私、主と出逢いました。
お待たせしました。
サブタイの読み方は、「わたくし、てんしとであいました。」です。
執事長に案内されて到着した部屋は、私が普段立ち入りを禁じられている場所の中でも、奥の方にある場所でした。
今更緊張してきた私は、それを隠すように深呼吸して、目の前の扉をノックしました。
「レクト様、ラディアスです」
「…………」
「……?失礼します」
返事がないことに一瞬戸惑いましたが、私の推測が正しいのであれば、それは仕方のないことだと思い直し、扉を開けました。
そしてーー
さらさらと風になびく、薄い金の髪にできた天使の輪。
小さく呼吸を繰り返す唇は仄かに赤く、頬は僅かに赤みを帯びて、その肌は透き通るように白い。
揺りかごに揺られながら日の光を浴びて、気持ち良さそうに寝ている主。
良くできた一枚の絵画のようなその光景に、暫く動くことができませんでした。
ーー天使……?
そんな言葉が頭をよぎる程、「レクト様」の周りの空気が神聖さを帯びていた気がしました。
レクト様は、クロアル様やシュナリア様ーークロアル様の奥様、つまりリトヴィー公爵夫人。元シグルト王国の第二王女にして、社交界を取り仕切る美女ーーの血を受け継いだお方、将来はきっと美男になるのでしょう。
あどけない寝顔をしている私の主は、見たところ1歳ほどの、幼児でした。
「ーーん~…ふぁっ」
「!」
私がじっとレクト様の寝顔に見いっていると、レクト様は小さく声をあげて、その目を開かれました。
ーー蒼い目……
目を覚ましたレクト様は、部屋にいる私にきょとん、と瞬くと、ゆっくりと首をかしげていた。
その目は、シュナリア様に似た蒼い目。
その目を見た瞬間、何故クロアル様があんなにも警戒していたのか、その謎が一気に解けました。
ここ、シグルト王国では、蒼い目は特別視されている。
それは何故か。その答えは簡単で。
このシグルト王国の王族の目が、代々その色なのです。
そう、『王族の』。
今まで蒼い目をした者は、王族以外には産まれることがなかったのです。
それは、例え王族の誰かが降嫁しても同じで。
この方ーーレクト様のことが表沙汰になれば、王国が混乱に陥るのは必至。
下手するとリトヴィー家は、王からの信頼を失うでしょう。
いえ、今でもリトヴィー家のことを疎ましく思う貴族はそれなりにいます。
彼らにレクト様のことが知られれば、まず間違いなく、これ幸いとリトヴィー家を貶めてくるでしょう。
そして、きっとレクト様の命ーーもしくは身柄ーーを狙ってくるのでしょう。
自分で言うのも何ですが、私はレクト様の執事に最適だったのでしょう。
産まれもはっきりーーどころかこのお屋敷ですし、親は両親共にリトヴィー家に仕えています。
その親もある程度の地位にいますし、私は執事としてのいろはを執事長直々に叩き込まれています。
さらに、幼い頃より、リトヴィー家に尽くすように躾られています。
そして、私が転生したが為に、物覚えもいい方ですし、精神年齢は(肉体的年齢的に見て)あり得ないほど高いです。
と、ほんの少し例をあげただけですが、クロアル様にとって、私の存在はレクト様の執事にうってつけだったのでしょう。
「ん、あー」
「……お初にお目にかかります。本日より、レクト様付きの執事となります、ラディアスと申します。以後よしなに」
「だーむ、ちょぶーー」
ーー駄目だ、理解できない…。
残念なことに、三歳の私の理解力では、主の言いたい事を理解することはできなかったのです。
その事に、執事失格だと絶望した私は、この幼い主の言いたい事を、絶対に理解するのだとーーえぇ、とても燃えましたとも。
……様子を見に来たらしいーー大方私が何かしていないかの監視だろうーーメイドがドン引きする程には。