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月見の宴

たくさんの作品からアクセスして下さりありがとうございます。


この作品中に登場するNo.付きの和歌は、自作なのですが、チェック&案を出してくださった 神楽みことさま に大感謝です!

―――時は平安。


京の都の大通りに、内大臣家の屋敷があった。

この家の主は (みなもと) 頼人(よりひと)

その娘である、大君(おおいぎみ)(※長女の事) 通称 由布(ゆう)姫は、屋敷で開かれた月見の宴の最中にたくさんの若い公達(きんだち)が、酔っては騒ぐその様に、扇ごしに深くため息をつく。


この月見の宴は予想が確かならば“由布の婿選び”の為なのだ。


14や15で結婚するのが、この年代の貴族の姫の常識ならば由布はすでに20歳が見えてきた、18歳であった。

それを証拠に、若い公達が異様に多いのだ。それも、由布のいる御簾の前辺りに……。


 ここに居ますよ、と御簾の外にちらりと出した五つ衣の裾は、秋の黄菊(きぎく)(かさね)。表から、蘇芳、淡蘇芳、淡黄、淡い黄、青を重ねて季節を感じさせている。

こうして、新しい衣装はとてもうきうきとさせるのに…。


さっきから何度も正体されている若い男性が、風が吹いて御簾がちらりと上がって姿が見えないかと、こちらを窺っているのがわかって辟易としてしまう。


頼人は、由布を入内(じゅだい)させたかったようだ。(※帝の妻にすること)それは、年頃の娘をもつ貴族なら大抵がそう考えるのであり、そしてそれが叶う地位にある上級貴族でもあるのだから


けれど、由布は内気で到底無理だと、母である北の方(※正妻)が取りなしてくれたし、すでに二人の女御(にょうご)のいる帝よりは、他の有望な若い公達から選ぶ事に切り替えたのだと思えた。


それにしても、この少しずつ酔いが回るにつれて、若い男性たちの瞳がギラギラと光るようで、その欲望の色を感じとれてしまうのは…ゾッとする。少しでも、手応えがあると思われて無理矢理夜這いをかけられてはたまったものでもないので、由布は話しかけられても言葉を発しないようにしていた。

そうすれば脈なしと諦めてくれると思うから……。

内大臣家は裕福な家であるし、この家の婿になりたいというのは分かるのだが

いつもなら、もっと奥の座なのに、今夜はここで月を眺めなさいと座らされたので、この端近に居るのも、気分が本当に悪くなってきてしまう。


由布がおもむろに立ち上がって、御簾から下から裾が消えれば男たちから落胆の気配が漂っているけれど、それに構わずに、しゅっと衣擦れの音をさせて退出していく。


そろそろ、宴もたけなわで由布はもう義理は果たしたとばかりに父にも挨拶をせずに、本殿を出て、透渡殿(すきわたどの)に足を踏み出して、そして……、


御簾ごしでしか眺めていなかった月は、煌々と輝いて美しくてつい足が止まった。


「きれい…」


そう思って、眺めた庭に直衣(のうし)姿の、美しい若者が月を眺めながら漢詩を口ずさんでいて、それが月明かりを浴びてなんとも幻想的なのだった。


ふっと、その公達の目が由布を捉えたというのに、夢心地な由布はじっとそのまま見つめてしまっていた。


「今晩は、あなたも静かに月を見ていらしたのですね」

「はい…とても、美しくて」


と、そこまで言ってようやく自分と、彼の間に御簾が無いことを思い出してはっと扇をあげて顔を隠す。


「ああ…私はこうして背を向ける事にします」

由布のその慌てたそのそぶりを見てそう言えば、彼はくるりと背を向けてくれたのだ。


烏帽子の下の髪を結ってすっきりとしている(うなじ)と、そして顎の線も麗しくて、この人はきっと名だたる貴公子なのだと感じさせた。何よりも、ぶしつけに由布の事を見ないようにしてくれたその事が気品を感じさせている。

なぜ、こんな所にと思わぬ事もないけれど、宴の席から離れて、人気のない所をさがして涼んでいたのかも知れない。


その人は若者を表す二藍色の直衣を着てその染めや縫いの美しさも彼の身分の高さを感じさせて、そしてさっきまでのギラギラとした男たちとは違い、ゆったりと優雅な空気が優しくて由布はそこに逃げ出すことなく留まっていた。


「夏風の君の、姉上…大君ですか?」

「はい」


身分を明かしてしまうなんて、大胆な事をしてしまった…由布は、そう思いながらも答えてしまって。


 弟の夏風は、12歳でそろそろ元服(※成人の儀式)をしようかという年頃であった。いまは童殿上として宮中に出仕しているので、この公達も見知りおいていたのだろう。

由布とちがい明るい性質と華やかな容姿はその呼び名の夏風という通り人を惹き付ける。


 声の調子といい、焚き染めた品の良い菊花の(こう)を元に調合したほのかな香り具合といい。

(なんて素敵な人………)

