二人の願ったこと。
貴重なお時間をありがとうございます。
昔々、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。
お爺さんとお婆さんは、人の目から逃れるように山奥にひっそりと身を隠すように住んでいました。
それには理由がありました。
お爺さんは、昔、お城に勤める武士でした。
お婆さんは、昔、やんごとなきお姫様でした。
お婆さんは、お爺さんの主君の姫君だったのです。
では、なぜ今いっしょに暮らしているかといいますと、悪い家臣にうらぎられてお爺さんとお婆さんの国がなくなってしまったからでした。
悪い家臣は、お婆さんの国の領主になってお姫様を捕らえようとしたからです。
そのため、お爺さんとお婆さんは、捕まらないように不便な山奥で生活を送るはめになったのでした。
そんなお爺さんとお婆さん、いっしょに生活して五十年がすぎたのですが、今でもお爺さんはお婆さんに姫様と敬って下にもおかぬ態度で生活をしています。
お婆さんは、始めお爺さんをうっとおしく思っていたのですが、一年をすぎたくらいから、その変わらぬ忠心を尊敬しはじめました。
そして、いつしかお爺さんに恋をしていたのでした。
ところが、お婆さんはやんごとなきお姫様。
この恋をどうしてよいかわからずにすごし幾年月。
なんと……あれから五十年もたってしまったのでした。
そして五十年たった今、お爺さんは死の淵にいました。
そんなお爺さんは、お婆さんのこれからの暮らしを心配していました。
このまま自分が死んだら、お婆さんは一人になってしまう。
お爺さんは、自分の身体が動かないことをなさけなく、そしてその事がふがいなく、生まれてはじめて涙をこぼしました。
そしてお爺さんは、生まれてはじめて神さまにお願いをしたのです。
お爺さんは、毎日神棚に手を合わせていたのですが、お願いをしたのは、これがはじめてです。
主家がなくなった時は、お願いをする間もなく、お婆さんと生活をしていた時は、自分で出来るのに神さまにお願いをするなんてバチあたりだと考え、毎日の感謝を神さまにお伝えしているだけでした。
「神さま、はじめて願いを申しあげます。もう私は、だめです。残り少ないこの命をすべて差し上げます。……ですから、どうか……どうか……姫様をお願いします」
そして次の日の朝、神さまがお爺さんの願いを聞きとどけたのか、お爺さんの身体は冷たくなっていました。
いつも通り、お婆さんは、お爺さんに食事をあげるために様子を見にきて、お爺さんが亡くなっているのに気づきました。
お婆さんは、悲しみました。
お爺さんを弔って、さらに悲しみが増えました。
そしてお爺さんへの「ありがとう」の気持ちもたくさんでました。
それから「後悔の気持ち」は、ありがとうのよりもたくさんでました。
どうして私は、お爺さんに自分のこの気持ちを何もつたえられなかったのでしょうと……。
五十年もいっしょに生活をしていたのだから、伝える時間はたくさんあったはずなのです。
……でも、お婆さんがお爺さんにはじめて言葉にだして伝えたのは、お爺さんが亡くなった時でした。
お婆さんは、深い悲しみのあまり一週間後にひっそりとお爺さんの後を追うかのように亡くなってしまいました。
そして神さまにあったのです。
神さまは、お爺さんからの願いで、お婆さんに何でもいいから一つだけ願いごとをかなえてあげようといいました。神さまは、このままお婆さんを深い悲しみのなか、生きさせて楽をさせるよりも、お婆さんをこちらに呼んで願いごとをきいてあげた方が、お爺さんのお願いが近いのではないかと思ったからです。
お婆さんは、お爺さんが神さまに自分のことを最期まで心配をかけたのが申し訳なく、またうれしく思いました。
そしてお婆さんは、願いました。
お爺さんといっしょに生活をする五十年前に戻りたいと伝えました。
神さまは、それならもっと前に戻してお城で一生、何不自由なく幸せにくらしてあげるようにしようか? と話しました。
するとお婆さんは、
「いいえ、お爺さんとはじめて生活をした時がいいのです」
と伝えました。
神さまはそっと微笑むと、お婆さんの願い通りに、お爺さんと生活をはじめた五十年前に戻しました。
五十年前に戻ったのでお婆さんではなく、お姫さま。
まだ若かったお爺さんと生活をして一年後。
がんばってお爺さんに自分の気持ちを伝えることにしました。
さすがにお爺さんといっしょの生活をはじめてすぐに気持ちを伝えてもだめだと思って、必死に一年間、お姫様は自分の気持ちを伝えるのを待ちました。
