閑話 ラディー(四歳)の1日 (中)
ーーAM 10:00
「こんにちは、エドワードさん」
「んん……?その声は……ラディアス君かい?」
「はい。お久しぶりです」
「そうじゃな、ラディアス君。大きくなったのぅ。……課題は済ませたかね?」
「えぇ」
「レクト様」の部屋から出て、リトヴィー家の本邸から離れたラディーが向かったのは、庭園の中にあるひとつの小屋。
その小屋は、一見只の物置小屋に見えるが、ある手順を踏んで入ると、地下に広がる広大な空間へ続く入口が現れるという仕掛けをもっている。
その広大な地下空間にある、椅子に座って目を閉じている老人に向かって声を掛けたラディーは、慣れた様子でランプに灯を 点す。
ーー『魔法技能:灯火』
ボゥ……と小さく赤い炎が現れ、ランプに灯が点いた。
「ふむ…。相変わらず、魔力制御は完璧じゃの」
「ありがとうございます」
一連の作業を見つめていた老人は、ひとつ頷いて先を促した。
「ほれ、課題はどうなっておる?」
「……ふぅ」
ーー『魔法技能:白蝶』
ラディーの手に、一瞬白い光が浮かぶと、地下空間の中に、数羽の白い蝶が舞う。
いつの間にか現れた蝶達は、ヒラヒラと舞っているにも関わらず、よく見ると実体を持たない只の白い光で。
薄暗い地下空間を淡く照らす白い蝶達の姿は、酷く幻想的で。
暫くの間、静かな地下空間には、白い蝶が舞っていた。
十数分後。
「ーーっ、はぁ……」
ラディーがひとつ大きく息を吐くと、それを合図に一斉に白い光が消えた。
「ふむ…。一月でここまで完成させるとは……」
「いえ…。私はエドワードさんのように、白蝶を無数に扱うなんてできませんし…」
課題は問題なくクリアじゃ。そう言った老人ーーエドワードの言葉に、ラディーは力なく首を横に振った。
しかし、そのラディーの答えに、エドワードは優しく答えた。
「その年で白蝶ーー思考を分割して、同時に複数の魔法を操る、並列魔法演算能力ーーが18もあれば充分じゃよ、ラディアス君」
その時のエドワードのラディーを見る目は、まるで孫を見守るお祖父ちゃんの目で。
急にいたたまれなくなったラディーは、ぎこちなく頭を下げると、エドワードに先を促した。
そんなラディーの様子に小さく笑ったエドワードは、敢えてラディーの行動に何も言わずに、課題を告げた。
「魔力制御は完璧、並列魔法演算能力も問題なし、魔法維持能力も同じく。ならばーー」
ーー『魔法技能:光玉』
「ッ!」
エドワードがくるりと手を回すと、その周囲に大小様々な黒い玉が浮かんだ。
息を呑んだラディーの目の前では、その黒い玉のひとつが、紫紺、紺色、青色…と次々に色を変え、数秒後には、光輝く玉になった。
「これは…?」
「玉1つ1つに合った属性の付いた魔力と、それぞれの玉の許容魔力量の見極めの力を養う魔法じゃよ」
そう言ったエドワードは、ラディーに向けて手を振ると、一瞬にして周囲の黒い玉を全て、光の玉に変えた。
「ほれ、そろそろ時間じゃろうて」
「!…そう、ですか。では、また一月後に」
「うむ。達者でのぅ、ラディアス君」
一礼して地上に戻っていくラディーを静かに見つめていたエドワードは、ラディーの姿が完全に見えなくなると、小さく微笑んだ。
「ーー彼なら、きっと…。一月後には、意地でもできるようにしてくるじゃろう。来月は、どんな課題を出そうかのぅ…」
ーーPM 12:00
「ーー失礼します」
「うー、あ?ふわわ、いー!」
「……?…昼食のお時間です、レクト様」
「らー!」
ーーPM 1:30
「ラディアス、本日の来客の予定は?」
リトヴィー家の使用人室。
使用人が順番に休憩をとる中、ラディーは執事長のキウラムに呼ばれていた。
唐突なキウラムの問いに、ラディーは焦る事もなく、冷静に答えていた。
周囲の使用人達も、そんなラディー達の様子を微笑ましく見ている。
