バカっていうほうがバカなんです!
夜の帳が下りる。
夜中、わざわざ峠道を選んでの野宿。しかも切り立った崖を選ぶという徹底ぶりだ。盗賊をおびき寄せるためにわざわざあえて危険な地でキャンプを張ろうというのだ。それは自信の表れかそれともこちらの戦力に対する過信かはあえて問わないでいる。
谷底に落ち込むように風が吹く。
この一団の隊長も盗賊との決戦を望んでいるらしく、襲撃に対しする警戒に怠りはない。
彼らは盗賊が罠にかかるのを今か今かと待ち遠しいのだ。
「だーかーら、なんでアンタがいるのよ!!?」
「いや、なんでって、仕事?」
「今度は何の仕事なのよ!?」
「テントの貸し出しの手伝い兼護衛なんだけど」
俺はようやく仕事が一段落して休んでいるところ、またまたモニタに見つかってしまう。
「あたし、危ないって言ったわよね!?夜になったら絶対に盗賊が襲ってくるから帰れって!!
なのに、何でまだいるわけ!!?」
そんなにガンガン言わなくてもわかる。この至近距離なんだし。
「あの二人はちゃんと日が落ちる前に帰ったじゃない!?なのになんでアンタはしょーこりもなくこっちにいるのよ!!?」
「いや、だから仕事で」
「だからもクソもないわよ!!」
そこまで怒ることないと思うんだが。
「まあまあ、落ち着いてモニタ」
だからもう少し先に出て来いよ執事。
「皆も彼らのテントにお世話になってるようですし、こちらも一つ貸していただきますかな?」
少し暖かくなってきたが、それでも夜はまだまだ寒い。その寒さをしのぐのにもテントはうってつけだしな。
「何言ってんのよアンタも!!」
叱り飛ばすモニタに、肩をすくめて苦笑するオルト、やれやれ。
「とにかく、危ないんだからとっと立ち去ることね!!」
「そう言っても今更一人で降りる方が危ないと思うんだが」
「自業自得よ!!」
ヒートアップする彼女を相手にしているが、俺はあたりのある変化に気づく。
「---どうしたのよ?」
気づいたモニタが怪訝な顔をしながら聞いてくる。
「---ふむ」
俺は改めて周囲の気配を感じ、そしておもむろに切り出す。
「まずいな、どうやら盗賊のお出ましらしい」
「お出ましって、何もいないじゃない?」
彼女はまだそれに気づいてないらしい、従者も共に。
「俺は雇い主のところに行って避難を促してくる。お前らも避難するか迎撃態勢を取らせたほうがいい」
言って俺は走り出す。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!!」
困惑気味の彼女の声に、
「いいか、早くみんなに知らせろよ!俺が言うよりお前のほうがいいだろうしな!!」
そう言い残して走り去ったが、モニタはちゃんと対応してくれるかな?
今は言っても始まらないか。
とにかく、盗賊の襲撃に備えるほうが先決だった。
彼らは突然現れた。
何もない虚空から現れたように思えた。
森に潜む獣たちすら気づかぬうちに彼らの前に姿を現した。
その巨体に驚き、今になって動物たちが慌てふためいて逃げていく。
彼らが狙う獲物は肉ではなく金貨。それが詰まった馬車を襲うのだ。
音もなく現れた巨獣達は未だ自らの存在に気づかない警護の人間をいつものように食い散らかして獲物を奪う。それだけの簡単な仕事を全うしようとしていた。
が、
「来たぞ!!撃てーーー!!」
まさか待ち構えていたのは人間共の激しい砲撃。
今度は自分たちが無防備な姿を晒す事になったのだ。
「本当に来るとは、ね」
彼女は目の前で繰り広げられる魔獣との戦いを眺めながらつぶやいた。
「さて、どうしますかな?」
それに従者がどこか楽し気に聞いてくる。
そうね、と少し彼女は考え、
「向こうはべヒモスが相手ってところね」
「しかし、迎撃は十分で我々までお鉢は回ってきそうにありませんが?」
確かに、その魔獣ーーーベヒモスと呼んだ逞しい四肢を携えた巨大な禽獣は迎撃の前に悪戦苦闘していた。
「そうね。でも、あれだけが相手とは思えないわ」
「ほう?」
彼女の言葉に従者が相槌を打つと、戦況の一角に変化が現れる。その一辺には無数の影が現れ付近の冒険者たちと剣を交えだす。
その数は周りの連中よりも数が多い。相手にし切れない分がベヒモスを迎撃している連中の後ろにへと回り込もうとする。
「まずいわね」
モニタは思わず舌を鳴らす。
「オルト、連中の支援を。影どもが迎撃している連中にやられたら厄介だわ」
