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ノクターン【SS】

作者: Bowie

 黒板消しを挟んだ距離。

 それが二人の距離。それ以上近づくことは決してなく、そして、遠ざかることも同じくない。

 違う高校へ通うってことが、こんなにも辛いなんて。気付きもしなかった。

 そういうことばっかりだ。近くに、当然のように存在しているものに、人は特別を感じない。だって、当たり前だもの。

 それでも、そんな当たり前が永遠に続くわけはない。

 私にとっても、同じだったらしい。


 片思いの人と、別々の高校へ――といっても、向こうは私のことなんてクラスの女子の一人としてしか見ていないだろう。

 自分で認めるなんて切ないけれど、これが真実。もちろん告白など出来ようもなく、一年はちらりと彼を見ているだけで過ぎて行った。

 卒業式の日、私は勇気を出して安部くんに話しかけてみた。

 だけど、『好き』の言葉は最後まで言えなかった。

「高校でも……お互い頑張ろうね」

「あぁ、そうだな。何高?」

 まだ冷たい風が、私たちの間を通り抜けた。まさに私に突き刺さる現実といった感じだった。

 これはヒドイ、本当にヒドイよ。私はあなたがI高に行くって知ってたのに。

 顔では一生懸命作り笑いをしたけど、心はガクンと下を向いていたような感じだった。

 それで会話は終了し、私たちは全く別々の道へ。

 それでも、いくら違う道だって、彼があんな風になるなんて思ってもみなかった。

 昼下がりの光の中見た彼の背中が、とりあえず安部くんを見た最後になった。

***

 安部くんと同じ高校に行った友だちがいて、私はよくその子と遊んでいた。

 高1のある時、それとなく彼の話題を振ってみた。私が安部くんを好きだということは、友だちにも秘密だった。だから、気付かれたくはなかった。

 その友だちの話では、安部くんは警察に捕まったらしく、高校を辞めてしまったそうだ。

 同じクラスだったがほとんど話もしたことないし、ちょっと普通から離れた存在になってしまったとも言っていた。だから、学校を辞めても誰も気にはしていなかったとか。

 私は何だか、あの日々が遠い日のように思えた。もう手の届かない場所へ行ってしまったみたいな。

私は胸をおさえて、動揺を悟られないことに必死になっていた。

 高校を中退した一人の青年のことが、妙に虚しく思えた。

 それは憧れが打ち砕かれたというような美しいものじゃなく、もっと現実的なもの。

 何でこんなことになったんだろう、と。

 二度と後戻り出来ない事実が、恐ろしく寂しく、冷たいようで。


 その夜、風に当たりたくなり、ふとベランダへ出てみた。散り散りの星たちが、力なくほんのり輝いている。私は星に安部くんを映した。

 黒の支配する闇の中、懸命に輝く星。あの人は、この満天の星空を見ているだろうか。

 私とあなたを取り巻く環境は、いつの間にかひどく変わってしまった。

 それでも、彼を包む周りが、どうか優しいものでありますように。

 どんだけ辛いことがあっても、この星空を優しい気持ちで見ていられますように。

 流れ星なんて絶対見えない都会の星にお願いしてから四年。

 やっぱり、流れ星はあの時、流れていなかったようだ。

***

『安部くんが亡くなったので、お通夜を行うそうです。明日の夜……』

 何、コレ?

 何かの冗談?

 それともホントのこと?

 疎遠になっていた中学時代の友人からのメールは、本当に嘘のように見えた。

 ああホラ。エイプリルフール、と一瞬思ったが今は7月。季節外れにも程がある。

 うだるような暑さとかしましいセミの鳴き声で、私はメールの意味をすぐに理解出来なかった。

 しかし、何度か読み返すと、やっぱり安部くんは亡くなったみたいだ。

 変なの。

 何だろう、信じきれない。

 だってさ、まだハタチなんだよ?

 病気とか?

 まさか。

 どういうわけか私は彼が病気で死んだのではない、と自信を持っていた。

 そんな簡単に死ぬような人じゃない……だからこそ、死んだということがうまくつかめなかった。

 私は翌日のお通夜には、行かなかった。それに参加することで、死が決定付けられると思ったから。認めたくない。そんな願いだとか、祈りのような気持ちからだった。

 私は3日ほど、宙ぶらりんに過ごした。


 数日経った日の夜、私はあることを思い出すためにベランダに出てみた。

 星に願ったあの日と同じように、紺色に白い点々が幾つも散っていた。景色も風の匂いも変わらないのに、あの日とは明らかに色んなことが違う。

 私はもうあんなに幼くないし、何よりあの人はこの世にいない。

 彼を待ち受けた運命は、あまりに過酷なものだった。神さまなんていないよ、いたなら、安部くんはこうならなかったでしょう。

 それに、私だって恥をかなぐり捨ててでも想いを告白していたでしょう。

 運命は、ちっとも優しくなくって、とっても残酷。

 目から溢れる涙をグイッと拭いて、私はもう一度夜空をあおぎ見る。

 

 黒板消しから、全ては始まった。

新しいクラスになって初めてのレクリエーションの時、黒板消しを探していた私に気付いて、何も言わず差し出してくれた安部くん。まだ慣れないクラスに、一瞬で馴染めたような気がした。全然知らない人のことに、憧れを抱いた。そしていつしか、その憧れは好きという気持ちへ変わっていった。

 あの黒板消しの距離はとうとう縮まらなかったけれど、もう永遠にあれ以上離れることはない。

 今では本当に淡い恋だったと思う。でも、好きになったことに後悔なんてない。

 それどころか、好きで良かった、そう思う。

 安部くんは、ひと足先にどこか遠いところへ行ってしまった。

 もう生きている以上出逢えないくらい、遠いところに。

 それでも、彼はきっとこの星空をどこかで見ているはず。私やみんなが忘れない限り、安部くんはみんなの心の中で息をしている。

 私はこれからも、ふわりと暖かい風が頬に当たったり、夜、空を見上げた時に思い出すだろう。

 突然去って行った彼と、優しく淡い恋のことを。

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