ーーこれは、リトヴィー家における、実力テストのようなものだ。
突発的に始まるテストに合格できなければ、王都の本邸で仕える資格(実力)がないとされ、直ぐにリトヴィー家が所有する別の屋敷に移される。
それは、四歳のラディーにも言えることで……。
他の使用人達と比べて、幾分か易しいものの、テストは行われていた。
「本日は、午後2:30から旦那様ーークロアル様のことーーのご友人が訪問される予定です。ご友人の方は、そのままリトヴィー家で一泊する予定です。その他には来客の予定はありません」
スラスラとしたラディーの即答に、教官役のキウラムは小さく頷いた。
「よろしい。では、お客様用の部屋の手配は?」
「旦那様の指示通り、本邸三階の南向きの部屋を用意しております」
「では、お客様にお出しする食事は、どのように?」
「料理長と相談の上、本日のお食事はーー」
それからも同じように続いたやり取りは、終わった時には、使用人室に居た使用人達の姿が、全て入れ替わっていた。
「では、私はクロアル様の執務室へ向かいます。問題があれば、ロイスを通して私に知らせなさい」
「承知しました、執事長」
ロイスとは、キウラムの部下であり、ラディーの上司の副執事長の名前だ。
キウラムが退室して、旦那様の執務室へ向かったのを確認したラディーは、小さく息を吐くと、使用人室から退室した。
ーーラディーが退室した後の使用人室での会話。
「あの子が、『鬼才のラディー』?」
「あれ、ライカは見たことなかった?まだ四歳なのに、賢い子よ」
「ハンナ。あなたは私が旦那様の命令で、王都の本邸を離れてたこと、知ってるでしょ」
「まぁね、お疲れ様。…ライカ、やっぱりあの子のこと、気になるの?」
「そりゃあ、一児の母親とすれば、ね…」
「ふーん。ライカの子供って、確か…」
「シアが何か?」
「んーん、何でもない。それよりさぁーー」
ーーPM 2:15
「そろそろ、お客様がいらっしゃる時間ですね…」
[……?]
「旦那様のご友人のようですよ」
[……!]
「分かりましたよ。いつもありがとうございます。…では、また」
「ーーさて、私も準備しなければ」
ーーPM 2:30
「リトヴィー家へ、ようこそいらっしゃいました、お客様。私は、お客様のお世話をさせていただきます、ラディアスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
特注の燕尾服を着こなしたラディーは、玄関の前でそう言うと、深々と一礼した。
その動作の全てにおいて、文句の付けようのない四歳児に、『お客様』は静かに笑った。
「…そうか。では、私がここに滞在する間の世話は、君に任せよう」
「畏まりました」
再び一礼したラディーは、玄関の扉を開けると、中へと促した。
「お部屋へご案内致しましょうか?」
「いや、クロアルの所に連れて行ってくれるか」
「承知しました。こちらでございます」
ーーPM 4:00
「ラディアスくん、交代の時間です」
リトヴィー家の応接室に続く、使用人専用の部屋で、ラディーが待機していると、廊下に続く扉が開いた。
「副執事長。わざわざ申し訳ありません」
「いえ、お疲れ様でした。また明日も頼みますよ」
「はい!」
顔を出したのはロイスで、反射的に頭を下げたラディーは、ロイスの言葉に破顔した。
「ーー(まったく、いつもそうやって子供っぽくしていても良いものを……)」
「……副執事長?」
小さな声で呟かれたロイスの言葉は、ラディーには聞こえなかったようで。
首をかしげたラディーに苦笑したロイスは、緩く首を横に振った。
「何でもありませんよ、ラディアスくん。ほら、早く休みなさい」
「ありがとうございます」
ーーそして、ラディーの仕事は終わった。
ここまでは、ラディーの、ある1日の仕事の流れ。
これからは、そんなラディーの様子を他者から見たら、です。




