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雨に濡れた少女

  イヤホン越しにでも聞こえてくる雨の音。傘をさしていても靴の中はすでに濡れていて、ズボンも膝下くらいまで色が変わっている。

 幸いにも今日の気温は11月にしては高い方なので普通にしていれば寒くはないが、濡れた服は体から熱を奪っていくので早く着替えたいことには変わりない。いくら比較的暖かろうが、このままでは風邪をひく可能性は十分にある。

 マンションまでは学校から歩いて20分ほど。歩いているから体は少し温まっているが、足先は結構冷えていて、感覚が鈍くなっている。


「くしゅん」

「ん?」


 マンションのエントランスの自動ドアが開いた瞬間に端の方からくしゃみの音が聞こえてきた。音につられてその方向を見るとびしょ濡れとまではいかないが、全身濡れているのがわかるくらいには雨に打たれた少女が壁にもたれるように座っていた。

 寒そうに縮こまっているが濡れた服を着たままではどうしようもないだろう。気がつけば立ち止まって彼女の姿をみていた。香坂椿。同じ学校、同じ学年の彼女は、漫画とかだとよくある学園のアイドル的存在がリアルになったような人物だ。透き通るような白い肌、それを包み込む滑らかな黒い髪。それも今は濡れて冷え切り、肌は少し青白くなり、髪は濡れて貼りついている。小柄な彼女が隅っこで三角座りをしていると、見逃してしまいそうに思うくらい儚い。

 足を止めてしまったことを後悔した時には、すでに彼女は顔を上げ、視線は俺へと向けられていた。できれば、こういうカーストの上にいるような奴とは関わりあいたくない。だが、この状況で声もかけずに無視することの方がまずいだろう。


「何してんの? ホームレスごっこ?」

「倉橋くん……家の鍵をなくしてしまいまして」

「あー、それでここで雨宿りしてたのか」


 話しかける言葉が思いつかず軽い感じで聞いてみるが、絶望的な状況の香坂から軽い返事が返ってくるわけもなく、気まずい雰囲気になってしまう。

 ここから奥に進もうと思えばオートロックの自動ドアを抜けなければならない。家の鍵があればそれでオートロックも開けることはできる。中に知り合いがいれば開けてもらうこともできる。一応、緊急時の番号もあるはずだが、そんなのは一入居者に教えられているわけもない。

 一人暮らしの学生が鍵をなくせば、この先に進む手段は誰かと一緒に通るくらいしか残されていないわけだ。


「管理会社には連絡したの?」

「いえ、今日は携帯を持っていくのを忘れてたので」


 最悪じゃん。今から鍵の交換は無理だろうし、誰かに泊めてもらうにしても連絡が取れないと。濡れたまま店に入るわけにもいかないしな。


「あー……とりあえずうちくる? さすがにそのまま放っておくわけにもいかないし」

「いいんですか?」

「このまま放っておいて何かあったら心苦しいし、知らない人よりかはまだ面識のある俺の方がそっちもいいだろうし」

「じゃあ、お願いします」


 面識があるとは言っても、まともに話すのは初めてのようなものだが。さすがに高校生活も半年経っていれば、同じマンションに住んでいる香坂とマンションの入り口でばったり出会ったことはある。高校ではクラスが違ったので話したことはないが、同じ学校の制服を着ていれば、ある程度の身分証明にはなる。香坂が、学校では目立たない俺のことを知っているとは思わなかったが、名前も知られていたからさすがに同じマンションに住む人くらいは確認しているようだ。


 話すこともなく、気の利いた言葉もかけられないので、互いに無言のまま乗ったエレベーターはたった四階までいくだけなのに、気まずくて無駄に長く感じる。エレベーターの位置を示すランプが進んでいくのをじっと見つめていれば、四階でエレベーターは止まり扉が開く。

 俺の家はエレベーターから出てすぐの位置なので、気まずい時間も一旦終了だと思えば、少し楽に感じる。香坂にはばれないように小さくため息を吐き出して気持ちを切り替えてから、できるだけ優しい声で、他意はないように見せるためにいつも通り無関心そうな態度を意識して話しかける。


「そのまま入っていいよ。俺も靴下はびしょ濡れだから」

「お、お邪魔します」


 少し緊張したようにキョロキョロと部屋の中を見ている。顔を知っている程度の男の家に二人きりだと考えれば緊張するのは仕方ないだろう。どうこうしたいという気持ちはないので、さっさと奥に進んで後ろにいる香坂を見もせずに中の説明だけ軽くする。


「そっちが脱衣所だから。中のカラーボックスの上から2段目にシャツが入ってる。その二つ下にジャージも入ってるから適当に着れそうなやつを使って」

「あ、ありがとうございます」

「タオルはラックの上に置いてあるやつは使ってないやつだから。シャワーも使いたかったら使って」


 伝えることだけを伝え、靴下を洗濯機に放り込んで奥のリビングへと向かう。


「う、うん。倉橋くんは大丈夫なの?」

「俺は濡れたの足元だけだから」


 電気ストーブでも付けて足を温めればいいだろう。香坂もいるから一応エアコンもつけておいた方がいいか。

 リビングと廊下を繋ぐドアを閉じれば向こうの音も大きな音以外は聞こえてこない。

 ノートパソコンの電源を付けて、適当に気になった動画を再生すれば、いつも通りの空間になった。向こうで起こっていることには俺は関係ない。そう言い聞かせて、意識をノートパソコンのモニターにだけ向ける。

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