別れと無職です!
俺はその時、談話室の片隅で、一人、愛用の武器を手入れしていた。
そして、その時は唐突だった。
「ねえ、あんた辞めてくれない?」
「…は?」
その一言に、俺の頭は固まった。
あれから三か月、俺たちは魔王退治のために訓練を重ねた。
最初の一か月で、まずこの世界の基本的な勉強。
二か月目には実践訓練へと移り、三か月目で一応の訓練課程は修了した。
さて、これから晴れて魔王退治へと乗り出そうかと言うときにこの一言。
「あの、えっと、意味が…」
あ、頭の中がよくまとまらない。いきなり言われたんで大分混乱してる。
「だからさ、言った通りなんだけど、クラスのパーティから抜けてくれない?」
とにべもない返事。
「地図作成できるのって、あんただけじゃないしねーー」
「いやまあ、そうかもしれないけど…」
なんで言い訳してるんだよ俺。
「だからさ、アンタ、首」
そういわれた時、目の前が真っ暗になった。いやマジで。
「でさー、これからこの人にやってもらおうってみんなで決めててさー」
み、みんなって…。聞いてないぞ俺は。
そういって入ってきたのは銀髪のダークエルフの女性。彼女は俺のほうを見て気まずそうに笑っている。
「この人さ、マッピングだけじゃなくて魔法も使えるんだって」
「マジかよ」
「すげー…」
「どっかのクソとは大違いだべ」
露骨に褒められて苦笑いしてるダークエルフのお姉さん。でも、そこまでひどいこと言わなくてもいいだろうに。
「あ、あの…」
なんだか泣けてきた、畜生。
「正直さ、ウザいんだよねホント」
こいつは椎川っていう女子だ。いつもズケズケと言ってくるんだよな。
「ホント、単なる足手まといっていうか、ぶっちゃけてお荷物なんだよね。そのくせに経験値ばっか無駄にすいとりやがるしさー」
こいつは古知っていう女子。こいつはいつも、的確に人のことをネチネチ言ってくる。うん、泣きたい。
「つかさー、なんでお前俺らと同列なつもり?馬鹿なの、死ぬの?」
こいつはイケメンDQNの茂樫。うん、死にたい。
「み、みんな、言いすぎじゃ…」
誰かが庇ってくれるが、
「あ?何なの、お前もハミるの?」
こいつもイケメンDQNの百中に脅され、
「う、ううん…」
あっさりと引っ込めてしまう。
「で、お前、いつまでそこにいるの?」
DQN二人の手下の木住。こいつは本当に嫌な奴なんだよな。強いものにはへこへこと、俺みたいなのには本当に強く、平然と手を出してくるし。いや、むしろそういうことやらしてる茂樫と百中のほうが厭らしいのか。
と、考えていると、
「ほら、出て行けよ」
ドンっ、と肩を押された。
さらに追い打ちざまに続く出ていけコール。
「でっていけ」
「でっていけ!!」
「でっていけ!!!」
「でっていけ!!!!!」
手拍子、囃子に指笛が吹く。クラス中の連中から浴びせられる出ていけコールの雨嵐。
「う、ううううっ」
俺は後ろを向いて走り出した。一目散に逃げだした。クラス全員から罵倒され、何も言い返すことできなく逃げ出したのだ。
「…うっ、うう」
俺は泣いていた。思わず泣いていた。俺は人気のないところまで我慢しようと思った。でも、無理だった。
途中で涙が止まらなくなっていた。
俺は口惜しさと情けさと恥ずかしさで胸がいっぱいだった。
今は、ひたすら何処かに消えてしまいたいと思っていた。
いつの間にか夜になっていた。空には満点の星空が広がっている。
ーーーこの星空は元の世界でも同じなんだろうか。
そう思うと、また目頭が熱くなってきた。
いつもは感じなかった故郷への思い。それがこんなに感じられるなんて思いもしなかった。
正直、帰りたいと思う。
まだ、あそこには逃げ道や家族、友達といえる奴らがいた。
でも、今はいない。ただただ孤独だ。
そして今日、本当の意味で孤独になってしまった。
ここまで俺は自分なりに頑張ってきたしクラスの奴らの役にも立ってきた、と思ってきた。
しかし、それは一方的な願望だったんだな。改めて思い知らされた。
「…帰りたい」
思わず口にした本音。しかし、それは偽りのない正直な俺の気持ち。
でも、そういったところでどうしようもない。そう思うと、さらに無性に切なくなってくる。
「---宏真」
振り返ると香奈がいた。やばい、泣いてるところ見られたかな。
「ど、どうしたんだよ一体」
俺は何とか平静を装うと思った。なぜか、この時は香奈に恰好悪いところを見せたくないと思った。
「ううん、ちょっと見えなかったから…」
心配してくれてたのか。そう思うと、少しだけ心が休まる。
「---そっか。いや、ちょっと星空でも見てみようかなーって」
柄にもないことを言ってるなぁ。自分でもそう思う。
彼女は、そっか、とだけ言って静かに微笑んでくれた。
それを見ると、なぜだか胸の苦しさがなくなるように感じた。
なんか、いいな。
俺は素直にそう思った。
二人でいる他愛ない時間。これがすごく大事なものだと感じられた。
そうか、と俺は気づく。それは簡単だけど、非常に大事なことだった。
それはーーー
「おや、カナ。こんなところにいたのか」
声がした。男の、俺より少し年上の男の声。
男の身なりは立派だった。何せこの国の王族の一人だ。立派で当然か。
顔も随分と整っている。元の世界にいればモデルや俳優にと引っ張りだこだろうとわかる位の甘いマスク。
「あ、イリィ…」
香奈は男の名を愛称で呼んだ。男の名はイリアス。この国の二つある王族の中の一人。この国では最も優雅で気品があり、将来が約束された男。
そんな男の名前を、彼女は尊称も付けず、単純に愛称で呼んだのだ。
「こんなところにいると風邪を引く。さぁ、こちらに」
男は彼女の肩を自分のほうに抱き寄せる。彼女も特に嫌がるようには見えなかった。
「ところで、彼は?」
そいつは俺に生ごみでも見るような視線を投げつけてきた。
「か、彼は宏真って言ってあたしのーーー」
「ああ、あのくだらない男か」
その一言に俺は、これまでにない感情を覚えた。
そう、怒りだ。
「どうしたんだい、ボク?」
そいつは俺の様子に気づき、さらに挑発するように言葉を投げつける。
「ふ、ははははははっ。何だいその目は私になにしようというのかね?腹立ち紛れに手でも出そうというのかい?私は其れでもかまわないが、君程度の実力でどうかできるとでもーーー」
「イリィ!!」
香奈は男の言葉を遮って、強引に腕を引いていく。
「ちょ、カナ!?」
「いいから行く!!」
その二人のやり取りを呆然と見つめるだけだった。
「おや、どうしたんだい負け犬クン?」
その言葉にも、俺は怒りより悔しさのほうが先立っていた。
「もう、カナは君の手の届くところにはいない。それをちゃんと自覚したまえよ。なぁ負け犬の役立たずクン」
そう嘲笑われても、もう言い返す気力もなかった。
「は、ははーー」
俺は、多々呆然と乾いた笑いを漏らしていた。
翌日、そいつと香奈は盛大なパレードとともに魔王討伐の旅へと向かった。それに続くように、やはり盛大な見送りと期待とともにクラスメイトたちも旅立っていく。
そして、俺は元の施設を追い出され、晴れて無職となったーーー