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山の雪も

 和やかな日々に、布石となるような文が届いたのは梅の花がほころび開き出したそんな頃。


   君がため 白き嶺雪 流れゆく

      山桜咲み 匂ふ言の葉 ※⑩


   [※⑩ あなたの事を想う気持ちは、 

   雪が降り積もるように

   山の白い嶺雪のようになりました。

   暖められた気持ちは溶けだして

   流れて(あなたへと)たどり着くでしょう。

   まだまだ本物の山の桜は咲く頃ではないのですが、

   いいお返事を聞かせてください。]


つまりはいよいよ、求婚の和歌。


この間の和歌で、由布が息吹きを詠んだから、時は満ち足りたと、この和歌を朝霧は書いたのだと思えた。


求婚への答は。

由布のつづる和歌は、外の花の盛りはもう少し後だけれど……。


    春きたり 花もにほひも みちてあり

       その手につみて そよぐ風の音 ※⑪


   [※⑪ 春が来たと、

      花もその匂いも満ちています。

      あなたならその手で摘んでもいいですよ、

      と、風は伝えていませんか]



 これを書けば朝霧との結婚だと、御簾の中に彼を入れることになるのだと思えば緊張の中にもどこか待ち望んでいた事がやって来る、ああやっと。という気持ちもあり未知の事に対する恐れとそして、喜びへの期待が入り交じる。


ふわふわと足元の覚束ない感覚は、続いていて春霞の中にいるような気がする。


「太樹丸、今日もよろしくね」

「はい!」


太樹丸もこの二人の文使いは、どちらも急かさなくても返事をもらえるし、朝霧も由布も文を待っているので、やりがいがあるらしく顔はいつも、明るく元気である。


*****


そして、その翌日の事だった。


珍しく内大臣の頼人が、由布の元を訪ねてきて

「大君や、ようやっとその気になってくれたのだな……、父は嬉しいぞ」

「お父様……」


朝霧から、父に正式に申し込みがあったのだろう。

元より父は朝霧であれば、娘婿としては文句のつけようのない相手だろうし、その顔は明るい。


「次の吉日に、朝霧の中将は来られるから、そのつもりで準備するように」

「はい……お父様」


「それにしても、大君が“その手につみて”とはよく読んだものだ、ようやった」

内気すぎる娘が、よもやそんな言葉を綴ろうとは思いもしなかったのだろう。


「口にされては嫌です」

「おお、悪かったね。さて、大君あとは、女同士の方が良かろう。北の方に任せる」


「はい、ありがとうございます。お父様」


父が去り、そして北の方がやって来て由布のいる西の対はやや慌ただしくなる。


「ああ、何もかも完璧にしなくては」

由布の周りを見回して、北の方もはじめての娘の結婚に息も荒く、何度も何度も不足がないかと確かめている。


「そうそう、朝霧さまの衣もこちらで用意しなくては……、針の上手な女房をこちらにもね、菜葉と吉野だけでは心許ないわ」

道具類が大丈夫だとようやっと納得した北の方はそう言うと、慌ただしくまた去っていった。


朝霧の着るものを由布の手で仕立てる。

それはとても、楽しみでさえある。



    (きぬ)染めて ひとはりごとに こころ浮く

         恋するひとの そばにありしを ※ ⑫


   [※⑫ 衣を染めて、 

      一針ずつ縫い進めることも

      心が浮き立ちます。

      それを恋する人が

      着るのだと思えばこそ]


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