私、主の教育係を任されました。
本日2話目
ーー時が過ぎるのは速い。
そんな老人のような感想を、(外見)五歳の私が言うのもなんですが。
元気にリトヴィー家の中庭で、無邪気に笑う主を見ていると、ふと、そう思いました。
主との出逢いから、二年が経ち。
天使のように愛らしい幼児だった主は、三歳になりました。
私も、もう五歳になっています。
「らでぃ、あそぼ」
「畏まりました、レクト様」
まだ呂律が回っていないようですが、走りまわる主の足取りは確りとしています。
光が暖かく降り注ぐ春のある日。
私は、この二年間の主の、確かな成長を見ていました。
「本日は何をなさいますか?」
「んと、あれ教えて」
主が指差したのは、一冊の本。
読書を好む主の部屋には、様々なジャンルの本が置かれた本棚が3つ、設置されています。
それこそ、幼児向けの絵本から、経営学や魔法書まで。
…この時代、まだ本はそこそこ高かったはずなのですが。
リトヴィー家を見ていると、私の金銭感覚が崩壊してしまいそうです。
……と、いうか、クロアル様。
いくら一人息子とはいえ、三歳児に経営学の本は早いです…。
主が指した本は、魔法書。
その名の通り、魔法について書かれている本です。
…基本的に魔法は十歳になってから、学園で習うものなのですが…。
まぁ、貴族の方はある程度家庭教師に学ぶようですから、構わないでしょう。
ちなみに、私はレクト様付きの執事になった直後から、魔法に限らず様々なことを教わりました。
そして、一年程前に教師の方々に合格を頂きました。
その後、クロアル様から直々に、レクト様の教育係に任じられました。
クロアル様には本当に頭が上がりません。
やはり、1,000年も経つと、ゲーム時代の魔法とは変わるものですね。
システム的な縛りが無いので、此方としては大助かりなのですが。
(ラディーは、自分が魔法の訓練中に新魔法を次々と編み出したことに、教師役の大人達が度肝を抜かれていたことを知らない。戦闘訓練その他でも以下略)
「承知しました。レクト様は勉強家でございますね」
「ん、レクトはえらいの」
胸を張っている主に、微笑ましい気持ちになりました。
いくら聡明でも、やはりまだまだ子供。可愛いものは可愛いのです。
「では、せんえつながら、私がレクト様の教師を勤めさせていただきます」
主に頭を下げた私は、まず魔法書を一冊、本棚から引き抜いて、主の側に戻ります。
パラパラと魔法書のページをめくり、あるページを開いて主の前に差し出しました。
「『魔法とは・基本編ーー解りやすい解説つきーー』?」
主が読み上げたのは、初級・基本の魔法書ーー初級・基本~上級・応用まであるーーの中でも重要なページ。
タイトルの通り、魔法についての基本的なことが解りやすく載っています。
「ええ、まずは魔法について、基本的な知識を覚えて頂きます」
「え……」
絶句した主は、魔法を直ぐに使う訳ではないと悟ったのでしょう。
肩を落として愕然としていらっしゃいました。
ーー甘いですよ、レクト様。
技術は、豊富な知識と柔軟な思考によってこそ、本来の力を発揮するのですから。
これは私の持論ですが、どちらにせよ、魔法についてある程度の知識がなければ魔法は使えません。
この世界の魔法は、それほど甘くはないのです。
……ゲーム時代の名残が、いまだに色濃く残っている部分もありますし、ねぇ。
そう、例えば。
この手の小説にありがちな無詠唱は、この世界でも不可能ではありません。
が。
無詠唱を修得するには、それこそ恐ろしい程の、魔法に対する理解や才能などが必要になります。
『ユーティリティ・オンライン』全体でも、無詠唱の使い手は四桁に届いていませんでした。
(『ユーティリティ・オンライン』の総プレイヤー数は、20年程でおよそ8,000万人を超えていた。)
「レクト様」
「ん?なぁに、らでぃ」
「レクト様には、一年でこの本の内容を理解していただきます」
「?うん!」
ーー本来は、八歳ほどから、学園に入学するまでの二年をかけて、じっくり学ぶものらしいのですが……
聡明な主のことです。
他の方のように、八歳まで待たずとも、これくらいのことは直ぐにできてしまうでしょう。
…いくら聡明でも、三歳児にやらせる内容ではないのは確かですが。
「このラディアス、クロアル様よりレクト様の教育係を任じられております」
「ちちうえから…?」
「えぇ。ですのでーー」
ーー精一杯、私についてきてくださいね、レクト様?
その後、リトヴィー家のレクトの部屋で、蒼褪める三歳児(レクト)がいたとか。
真相は、今のところ不明だ。
ラディー「ん?何か御用ですか?(黒笑)」
…いえ、なんでもございません(ガクガクブルブル)
訂正。
これからも不明だ。