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精霊術士カノ  作者: 海埜ケイ
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いつもの放課後

別作品と平行に投稿します。亀並み更新ですが、よろしくお願いします



 昔から本を読むのが好きだった。特に小説よりも童話や絵本を中心に読んでいたので、クラスメイトたちからは「子供っぽい」と揶揄されていたけど、それは絵本や童話の本当の楽しみ方を知らないだけだと思う。

 同じタイトルなのに、国や時代によって解釈の違う物語を読み比べるのは面白いし、幼い頃十ページ程度で纏められていた絵本が、一冊の童話集になっているのにも驚きだ。

 なので、他人から馬鹿にされたり、どんな噂を立てられようとも、放課後は学校の図書室に入り浸ることは止めたりしなかった。

 高校に入ってからは、中学の頃のような中傷的な悪口は無くなり、思う存分に本の世界を楽しめるようになったのが本当に嬉しかった。

 クラス内の仲良しグループに入れなかったが、周りが言うほど気にはならない。完全にハブられている訳ではなく、ちょっとした会話をする友達が何人かいるからかもしれない。


 今日も日課の読書タイムを満喫していると、最終下校のチャイムが鳴り響き、図書室の司書さんが閲覧室に残っている生徒に声掛けをしながら戸締まりを始めた。


「もう、閉館時間かぁ」


 図書室は夕方17時に閉館する。少し早い気もするが、学校図書館なのでそこは仕方がないと諦める。


「あら、笹崎さん。今日は借りていくの?」


 窓を閉めている司書さんから声を掛けられ、歌音は手元にある本の山をジッと見て考える。


「ん~~、そうですねぇ。まだ読み比べていなかったり調べてない本が五冊以上あるので、今日は止めておきます。あ、金曜日は絶対に借りるので、その時はよろしくお願いします!」


 歌音は司書さんに向かって軽く手を額に当てて敬礼擬きをすると、司書さんはクスクスと笑い「フフッ、分かったわ。その時はよろしくしてあげる」とノリ良く返してくれた。

 司書さんは今年三十になると言われているが、見た目てきには二十代前半でも充分に通じるほど若くて綺麗な女性だ。

 ベージュを下地にした薄い化粧も、スタイルの良い身体付きも、学校司書には勿体ないルックスをしている。


(私とは大違いだよなぁ)


 窓ガラスに反射する自分の顔を見て、歌音は内心悪態を吐く。

 長い黒髪を下の方で2つに結び、平々凡々の容姿に度の入った眼鏡をしている。見た目だけで、男子たちからはブスか地味女、女子たちからは真面目ちゃん、委員長ルック、女捨ててる女子と言われている。

 どちらも事実なので気にしてはいないが、目の前の司書さんを見ると軽く凹むのは、同じ読書家でありながら、意識が違うだけでこうも違うのかと現実を突き付けられている気がするからかもしれない。


「それじゃあ、片付けたら帰りますので、さようなら!」


「えぇ、さようなら」


 歌音は机に置いてあった本を持って書架棚の方へ走った。流石に七冊一遍に運ぶのは少々キツかった。けど、あれ以上、そこで司書さんと話していると、自分が自分を嫌いになりそうで嫌だった。

 司書さんのことは嫌いではない。寧ろ尊敬しているし大好きだ。それなのに、嫉妬しようとしている自分がいるなんて・・・。


「自尊心ばっかり高くて嫌になる」


 長い溜息を吐き、足を踏み出した瞬間、歌音は体勢を崩して本を床にバラ撒いてしまった。


「ヤバッ」


 本に向かって手を伸ばそうとしたが、歌音は自分が宙に投げ出されたような感覚に襲われ、目の前が真っ暗な世界になっていた。

 深い深い闇の中を落ちていく。何の音も、色もなく、浮遊感だけが歌音の中に残っている。


(これは、本当に落ちているの?)


 身体がクルクルと回り、目が回りそうだ。非現実的な暗闇の世界の中、ふいに浮遊感が消えた。胃の上で溜まってきていた吐き気が解消されていき、長く息を吐き出しては吸ってを繰り返していると、光りが見えた。


 どこからともなく現れた金色の粒子がくっついていき、やがては人の形になっていく。

 見た目は十代半ばの同じ年くらいの男の子だ。銀色の長い髪を1つに結び、青い瞳は夏の空を思い出させ、顔立ちはテレビに出てくる人よりも綺麗で整っている。

 彼はジッと歌音の顔を見つめると、ふいに手を伸ばし歌音の掛けている眼鏡を外した。

 視界が一気に悪くなる。―――が、それも一瞬のことだった。

 クリアになった視界で最初に見たのは、彼は歌音に向かって手を伸ばし、彼の手の甲には謎の水色のゼリーのようなものが乗っていた。


「!?」


『ありがとう、シィ。助かったよ』


『・・・・!』


 ゼリーのようなものは、ぴょんっと彼の手の上でジャンプすると姿を消した。一体、何だったんだ。

 唖然とする歌音に向かって、彼はクスクスと笑い声を立てた。


『こんにちは』


「こ、こんにちは」


 男の子の言葉が反響したように聞こえる。まるで教科書を目で追いながら音声テープを聴いて受ける国語の授業みたいで変な気分だ。

 訝しい顔をする歌音に、男の子は親しげに声を掛けてくる。


『僕はユアル、君の名前は?』


「歌音、笹崎 歌音」


『カノンか。・・・長いな、カノって呼ぶね』


「え? あ、まぁ、お好きに」


 たった三文字を長いと言うのか。まぁ、歌音自身も人の名前を覚えるのは得意ではないので、人のことは言えない。好きに呼んで貰おう。

 紺がしみじみと納得していると、彼――ユアルは優しい笑みから申し訳なさそうな悲しげな表情へと変わった。


『・・・ごめんね』


「え?」


『僕の問題に巻き込むことになってごめんね。けど、僕にはもう時間がないから、君に託したい』


「え、何それ。どういうこと?」


 ユアルは押し黙り、目を閉じては開き、決心するように歌音の肩を軽く叩く。


『僕の友達を助けてあげて、君は理想の希望なんだ。だからーーーーーを、よろしくね』


 ユアルの浮かべた悲しげな笑みを見ながら、歌音の身体は再び落下を始め、そのまま意識を手放した。




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