奇妙な序章
初めまして、會異琥です!
初作品で緊張してますが、温かい目でどうぞよろしくお願い致します…。
漆茉 飛鳥、高校2年生。どちらかと言えば平凡ではなく真面目なキャラだと思う。
実際、クラスの人達からも距離を置かれ陰では有りもしない話を言い立てているから、自覚しているといった方が正しいだろう。
噂といっても例えば「真面目なフリして夜は知らないジジイと援交してる。」だとか、「中学生の時は凄くグレてたらしいよ。」だとか、本人にも全く覚えのない仮説ばかり。怒りを通り越して呆れる。
今日も今日とて憎たらしい程輝く太陽に半分溶けた気分のまま、いつも通り登校していた。
通り過ぎるお婆ちゃんを見て、私はどれだけ歩くのが遅いんだと1人笑っていると、また横を同じ高校の女子生徒が甲高い声を発しながら楽しそうに歩いて行った。
その3つの後ろ姿に、何度夢見たことか。
私はただ普通に友達とお喋りしたり、放課後は急に決めたファーストフード店で恋愛話を沢山したり、休みの日は一緒にお買い物して、プリクラだって撮ってみたい。あわよくば彼氏なんかも作って、友達に惚気話ってやつをしてみたい。
描く理想は他の人にとってはたかが夢。話せば皆「お前には無理だ」と口を揃えるだろうが、私からしたら立派な夢なのだ。
夢くらい、少し見たっていいじゃない。
無造作に転がっていた小さな石を蹴り飛ばす。その時の私はやけになっていた。
その小さな石が、また違う石とぶつかり合い奇妙な音を立てた。缶を爪で叩いた時のような、透き通った金属の音。
違和感が好奇心へと変化し、実態を見るべくここ一ヶ月内1の速さで歩み寄る。腰を下ろしてコンクリートに目を凝らせば、それは異常な存在感を放ち孤独に輝いていた。
「…これ、何だろう。」
人差し指と親指に紅色の、石とは呼べない程綺麗な物体。何万カラットもしそうな美しさなので宝石と呼ぶことにした。
360度何処を見ても外傷は見当たらず、不思議に思ったがこのまま道路は放置するわけにもいかない。もしかしたら世紀の大発見かもしれないじゃん?そうしたら私、みんなと仲良くなれるかな?
頰を緩めて期待に胸を膨らませながら、その宝石をリュックの小さな中ポケットへ入れた。
「あれ、飛鳥?」
突如聞こえた自転車のブレーキ音と同時に名前を呼ばれて、反射的に声のした背後を振り向いてしまった。後悔したが時すでに遅し。
私の名前を呼ぶ人なんて限られている。なんていったって真面目ですから。
しゃがみ込みリュックをさぞ大事に抱える私を訝しげに見下すのは、他の誰でもない、幼馴染である神崎 瑆。最近全く話していなかったので、髪型をツーブロックにしていて驚いた。夏仕様なのか。
ていうか…なにこの空気。なんでずっと見つめ合ってるんだろう。
さっきまで溶けそうだったのに、何故か急に冷や汗をかきはじめている。
「お前、このまま歩きで学校まで行ったら遅刻になるけど。後ろ乗れば?」
目をパチパチさせた瑆くんが、やっと口を開いてくれた。と思ったら、なんと発せられた言葉は2人乗りの勧誘。今度は私が目をパチクリさせる番に。
当の本人はなんともない様子で、ぺちゃんこなリュックを肩から下ろすと雑に投げて来た。
あっぶな!必死に受け止めた私の反射神経を褒めて欲しいね!
ていうかなんで投げて来た?
純粋な疑問が遅れて脳内に到着。はて?と首を傾げると、瑆くんが後ろの平らな荷台を叩きながら「早く乗って、俺も遅れる。」と一言。
困る。とても困る。何故かというと、彼は無自覚だが容姿端麗で運動神経抜群、成績は決して良いとは言えないが、ダンスが上手で普段のギャップが萌えると学校外からも人気を集めている、謂わばちょっとした有名人。
そんな彼と私のような真面目な女が2人乗りなんかしたら…。
想像するだけで身震いしてしまう。遅刻になるのは嫌だけど、これ以上変な噂をたてられるのは御免だ。気持ちは有難く受け取るが、そこには乗れない。
腰を上げ瑆くんの目の前に立つと、リュックを差し出す。勿論返す為に。
何故返されているのか分かっていない様子の瑆くんに、少し動揺して口角が引き攣るのが分かる。
「気持ちは嬉しいんだけど…大丈夫。私の事は気にしないで。」
「いや、幼馴染が遅刻しそうだっていうのに置いてくっていう方が気にするから。遠慮してんだったらすんな。それとも俺巻き込んで遅刻にするか?」
悪戯っ子を思わせる笑みを浮かべた瑆くんは、自分のリュックを黙りこくった私に押し返すと再び乗るように勧めた。ここまで押されては引き辛い。
小さく溜め息を吐き、ゆっくりと荷台に跨った。
「何処でも良いから落ちないようにちゃんと掴んどけよ、飛ばすからな。」
「は、はい。」
通気性の良い薄手の制服の背中部分を掴むと、想像以上の勢いで発進されて奇声を発しそうになったがなんとか呑み込んだ。
これからの生活と、学校までにある高低差が酷い道に怯えながら、堅く目を瞑り現実逃避をした。
___どうせなら、違う世界で堂々と生きたかった。
その途端、耳を劈くような超音波が鳴り響き、私達は余りの衝撃に、自転車と共に倒れ込む。
不幸なことに、この道路は車の通りも少なく、歩行者も滅多に見ない。田舎者の宿命なのだろうか。最悪だ。
「いってぇ、なんだこれ…!おい、飛鳥!!大丈夫か!」
「う、痛い…っ。」
「飛鳥…!」
世界の音が、彼の声が、意識が遠のき。
やがて完璧に脳がシャットアウトされた。
最後に微かに見えたのは、見知らぬ老婆が私を覗き込む姿だった。
誰も居なかったはずであったが、そう疑問に思う者も、1人足りとも居なかった。
軋んでいた歯車が、嫌な音を立てて動き始めた。