と、そう思わずにはいられなかった。


「きっと…こうしてお声をお聞かせ下さったのは、ここに迷いこんでしまった私への、あなたの優しさですね…、この明るい月夜では美しいあなたを隠せないのでしょうね」

しっとりとした声は麗しくて、心に染み入る様だった。


「そんな…」

むしろ宴のある夜に、無用心にも一人で透渡殿を渡ろうとした由布の方が本来なら姫らしくなかったというのに


「内大臣家の大君は、奥に隠されていてわずかな声すらお聞かせくださらないと、お聞きしています…」

確かに由布はこれまでもずっと、御簾ごしでさえ男性と言葉を交わしたりすることもなくて、なぜかこの人は、はじめの印象が幻想的であったせいか、どこかこれまでと違っていた。

「あ…」

「そんな奥ゆかしい姫君の、優しい声が聞けて今夜はとても素敵な贈り物をいただいた気持ちです」


上手なその言い回しに、なんとも答えあぐねて黙ってしまった。


「また…お声をお聞きしに伺ってもよろしいでしょうか?」

「…そんな…困ります」


「大君は御簾越しに話す事さえも、慣れていらっしゃらなかったのですね……」

由布の目は、彼の後ろ姿を眺めて身じろぎ一つ出来ない。

「では、せめてこうして、共に月を眺める事をお許し下さい」


答えがないのを『応』としたのだろう。話さなくていいというかのように……


心凄(こころすご)きもの

 夜道 船路(ふなみち) 旅の空

 木闇(こぐら)き山寺の経の声

 想ふや仲らひの飽かで退()く」


        (※『梁塵秘抄』429番歌より)


【※現代語訳】

  心細く恐ろしいものは、

  夜道、船での移動、

  旅にある身の上、旅の宿、

  うっそうと木々が茂って

  暗い山寺から聞こえる経の声。

  愛し合う二人が、飽きたわけでもないのに、

  心ならずも別れ離れてしまうこと。

  *「心凄し」はさびしく心細い意。


今様歌を口ずさむその声は、月とそして遠くから聞こえてくる喧騒を押し退けて、由布の耳はそれだけを追っていく。


「朝霧~」


遠くから、誰かの声がして、はっと夢から覚めたように由布は体を震わせた。

夢から覚めたように慌てて、足を早めて透渡殿を渡った。


由布の部屋のある方へと、可能な限り足を運んだ。

慌てて妻戸をくぐって入ったので、御簾が思ったよりも大きな音をたててしまう。


「まあ、姫様どうなさいましか?」

女房の菜葉(なのは)が驚いた声を出した。菜葉は由布の乳姉妹で、今は一番近くに仕えてくれている女房である。


「人に…見られてしまいそうになって…」


「まあ。無用心でしたわ今夜はたくさんの方々がお見えですのに」

「ええ。本当に…、無用心だったわ」


脇息の横にへたり混むと、呆然と呟いた

(言葉を…交わしてしまった)


そんな由布の側でてきぱきと菜葉は寝支度を整えていく。慣れた手つきはこぎみよく動いているが、この夜はぼんやりと横目で見つつ、外を窺うと格子戸の隙間から、月の明かりが僅かに見える。


まるで美しい月に魅せられて、幻を見せられていた気持ちである。誰だったのだろう…、けれどきっとあんな風に話す事は2度とないかも知れなかったのに。

顔を見えないように、後ろを向いて……、気遣いながら話してくれていたのいうのに、なのに………。

逃げ出してしまった。


「お顔が赤いですわ。お酒でもお飲みになったのですか?」


夜目にも赤いのだ、と気づいて五つ衣を脱いで被り、枕に頭をのせて寝る振りをした。


「違うわ…そうじゃないの」

「では、もしかして走ってこられたのですか?今夜は色々と姫さまらしくない事ばかりですわね」

くすくすとわらいながら、菜葉は最後の灯りをおとす。


そして、由布は一人、衣を被りながら覚えている言葉をなぞる。


「こころすごきもの…、よみち、ふなみち、そらのたび…」


そっとなぞらえて、言葉を口にしてみると、そうすることで忘れないでいられる、現実だったと思える気がした。


「こぐらきやまでらのきょうのこえ おもうやなからいのあかでのく」


(なんという方だったのか…)


名前くらいは知りたかった…。月を見ながら今様を口ずさんでいた人…“月の君”とこっそりと名付けて由布は眠りにつこうとしても、何度も情景が思い出されてなかなか寝付くことが出来なかった。

お読み下さり、ありがとうございました!

間違ってる表記などありましたら、どんどんご指摘お願い致します。

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