本当は、抱きしめたかったのです。
そして「ありがとう」とたくさん言いたかったのです。
その気持ちをつたえるため、いや五十年分のありがとうの気持ちをこめて、お爺さんと一年間いっしょに生活しました。
なくした後に気付いた今の楽しい生活。
お姫さまは、何の仕事でも一生懸命にこなしました。
料理と家事は、前の生活で覚えました。いくらお爺さんが家臣だったとはいえ、好意を持った相手でしたのでお爺さんが仕事をしている時にそっと作っていたのでした。お爺さんは、いつも料理を食べる際に拝み、自分で作った神棚にお供えをして、とても真剣な表情で食べていました。
ほかに、外での仕事も覚えました。
庭で農作業を手伝ったので、お姫様のキレイで真っ白だった肌も日にやけました。
お爺さんが
「そんなことは自分がやるので、お姫様は家でおくつろぎください」
と言いましたが、がんばって外での作業をこなしました。
そして、お姫様がお爺さんに自分の思いを伝える際、つっかえつっかえで、うまくはありませんでしたが、五十一年分の気持ちを込めて一生懸命に、お爺さんに自分の気持ちを伝えました。
お爺さんは、お姫様の告白にはびっくりしていましたが、たどたどしくも一生懸命に言葉を紡ぐお姫さまの言葉をきくと、はにかみながらもお姫さまの気持ちを受け入れました。
お姫様はそれがとてもうれしく、それがとてもしあわせでその日は一日中ないていました。
そんなお姫様を神さまは、天の上からそっと見守っていました。
そして、気持ちを伝えてから四十九年後。
おばあさんは、たくさんの孫たちに囲まれて布団の上にいました。
もうお迎えがいつきてもおかしくないのに、おばあさんの顔はとても穏やかです。
あれから四十九年間、毎日とても大変だったけど、一生懸命にお爺さんと生活をしてきました。
そんななか、自分たちの国をうらぎった悪い家臣は、この国を統一した将軍さまに討たれて滅んでしまいました。
そのようなわけで、途中からはもうかくれてコソコソ生活をすることもなくなりました。
そしてお爺さんとお婆さんは、ひっそりと住んでいた山を切り開いて、小さいながらも村をつくりました。
この小さな村には、昔、家臣だった人たちが住むようになりました。
さらにお爺さんとお婆さんから生まれた子どもたちも村づくりに協力をして、今ではりっぱな村になりました。
裕福な村とはいえませんが、毎日、笑い声のするあたたかで明るい村になりました。
そして、お爺さんは先週みんなに見守られながら亡くなりました。
お爺さんは、最期にお婆さんの手をぎゅっとにぎって「ありがとう」といって亡くなりました。
それは以前とちがい、心配そうな顔ではなく、穏やかでとてもやさしい顔でした。
それにもう「ありがとうございます」という他人ぎょうぎではなく「ありがとう」でした。
最後に一緒にごはんを食べた時も前の人生の時とちがい、とても美味しそう食べていました。
お婆さんは、お爺さんが亡くなっても悲しくありませんでした。
なぜなら、あと一週間で会えるとわかっていたからです。
お婆さんは、最期までお爺さんといっしょに生活をできて、とても満足でした。
自分とお爺さんの間にできた子どもや孫たちと別れるのは、さびしかったのですが、親が先に死ぬのはあたりまえのことです。
お婆さんは、幸せいっぱいな人生を送ることができた神さまにふかく感謝をし、最期はみんなにむかって「ありがとう」と何度も何度もいうと、よく朝、冷たくなっていました。
その顔は、とても穏やかで微笑んでいるような顔でした。
子どもや孫達も、その表情を見ると悲しんで見送るよりも育ててくれた感謝の気持ちで見送った方が喜んでくれると思い、「ありがとう、ありがとう」と何度も何度も言い、お婆さんを弔いました。
お婆さんは亡くなり、またあの時の神さまにあいました。
そして神さまは、お婆さんにこう聞きました。
「あの時の願いごとは、かないましたか?」
「はい、おかげさまでかなえることができました。ありがとうございました。」
そういうと、お婆さんは白い玉になりました。
神さまは、にっこりわらうともう一つの白い玉を引き合わせました。
もう一つの白い玉は、お爺さんのたましいだったのです。
お爺さんとお婆さんの白い玉はあうと、かがやきを増しました。
そして、二人のたましいは、からみあうように天へと昇っていきました。
神さまは、それを満足気に見とどけました。 【 お し ま い 】