その少年、アルシオ
「アルシオ!アルシオ、起きなさい!」
「んー…」
母親の声により、夢の中にいた意識がどんどん現実に引き寄せられる。
アルシオと呼ばれた少年は、まだ重い瞼をゆっくりと開けると、優しく起こす母ジルの姿が目に映った。
「おはよう、アルシオ。早く顔を洗って、着替えておいで」
「おはよー…お母さん」
ジルはアルシオの額にちゅっと軽くキスをした。
まだ眠いアルシオは、目を擦りながらベッドの上から降り、洗面所に向かった。鏡を見ると、白に近い金髪はぼさぼさで、海のような青い目はまだ眠そうにしている。
ばしゃばしゃと顔を洗うとすっきりして、部屋に着替えに戻った。
普段着に着替えると、僅かに日の光が入り込むカーテンをシャッと両手で開ける。
途端、朝の日の光がアルシオの体を包む。眩しくて目を細めながら窓も開けると、心地よい夏風がアルシオの頬を撫でた。空は曇り一つない青空が広がっている。
澄んだ空には雨の気配など感じられず、アルシオは「何をして遊ぼうかな」と心を弾ませ、食卓へと向かった。
「お、起きたか。おはよう、アルシオ」
「おはよう、お父さん」
お茶を飲んでいた父アランは、起きてきた息子に笑顔を見せた。
父の姿をアルシオはじっと見つめる。元冒険者であったアランは、とても逞しい 鍛えられた筋肉を持っている。そのため、力仕事が得意な父親は、よく村の住人達に頼られている。
アルシオは、いつか父親のように頼れる男になりたいと思っていた。
「どうした?アルシオ」
じっと見つめてくる息子の視線に気づき、アランは首を傾げた。
「僕も早くお父さんみたいに、筋肉ムキムキになりたい」
息子の言葉に嬉しくなり、アランはますます笑顔になる。
「そうか。じゃあ、もっと剣の稽古を頑張って、もっと家の手伝いを頑張れば、すぐに父さんなんか追い越すぞ」
「本当?」
「ああ、本当だ」
父親としての願望(主に家の手伝い)も混ぜながら、アランはアルシオの頭を撫でた。
そんな父親の心の内など知らない六歳の少年は、疑うことなく目を輝かせ、「もっと剣の稽古とお手伝いを頑張ろう」と決意した。
「じゃあ、そのためにもしっかりと朝御飯を食べないとね」
朝食の準備をしながら、父と息子の会話を聞いていたジルは、テーブルの上にパンやサラダを乗せたお皿を置きながら、にっこりと微笑んだ。
母親であるジルは料理上手で、いつもおいしい食事を用意してくれる。小柄で、いつも茶色の長い髪を緩い一つの三つ編みにして、顔の横側に垂らしている。そんな優しくおっとりした雰囲気を持つジルも、かつてはアランと共に行動する、冒険者だったらしい。
しかし、普段からあまり怒らない優しいジルを見ると、アルシオは「本当に冒険者だったのだろうか?」と半信半疑であった。
☆☆☆☆☆
「よっこいしょっと」
アルシオは抱えていた藁の束を置き、一息つく。
大人にとって藁一束はそれほど重いものでもないが、六歳の小さな子供が持つとなかなか大変である。
「疲れたか?アルシオ」
畑用の土を農作業用の荷台に入れながら、アランはアルシオを気遣った。
「ううん、まだ疲れてないよ」
本当は少し疲れていたが、「疲れた」と言うのは体力が無いと言っているみたいで、アルシオはつい見栄を張った。
「そうか、アルシオはすごいな。でも父さんはちょっと疲れたから、少し休まないか?」
「…仕方ないなー」
アランとアルシオは、並んで丸太に腰を掛けた。
アランが汗を拭いている間、アルシオの目には父親の腰にある短剣が目に入った。
「作業のとき、邪魔じゃないの?」
「ん?…ああ、これか?」
アルシオの指を指す方に目を向けると、アランは短剣のことを言われていることに気づき、鞘に入れたままの短剣を膝の上に置いた。
「これは父さんの父さん…アルシオのお祖父ちゃんから誕生日にもらったもので、お父さんの一番大切なものだからな。身に着けておかないと、何だか落ち着かないんだ」
「僕のお守りみたいなもの?」
「…そうだな」
アルシオにはいつも身に着けているお守りがあった。
ピンク色の石がついたペンダントで、石には紺色のインクのようなもので、何か模様が描かれていた。
物心ついたときから、「これはお守りだから、いつも身に着けておくように」と両親から毎日のように言われている。
アルシオとしてはどういうお守りかは分からなかったが、ピンク色の石がとても綺麗なため、お気に入りとして毎日身に着けていた。
「僕もお父さんと同じ短剣がほしい」
父がいつも帯刀している短剣はとてもかっこよく、アルシオも幼いながらも男として自分の剣を持つことに憧れた。
きらきらと目を輝かせて短剣を見つめる息子の姿に、アランは微笑ましくなる。
「じゃあ、アルシオが今よりもっと大きくなって、もっと立派な男になったら、お父さんのこの短剣をやろう」
「本当っ!?」
アランの嬉しい申し出に、アルシオは食い気味に尋ねた。
「お祖父ちゃんも曾お祖父ちゃんからもらったみたいだからな。もしこの短剣がアルシオのものになったら、アルシオも自分の子供に渡してやれ」
「うん!分かった!約束する!」
「ああ、男の約束だ」
アランは嬉しそうに返事をするアルシオの頭を撫でた。
「アルー!手伝い終わったー?」
「一緒に遊ぼー!」
少し遠くで、近所の友達数人がアルシオに向かって手を振っていた。
「アルシオ。ここはもういいから、遊んで来い」
アランはアルシオの背中を軽く叩いて、早く行くように促した。
父親の言葉にアルシオは目を輝かせた。
「うん!行ってくる!」
「遅くならないようにな」
アルシオは急いで友達の元に駆け寄り、アランはそんな息子の姿を見送ってから仕事に戻った。
☆☆☆☆☆
「お父さん、お母さん、おやすみなさい」
「おやすみ、アルシオ」
「おやすみ」
ジルが朝起きたときと同じように、アルシオの額に軽くキスをし、アランはアルシオの頭を撫でた。
アルシオは欠伸をしながら、ベッドに潜る。
(今日のこと、あの人にも話さないとな…)
目を閉じると、アルシオは瞬く間に夢の世界へと旅立った。