彼女に命じられると、従者は笑みを浮かべたまま一礼をしてすぐに消える。
あいつに任せておけば、向こうはお釣りが来るくらいには充分だろう。
あのあと、モニタは彼の忠告を一端は無視するかと考えた。しかし、あの躊躇ない姿勢から周りからの失笑覚悟で警戒態勢を団長に打診した。
団長は、訝しげにしながらも警戒態勢を取らせた。それから間もなく魔獣が現れたのだ。
ここで警戒態勢を取らせたのが功を奏した。こちらへの奇襲は防がれ、むしろ予想していない迎撃に襲撃者の方が慌てているのだ。
これは、借りになったかもと考えたが今はそのような場合ではない。とにかく目の前の敵を倒すのが優先だからだ。
しかし、激しい魔法の砲撃に魔獣は進むことができない。これは、うまく行くのかと彼女だけではなく隊の全員が思い始めたとき、
「もう一匹来たぞーー!!」
そうは問屋は降ろさせてくれないらしい。
空から現れたもう一匹を忌々し気に睨みつけながら迎撃態勢に入った。
彼女は佩いていた大剣を抜く。
赤く透き通った鋼で鍛えられた剣。まるでルビーそのもので作られたかのように紅く輝いている。
幅は普通の剣とさほど変わらない。しかし、刀身は彼女の身長よりも長い。そのためか細長く優美ささえも感じさせる。
その大剣を彼女は軽々と片手で扱う。まるでタクトでも振るように。
あのバカにこれを見せてやれば、少しくらいは身の程を弁えると思うが、その姿は今は見えない、残念ながら。
どうやら今になって素直に下山したようだ。
全く、何というかタイミングが悪いというか。
少し気分を害するが、今は気にしているような場面でもないし、そもそも何で気分を害さないといけないのか。
彼女は二、三度振って感触を確かめると、その剣を手に空に現れた巨竜に立ち向かう。
ふわり。
羽の様に空に舞い上がる。
かすかに帯びた淡い光が彼女の纏う魔法の力。
風の妖精の様に空を舞い、涼やかな顔で竜の前へと立ちふさがる。
彼女の前の竜ーーー巨大な蛇に蝙蝠の翼を持ったそれは、少女のことなど眼中にないとばかりに咆哮する。
山々に甲高い呻り声が響き渡る。
それは山にいる鳥や獣たちを恐れさせるのに十分なもの。
しかし、モニタはそれに何の動揺も示さない。
彼女はただ単に、いつもの通り剣を構えいつものように力を込める。
刀身が赤く燃える。噴き上がった炎が剣の形を成し、それ自体が新たな刃となる。
魔法で形成された長く赤い炎の刃。それをなせるのも彼女の持つスキルの賜物だ。
モニタの持つスキルの一つーーー聖剣士。
聖剣と銘打たれたものを自由自在に扱いこなし、その本分を如何なく発揮することが出来る。
彼女の手にあってこそ、この聖剣「ソルフランム」もその真価を得ようというものだ。
赤い炎がさらに伸びる。それを見た巨竜が大きく鎌首を擡げた時、大剣の切先が走る。
まるで山のような巨体、全長二百メートルはあろうかという巨体を彼女はただの一閃で唐竹割に、真っ二つに切り裂いた。
巨躯が右と左、半分ずつにずれる。次の瞬間、それを悟った竜が断末魔の咆哮を上げる。
そして,、竜は亡骸を残さず霧と消えた。
ーーー他愛もない。
まるで相手にならない。
それは彼女だからこそ許される台詞である。
モニタの持つもう一つのスキルーーー竜殺し。
竜という概念に対し作用し、それを打ち滅ぼすためのスキル。
数多いる竜をも怯え竦ませるそれは、この世界においてどれほどの人間が保有しているだろうか。
彼女が僅かな間、戦いの余韻と勝利の感触を味わっていた時、
「バカ!!前見ろ前!!!」
聞きなれた声が飛んできた。
「あ」
思わず間抜けな声が出た。
目の前には別の竜。そいつが口を開けて彼女をゲットしようとしたところ、
ドスンっ!!
そいつの腹に下から槍が撃ち込まれてきた。
槍はそいつの体を貫通せずそのまま体を空高く舞い上げていく。その姿が遠く、お星さまになったころ、下を見てみると、やっぱりあの馬鹿だ。
「アンタ、なんでこんなところにいるのよこの馬鹿!!」
とりあえず挨拶代わりに言ってやるが、
「バカ、横見ろこの馬鹿!!」
「はぁ!?バカって言う方が馬鹿なのよ、分かったかこのバカ!!」
馬鹿って言われたからすぐさま言い返してやった。ら、
ゲシン!!
「---あ」
まずい。
横から思いっきりひっぱたかれた。
というか、棒みたいのでぶん殴られた気がする。
「バカ、なにやってーーー」
そのバカの声を聴いていたのはそこまでだった。彼女の意識はそこでぶつんと切れたからだ。




