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雪解けの春

 やがて新しい年を迎えて、みな一斉に年を一つ重ねて由布も19歳になった。


そして新しい衣は、早春の雪の下。

白の衣から、紅梅色の濃淡を重ねて少し春を感じさせている。

新年にはじめて会う朝霧は、やはり凛としていて、その姿の良さを目に写しては、頬の温度が高くなってくる。

羊躑躅(もちつつじ)重ねは、薄(紫)色から濃蘇芳にかけての色もまた春めいて、美しい。


「春とはまだ、名ばかりで寒い日が続いていますが、お元気そうで何よりです」

「朝霧さまも、お元気そうで何よりです」


そんな風に声を掛け合うのも、とても自然で。


庭には、まだ雪を被った枝や、そして氷のはった池が見えるけれど寒ささえ、朝霧を前にしてみればどこか曖昧に感じてしまう。


「春の除目で、中将となられたとお聞きしました。おめでとうございます」

「大君にそう言って頂くと、よりいっそう頑張らなくてはと思いますね」

朝霧は、そう言って微笑むと視線が御簾があるというのに合う気がするから不思議で、由布は思わず扇を上げて顔を覆ってしまう。


「そうだ……、良幸(よしゆき)

呼んだのは、朝霧の従者だろう。


控えていたその男性は、静かによってきて、花をさした器を出してきて、それは水仙が活けてあった。

また、元の位置に下がっていったのだろう。すぐに姿は見えなくなる。


「新年に、相応しいかと……ぜひ飾って頂こうと」

「嬉しいです、とても」


「では、少し御簾をあげますからどうぞ、中へ」


他の誰でもない、朝霧が言うのでなければ菜葉なり吉野なりを呼ぶのだけれど。


「では、お願いします」


花を中へと入れるには思ったよりも上げないとならないのだが、


するりとあげられた、御簾のない間からは、指貫の濃い濃蘇芳が目について、寄せられた花器に手を伸ばした時に、

器を寄せた朝霧の指と、由布の中に入れようとした指がふと触れてしまって、


「……あ……」


思わず声が出てしまう。


何事もなかったかのように、するすると御簾は元に戻り、水仙よりも触れてしまった指先が気になって仕方なくなる。


「大君、水仙はお好きですか?」

「ええ、とても。美しいですね」

ぼんやりと当たり障りなく言ってしまった。


「良かった」

ホッとしたように微笑むのが、由布もまた嬉しい。

部屋の中に水仙を置けば、一段と華やいで見える。


「……霞たち このめもはるの 雪ふれば 

   花なきさとも 花ぞちりける ※ (紀貫之)

……今の時期はこの歌もしっくりきますね」



  [※ 霞がたち、木々の芽もふくらむ

    春になって雪がふるので、

    まだ花の咲かないこの里にも、

    春の淡雪が花と散っていることよ。]



「ええ、確かに……、でも私の部屋には花と見立てた雪ではなくて、花が咲いてくれました」


朝霧が、ついと目を向けた先には、まだ残る雪とそしてまだ咲かぬ梅の花。


「雪が解ければ、あたたかい春ですね」

「ええ、そうですね」


「……その移り変わりを、見るのはとても楽しみです」


しばらく、そんな風に庭を眺めながら、景色の移り変わりを味わい、いつものように朝霧は帰っていった。


*****


そして、そんな思わせ振りな会話の後、やって来たのは朝霧らしい問いかける和歌であった。


結ばれたのは蕾をつけた梅の枝、薄く透度の高い薄青の陸奥紙は、その和歌と相まって情景を伝えてくる。


    (やは)らひて つららも光り 玉雫

       透る向こふに 小さき春を ※⑧


   [※⑧ 寒さも(やわ)らぎ、

      つららも光り輝いて

      玉のような雫となり

      (とけていっています)

      そのつららの透き通る向こうに、

      小さな春が見えてきましたよ。]


『凍ったつららさえ、溶けてきているのですから、もうあなたの気持ちは解けて、心を通わせる春は近づいているのではありませんか?』

まるで、そんな風に問われている気がする。


元より、朝霧であれば……、袖にする事はないのだけれど。

この和歌に返すのは、悩ましくて……。


花器にさした梅の蕾は、先の方が薄紅色に膨らんでいて、もうすぐ咲きほころぼうとしている。


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