シショウと水の精霊
重くなった足を必死に動かしながら川辺に行くと先客がいた。
長い髪と髭が一体化してしまい、薄汚れたワンピースを着ている人物を歌音は1人しか知らない。
「シショウさん、どうしてここに?」
「川に俺が来ちゃいけねえってのか? 俺だって普通に身体を洗うことだってある。ミズノ! 来てくれ」
シショウの言葉に、川の水がプツプツと泡立ち、飛沫を上げた。全身水色の雫の形をしたものがふよふよとシショウの前に移動する。シショウが手を出すと、雫の形をしたものがゆっくりと人の形になり、水色のピクトグラムの形となった。
「これは、何ですか?」
「水の精霊だ。水の、いつものを頼む」
水の精霊――ミズノは敬礼をすると、突然シショウが水の球体に包まれた。
「ええっ!? シショウ、大丈夫ですか!」
呼び掛けても返事がない。シショウは「いつもの」と言っていたが、本当に大丈夫だろうか。
『ダイジョーブだよ。シワサギはいつも、こうして水浴びしてる。息できるように、シワサギの顔の周りだけ空気を残してるよ』
ポコンと、水の球体からミズノが顔を出した。
「えっと、あなたが精霊?」
『うん。シワサギはお友達、大好き! だから力を貸してあげるの』
「そうなんだぁ」
見た目は変人だが、中身はいい人のようだ。
『けどね、シワサギにはミズノの声が聞こえない。それが寂しいけど、シワサギは優しいから好き~~』
「声が聞こえない? それって、どういう・・・」
尋ねようとした途端、目の前の球体が掻き消え、水浸しのシショウが現れた。シショウはビショビショになっているタオルで顔を拭くと、用は済んだとばかりにミズノを川へ放り投げた。
「な、何してるんですか!」
「別に、精霊を元の司に戻しただけだ。そんなにピーピー喚くな、うるせぇ」
歌音は慌てて川辺に行くと、ミズノが顔を川から出した。
『シワサギは優しいよ~。力のない精霊に無理強いしないし、ちゃんと元いた場所に返してくれる』
『乱暴な精霊術士は精霊の気持ちを無視するから嫌い。力の弱い精霊でも勝手に連れて行っちゃう』
『シワサギは必要最低限の手助けしかしない。だから、僕らも必要最低限のお手伝いするの~』
わらわらと、別のピクトグラムが現れ、水面が青の水玉で覆い尽くされそうになっている。軽くホラーだ。
「おい、ガキ。さっさと来い。精霊術について教えてやる」
顎をしゃくって先を促すシショウに、歌音は声を張り上げて返した。
「すみません。今はアフレさんの手伝いをしているので、一声掛けてから行きます」
「・・・ッチ。さっさと来いよ」
「はい」
歌音は桶に水を入れると、なるべく早足で畑へと戻った。運が良いことに、アフレは中層と下層の間の稲畑で作業をしていた。
「アフレさん、すみません。そろそろ行こうと思います」
「そう。じゃあ、夕飯までには帰っておいで、今日は助かったよ」
「はい、ありがとうございます。・・・行ってきます」
「いってらっしゃい」
アフレに笑顔で見送られ、歌音はシショウの家へ急いだ。