまた呼んでください」
「ハルトも配信中も気軽に声かけてくれよな。結構一緒にやるの楽しみにしてる視聴者もいるんだから」
「そうだぜ。というかハルトも配信でやればいいのに」
二人の配信中にも何度か参加させてもらっているので、俺のことを覚えている人もいるのだろう。バトロワやFPSをやりながら配信するのはPCのスペック的にもプレイ技術的にも難しいので、今はこのままで良いと思っている。コメントを見たり、雑談をしながらプレイするのは思ったよりも難しいのだ。
それに、スピードランの方で記録申請のために垂れ流し配信はしているので、アカウントを増やすのも面倒だ。
「高校卒業するまでは今のままでいくと思います。学校で時間とれないことも結構あるので」
「長くやる必要はないが、学校があるとあまり遅くまでできないからな。やりたくなったらいつでも言ってくれよな。放送で宣伝くらいはしてやるよ」
学校があっても遅くまでやっているけど、配信しながらだとまた変わってくるだろう。それに負け続けたりするとイライラしたりするから、こういったゲームを配信でやるのは大変そうだ。
VCを切って背伸びをする。一時間程度でも同じ姿勢でゲームをしていると少し体が凝る。冷蔵庫まで歩いてリフレッシュする。プレイしている間は疲れもあまり感じないが、家の中を歩くだけでも意外とすっきりすると思うくらいには、ずっと同じような姿勢でゲームをして体に負担がかかっているのだろう。
次に何をするか考えながら持ってきたゼリー飲料を開けようとしたところでインターホンが鳴った。チャイムの音がエントランスではなく、家の前のインターホンの音だった。たまにオートロックを人の後に続いたりして抜けてくる人もいるがこんな時間に来ることは少ないだろう。
そうなると、このマンションの住人か管理人、後は鍵を持っている俺の親などが来たのだろうが、誰もくる話は聞いていない。引っ越し業者も見ていないから引っ越しの挨拶なんかの可能性も低いし、誰が来たのだろうか。
「こんばんわ。遅くにすいません」
「は? お、おう。どうかしたか?」
インターホンで出るのが面倒だったので直接ドアを開けると、ドアの前には香坂が立っていた。
部屋着のようなラフな服装。この間は俺のジャージを貸していたが、それ以外では制服や買い物に出かける用の服装しか見たことがなかったので新鮮に思える。ジャージの時も思ったが、着る人の素材が良ければ飾った服装でなくともかわいく見える。
「これこの間のジャージです。ありがとうございました」
「わざわざ洗濯してくれたのか。そういえば洗濯機に入ってなかったな」
「忘れてたのですか……もし私が返しにこなかったらどうするんですか」
「ジャージなんて余ってるから一着や二着なくなったって困らん」
「それはさすがに無頓着過ぎませんか……」
洗濯物を干しているときに下に落ちたとしても気が付かないと思う。さすがに、制服とかちゃんとした服は数が少ないから、いざ着ようとしたときに無くて気が付くとは思うが、ジャージやTシャツなんて取りやすい位置にあるものを着ているだけだから気が付かないと思う。
「あと、どうせ晩ご飯もまともに食べてないんでしょう? これでも食べてください」
「別にお礼なんていらないのに。橙子さんにご飯もおごってもらったし」
「お礼というよりも、さすがにあの生活を見過ごせなかったので。どうせ余り物なので気にせず食べてください」
「それならもらうけど。今までこれでやってきたんだから気にしなくても大丈夫だから」
くれるってなら有難いからもらうけれど、わざわざ多めに作るのも大変だろう。料理なんて調理実習とか親の手伝いでほんの少しやっただけなのでわからないが、一人分と二人分で手間が全く変わらないということはないだろう。人の分を作るとなると献立も考えないといけないし、一人当たりの金額は安くなってもかかるお金は増える。量が増えれば作る時間も少し長くなるから、倍になったりはしないが少しは手間もお金もかかる。
一日泊めてやった程度のお礼というなら、掃除もしてもらって、食事をおごってもらった分でチャラと言っていい。仲が良い相手でもなければ、俺に何かをすることで香坂が得をすることもないのだから、俺のことを気にする必要なんてない。
何か思いついてのか、下を向いていた香坂がパッと顔を上げて俺を見る。思ったよりも距離が近くて、香坂の見上げた顔をしっかりと見てしまい、恥ずかしくなって少し後ろに下がる。俺の身長が低いとはいえ、香坂は俺よりも10センチほど低いので、距離が近いと自然と上目遣いになり破壊力が半端じゃない。
「パソコンやゲームのことを私に教えてください。その代わりに、ご飯を作るというのはどうでしょう?」
俺としては良い取引だが、香坂はそれで良いのだろうか。自分で言うということはそれで良いと思っているのだろうが、この前のことでパソコンに興味でも湧いたのだろうか。少し知ってしまったからこそ、もっと詳しく知りたいと思ったのかもしれないが、パソコンやゲームのことはあまり詳しくなる必要はないというか、知らない方が良いんじゃないかとさえ思う。
「……ダメでしょうか?」
「ま、まあ香坂がそれで良いならそれで良いよ。食費は半分出すから適当に言ってくれ」
「はい。では、これからよろしくお願いしますね」
機嫌よく帰っていく香坂に、下の階でドアの閉まる音がするまで呆然としてしまった。
今のは確実に狙ってやってきていたよな……さすがに無意識というならたちが悪い。いや、狙っていたとしてもたちが悪い。自分の容姿を利用して頼み事をするのは卑怯だが、それに逆らえないのは俺の心が弱いってことなのだろうか。
作者はFPS系はへたくそなので基本見る専です。スピードラン(日本だとRTA)はマイナー作品のマイナーカテゴリー(走者五人くらいしかいない・記録申請しているのは三人)で一位だったりします。自作PCは二台だけ組んだことあります。